東国原氏の現在の活動は、大きく分けて次の3つです。
1. テレビ出演・政治評論家としての活動東国原氏は、政治評論家・テレビコメンテーターとして活動しています。
出演実績のある番組には、次のようなものがあります。
- CBCテレビ「ゴゴスマ」
- テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」
- 関西テレビ「LIVEコネクト!」
- TOKYO MX「堀潤モーニングFLAG」
2026年1月18日放送の「ビートたけしのTVタックル」にもゲスト出演しており、政治や社会問題についてコメントする立場を継続しています。所属事務所のプロフィールにも、政治評論家・テレビコメンテーターとして紹介されています。
東国原氏のメディア出演で特徴的なのは、政治家としての経験と芸能人としての知名度を両方持っていることです。
政策や行政の話題を一般視聴者にも伝わりやすい言葉に置き換えられる一方、歯に衣着せぬ発言が議論を呼ぶこともあります。
2. 全国各地での講演会・政治勉強会テレビ出演と並ぶ活動が、講演会や勉強会です。
公式の仕事依頼情報では、宮崎県知事としての行政経験や衆議院議員としての国政経験を生かし、地方創生、地域活性化、若者の政治参加などをテーマにした講演を案内しています。
主な講演テーマは次のとおりです。
- 地方自治と地方分権
- 地方の活性化と地域経済
- 挫折から学ぶ人生の決断力
- 逆境をチャンスに変える方法
- 医療・介護問題
- 地域づくりとリーダーシップ
2025年9月16日には、名古屋市内9法人会合同講演会で「ピンチをチャンスに」をテーマに登壇した記録もあります。
講演活動では、芸人時代の経験、知事時代の県政運営、口蹄疫問題や新燃岳噴火などの危機対応が題材になっています。
単なる芸能人のトークショーではなく、地方行政の現場を知る経験者としての講演が活動の柱です。
3. 2026年9月に公式サイトを公開、政治活動を本格化2026年9月1日には、東国原氏の新しい公式サイトが公開されました。
掲載されている政策分野は以下の8項目です。
- 観光産業の活性化
- 農林水産業の活性化
- インフラ整備
- 企業誘致・地場産業・製造業の強化
- 少子高齢化・人口減少対策
- 医療・福祉・介護対策
- 子育て・教育支援
- 災害対策・県土強靱化
また、公式YouTubeチャンネル「そのまんま宮崎」での情報発信や、応援サポーターの募集も行っています。
つまり、現在の東国原氏は、テレビ出演だけを中心にしたタレント活動から、地方政治への再挑戦を含む活動へと比重を移している状況です。
【芸人から宮崎県知事へ】そのまんま東から政治家になるまでの経歴

東国原英夫氏を理解するには、芸人時代から知事時代までの経歴を振り返る必要があります。
1957年9月16日、宮崎県都城市生まれ。専修大学経済学部を卒業後、ビートたけし氏に弟子入りし、「そのまんま東」の芸名で芸能活動を始めました。
「そのまんま東」として活躍した芸人時代1980年代から1990年代にかけて、東国原氏はたけし軍団の一員としてバラエティー番組などで活躍しました。
師匠はビートたけし氏。芸能界で培った知名度や話術は、後の政治活動にも大きく影響しています。
2000年には早稲田大学第二文学部に入学し、2004年に卒業。その後、政治経済学部にも進学しましたが、2006年に退学しています。
政治家への転身を考え、学び直しに取り組んだ時期でもあります。
東国原英夫の経歴・主な転換点出典:東国原英夫公式プロフィール、宮崎県・各報道機関の公表資料を基に整理。
宮崎県知事時代に残した実績2007年1月、東国原氏は宮崎県知事選挙で初当選しました。
就任後に大きな注目を集めたのが、宮崎県産品のトップセールスです。
「宮崎をどげんかせんといかん」というフレーズは全国的な流行語となり、2007年の新語・流行語大賞で年間大賞を受賞しました。
知事自身がテレビに出演し、マンゴーや地鶏などの県産品を積極的にPRしたことで、宮崎県の知名度向上にもつながりました。
東国原氏の公式プロフィールでは、知事時代の成果として次の数値を紹介しています。
- 観光経済効果:1,259億円
- 2年間の農産物売上効果:約1,500億円
- マンゴーの全国認知度:2007年の13%から2008年の67%へ上昇
