阿部寛のモデル時代を語る際に外せない人物が、俳優の加藤雅也だ。
2人はメンズノンノ創刊期から活動したモデル仲間であり、その後も長く交流を続けている。
2025年6月22日放送の『おしゃれクリップ』では、加藤雅也がVTR出演し、若い頃の阿部について語った。
加藤が覚えていたのは、当時の阿部が非常に朴訥とした、大学生らしい青年だったという印象だ。
一方、阿部は加藤について、自分より1歳年上で、モデルとして先にプロの事務所に所属して活動していた人物だったと説明している。
当時の阿部は芸能事務所に所属しておらず、いわば素人モデルに近い立場だった。撮影の進め方などについて、加藤からアドバイスを受けていたという。
阿部寛が加藤雅也を信頼する理由2人の関係は、単なる仕事仲間にとどまらない。
阿部は加藤について、面倒見がよく、兄貴のような存在だったと振り返っている。
加藤は当時、学校の先生を目指していたこともあり、人に物事を教えるのが好きだったという。
阿部がモデルとして活動を始めた頃、経験豊富な加藤の存在は心強かったはずだ。
加えて、2025年の番組では、阿部が人生の節目について加藤に相談してきたことも紹介された。
本人は加藤を最も信頼している人物の一人として挙げている。
モデル時代の主要人物・関係性一覧| 人物 | 当時の関係 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 阿部寛 | 主役となる人物 | ノンノの企画で優勝し、43号連続表