- 都道府県魅力度ランキング:2007年の33位から2008年の13位へ上昇
これらは本人側の公式プロフィールに掲載された実績指標です。
歴代宮崎県知事の中でも、東国原氏は行政の専門性だけでなく、メディアを利用した地域ブランド戦略で強い印象を残した知事です。
一方、県政の評価は知名度や観光PRだけで決まるものではありません。財政、医療、雇用、災害対策など、県民生活に直結する成果も検証する必要があります。
【なぜ1期で退任した?】宮崎県知事を辞めた理由と衆議院議員辞職の経緯
東国原氏の経歴を語る際、避けて通れないのが宮崎県知事を1期で退任したことです。
2007年1月に就任した東国原氏は、2011年1月20日に任期満了で知事を退職しました。
一般的に知事は再選を目指すこともできますが、東国原氏は2010年の知事選に再出馬しませんでした。
1期で退任した背景には国政進出への意欲東国原氏の公式プロフィールでは、知事を1期で退任した理由について、国家構造や統治システムの変革、地方分権の推進を国政から実現するためと説明しています。
一方、2026年のインタビューでは、本人は口蹄疫問題などの責任を取る形で1期で退任したとも振り返っています。
2010年には宮崎県で口蹄疫問題が発生し、畜産業を中心に大きな被害が生じました。
県政のトップとして危機対応を担った経験は、その後の政治活動や講演でも語られる重要な出来事です。
ただし、1期で辞めたことに対する県民の評価は、その後も東国原氏にとって政治的な課題として残りました。
東京都知事選への挑戦2011年には東京都知事選挙に出馬しました。
宮崎県知事を退任して間もない時期に、今度は首都のトップを目指したのです。
しかし、石原慎太郎氏に敗れ、都知事への就任は実現しませんでした。
衆議院議員に当選するも約1年で辞職2012年12月の衆議院議員総選挙では、日本維新の会から近畿比例ブロックで出馬し、初当選しました。
ところが、翌2013年12月11日、日本維新の会に離党届を提出します。
本人は、離党理由について、日本維新の会の理念や政策、方向性が変質し、自分の考え方と大きく離れたことを挙げました。
さらに比例代表で得た議席については、党に返すのが筋だと説明しています。
その後、2013年12月17日に衆議院議員を辞職しました。
この経緯から分かるのは、東国原氏が単に政治家を辞めたのではなく、自身が掲げる地方分権や政治改革の理念と、所属政党の方向性との違いを理由に政治の立場を変えてきたことです。
ただし、短期間で知事と国会議員の職を離れた経歴は、2022年の知事選でも厳しく問われることになりました。
【2022年宮崎県知事選の敗因】河野俊嗣氏に約2万3000票差で敗北
東国原氏は2022年12月25日の宮崎県知事選挙に出馬しました。
約12年ぶりに古巣の宮崎県政への復帰を目指した選挙でした。
対戦相手は、当時4期目を目指していた現職の河野俊嗣氏です。
2022年の選挙結果を数字で確認宮崎県選挙管理委員会が公表した確定開票結果は次のとおりです。
| 候補者 | 得票数 | 結果 |
|---|---|---|
| 河野俊嗣氏 | 258,646票 | 当選 |
| 東国原英夫氏 | 235,602票 | 落選 |
| スーパークレイジー君 | 7,679票 | 落選 |
河野氏と東国原氏の差は23,044票でした。投票率は56.69%です。
東国原氏は現職に肉薄したものの、最終的には届きませんでした。
東国原氏本人が語った敗因2026年4月9日の出馬表明会見で、東国原氏は前回選挙の敗因について自ら分析しています。
特に重視したのが、2007年から2011年までの1期で知事を退任したことへの批判でした。
日刊スポーツによると、本人は次のように説明しています。
「私の力不足、その一語に尽きます」
「1期にて退任したことについて、批判が非常に根強かったという印象です」
加えて、当時の批判を十分に払拭できず、県民に納得してもらえる説明ができなかったことを大きな敗因として挙げました。
この発言は、2026年の選挙戦を考えるうえで重要です。
知名度や選挙運動の勢いだけでは、過去の政治判断に対する疑問を解消できません。
東国原氏に求められるのは、なぜ1期で退任したのか、今回は任期をどのように全うするのかという説明です。
2022年の敗北は、単純な人気の問題というより、過去の県政運営と政治家としての継続性に対する評価が問われた選挙だったと考えられます。
【2026年12月の宮崎県知事選】再出馬の理由・政策とひろゆき&いずみ新党の支援
東国原氏は2026年4月9日、宮崎市内で記者会見を開き、次期宮崎県知事選への立候補を正式表明しました。
宮崎県選挙管理委員会が発表した日程は次のとおりです。
- 告示日:2026年12月10日
- 投開票日:2026年12月27日
- 現職知事の任期満了日:2027年1月20日
この日程は宮崎県の公式発表で決定しています。
東国原英夫が再出馬を決意した理由2026年4月の会見で、東国原氏は出馬の理由を「宮崎の衰微衰退」と説明しました。
「ここでゲームチェンジャーが必要と思い、決意に至った」
地方の人口減少や経済の停滞に危機感を持ち、宮崎の活力を取り戻すために再挑戦するという考えです。
2022年の選挙で敗れた後も、地方を回りながら各地の課題を見てきたと説明しています。
今回の出馬は、単に知事というポストに戻ることだけが目的ではなく、地方経済を再び成長させるための政治的な挑戦という位置づけです。
2026年に公表した政策の5本柱2026年に公開された東国原氏の公式政策ページでは、宮崎の経済成長や人口減少対策などが重点項目として掲げられています。
特に注目したいのが、次の政策です。
1. 宮崎県の経済力を10年で2倍にする
公式政策では、宮崎県の域内総生産を10年で2倍にする目標を掲げています。
具体的には、働く人の所得向上、農林水産業の手取り増加、製造業の振興、先端企業の誘致などを目指します。
2. 農業・観光に続く第三の基幹産業を育てる
宮崎県の強みである農業と観光に加え、製造業を第三の基幹産業に育てる方針です。
地場産業の強化や新産業創出、県内で経済が循環する仕組みづくりも盛り込まれています。
3. 医療・福祉・災害対策を強化する
医療・福祉・介護の充実、南海トラフ地震や風水害、家畜伝染病への対策などを掲げています。
4. 人口減少を諦めない
子育て支援、教育・人材育成、女性や若者に選ばれる地域づくりを重視しています。
5. 宮崎の魅力と地域の生活環境を改善する
県庁周辺の再開発、空き家対策、観光地のブランド化、スポーツ施設の有効活用なども政策に含まれます。
ひろゆき&いずみ新党(仮)が10月21日に支援を発表今回の選挙で大きな注目を集めたのが、2026年10月21日の政治団体による支援発表です。
実業家のひろゆき氏(西村博之氏)と、元兵庫県明石市長の泉房穂参議院議員が共同で立ち上げた政治団体「ひろゆき&いずみ新党(仮)」は、宮崎県知事選に出馬予定の東国原氏を支援候補の第1弾として発表しました。
この団体は、単なる既存政党のように候補者を公認する仕組みとは異なります。
候補者が具体的な政策実現の約束を交わし、それを守る仕組みを設けることが特徴です。
東国原氏が約束した政策は3つです。
| 政策 | 約束した内容 |
|---|---|
| こども社会保険料ゼロ | 国民健康保険の子ども均等割を無償化するための予算案提出 |
| いじめ対策 | 担当窓口の開設と条例案の提出 |
| 生理用品の一部無償化 | 公立学校への常備に必要な予算案提出 |
これらについて、知事に当選した場合は就任から1年3か月以内に必要な対応を取るとしています。
加えて、1つでも約束を履行できなかった場合には、違約金1,000万円を支払い、日本赤十字社に全額寄付する取り決めです。覚書は公証役場で証書化されています。
ここで注意したいのは、東国原氏が新党に所属するわけではないことです。
また、ひろゆき氏と泉氏による支援は、候補者への直接的な金銭援助ではなく、街頭演説やSNS発信、選挙戦略などを通じた応援が中心と説明されています。
この支援の仕組みは、東国原氏にとって政策を具体化する機会になる一方、約束を実行できるかどうかが選挙後にも問われる仕組みです。
【河野俊嗣・右松隆央と比較】2026年宮崎県知事選の争点は何か
今回の知事選では、東国原氏のほか、現職の河野俊嗣氏と元県議の右松隆央氏も出馬を表明しています。
3人の政治的な立場や政策の方向性を整理すると、選挙の争点が見えてきます。
河野俊嗣氏:行政の継続性と安定した県政河野俊嗣氏は2011年1月に宮崎県知事に初当選し、2023年1月に第56代知事として4期目に就任しました。
総務省出身で、宮崎県総務部長や副知事を経験した行政実務型の政治家です。
公式サイトでは、次の政策を掲げています。
- 防災・減災対策
- 交通・物流ネットワークの充実
- 農林水産業や中小企業の成長支援
- スポーツランド宮崎の発展
- 少子化対策と人口減少の抑制
- 医療・福祉の充実
行政経験を生かした継続性や実行力が強みです。
東国原英夫氏:経済成長と宮崎のブランド力向上東国原氏は、知事時代に実践したトップセールスを再び前面に押し出しています。
今回の政策の特徴は、経済規模の拡大、製造業の育成、観光ブランドの強化、人口減少対策です。
行政の継続性よりも、地域のイメージや産業構造を大きく変えることを重視しています。
右松隆央氏:31の政策による経済・県民生活の改革右松隆央氏は元宮崎県議で、2026年3月5日に知事選への立候補を表明しました。
公式サイトでは「県民支援と経済成長」を掲げた「右松31策」を公表しています。
その中には、宮崎フード・バリューチェーン倍増計画があり、農産物の生産だけでなく、加工技術や付加価値向上、販路拡大を通じて地域経済を成長させる方針が示されています。
3人の政策の違い| 比較項目 | 河野俊嗣 | 東国原英夫 | 右松隆央 |
|---|---|---|---|
| 政治的立場 | 現職知事 | 元知事 | 元県議 |
| 主な方向性 | 県政の継続と発展 | 経済のゲームチェンジ | 県民支援と経済成長 |
| 経済政策 | 既存産業の成長・基盤整備 | 域内総生産10年で2倍 | 食品加工・産業振興 |
| 人口対策 | 少子化・社会減対策 | 子育て・若者支援 | 県民生活の向上 |
| 強み | 行政経験と継続性 | 知名度と発信力 | 31項目の政策構想 |
※各候補者の公式サイト・公表政策に基づく比較。河野氏については現職県政の政策方針を掲載しています。
この選挙の本質は、単純な知名度競争ではありません。
宮崎県の将来を考えた場合、行政の継続性を重視するのか、大きな経済改革を求めるのか、県民生活を中心に政策を組み立てるのかという選択になります。
東国原氏にとっては、前回選挙で届かなかった約2万3000票をどう乗り越えるかが重要です。
【メディア出演の評判は?】東国原英夫の強みと政治家としての課題
東国原氏のメディア出演には、芸能人時代から培った知名度と、政治家としての経験が生かされています。
特にテレビの討論番組では、政治や行政の専門的な話題を、一般視聴者にも理解しやすい表現で伝えられることが強みです。
一方、政治評論家としての発言は、時に賛否が分かれます。
評価されるポイント- 地方行政の実務を経験している
- 政治・経済の問題を分かりやすく説明できる
- 宮崎県の知名度を高めた実績がある
- 芸能界で培った発信力と知名度を持つ
- 地域活性化や地方分権について継続的に発信している
- 知事を1期で退任したこと
- 衆議院議員を約1年で辞職したこと
- 過去の政治的な判断について説明が十分だったのか
- 知名度やPR戦略を実際の行政成果につなげられるのか
特に今回の選挙では、過去の退任に対する説明が大きな争点です。
2026年4月の会見で本人が敗因として1期退任への批判を挙げたことからも、この問題が現在まで影響していることが分かります。
【プロの結論】東国原英夫の現在を評価する3つの判断基準東国原氏の政治家としての実力を評価する際には、次の3点を見る必要があります。
① 発信力を経済効果につなげられるか
知事時代には宮崎県産品のPRで成果を上げました。しかし、現在の地方経済では製造業、雇用、賃金、人口減少など複雑な課題への対応が必要です。
② 過去の政治判断に説明責任を果たせるか
1期退任と衆議院議員辞職は、本人が今回の選挙で改めて向き合うべき問題です。
③ 公約を実行可能な政策に変えられるか
経済力を10年で2倍にする目標や、ひろゆき氏らとの政策上の約束については、財源、期限、議会との調整、実施体制まで具体的に検証する必要があります。
東国原氏の最大の強みは発信力です。しかし、知事に求められるのは発信だけでなく、行政を動かして結果を出す能力です。
この2つを両立できるかどうかが、今回の選挙で問われています。
【東国原英夫の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:東国原英夫は現在何をしている?
A1:政治評論家・テレビコメンテーターとして活動し、全国各地で講演会や勉強会にも参加しています。2026年は宮崎県知事選への再出馬を表明し、政治活動にも力を入れています。
Q2:東国原英夫は2026年の宮崎県知事選に出馬する?
A2:2026年4月9日に正式に出馬を表明しています。告示日は12月10日、投開票日は12月27日です。
Q3:ひろゆき&いずみ新党は東国原英夫を支援する?
A3:はい。2026年10月21日、政治団体「ひろゆき&いずみ新党(仮)」が支援候補の第1弾として東国原氏を発表しました。政策実現の約束を交わし、選挙活動などを支援する仕組みです。
Q4:東国原英夫はなぜ宮崎県知事を1期で辞めた?
A4:本人の公式プロフィールでは、国家構造や統治システムの改革、地方分権を国政から推進するためと説明されています。2011年1月に任期満了で退任しました。
Q5:2022年の宮崎県知事選で負けた理由は?
A5:現職の河野俊嗣氏に23,044票差で敗れました。東国原氏本人は、知事を1期で退任したことへの批判を十分に払拭できなかったことが大きな敗因だったと説明しています。
Q6:東国原英夫は衆議院議員だった?
A6:はい。2012年12月に日本維新の会から近畿比例ブロックで出馬して初当選しました。しかし、党の方向性が自身の考えと離れたことを理由に2013年12月に離党し、議員も辞職しました。
Q7:東国原英夫の知事時代の代表的な実績は?
A7:宮崎県産品のトップセールスです。特にマンゴーなどの県産品を全国にPRし、「宮崎をどげんかせんといかん」という言葉とともに宮崎県の知名度向上に貢献しました。
2026年11月現在の東国原英夫氏は、政治評論家・テレビコメンテーターとしての活動を続けながら、宮崎県知事への復帰を目指しています。
今回の動きを時系列で整理すると、次のようになります。
- 2007年:宮崎県知事に初当選。県産品のトップセールスで全国的に注目される。
- 2011年:1期で知事を退任し、東京都知事選に挑戦。
- 2012~2013年:衆議院議員として活動後、日本維新の会を離党して辞職。
- 2022年:宮崎県知事選に再出馬するも、河野俊嗣氏に23,044票差で敗北。
- 2026年4月:宮崎県知事選への再出馬を正式表明。
- 2026年9月:新しい公式サイトを公開し、政策を発信。
- 2026年10月:ひろゆき氏・泉房穂氏の政治団体から支援を受けることが決定。
- 2026年12月27日:宮崎県知事選の投開票日。
今回の挑戦は、単なる知名度を生かした選挙ではありません。
過去に1期で退任したことへの批判を乗り越え、経済成長や人口減少対策などの政策を実現できるかが問われています。
また、ひろゆき氏と泉房穂氏による支援は、新しい政治手法として注目される一方、政策を実行する責任も伴います。
東国原英夫氏の現在を理解するうえで最も重要なのは、芸人から政治家へ転身した過去ではなく、その経験を2026年の宮崎県政にどう生かそうとしているかという点です。
12月27日の選挙結果は、東国原氏自身の政治家としての評価だけでなく、宮崎県が今後どのような地域づくりを選ぶのかを占う重要な機会となります。
記事基準日:2026年11月4日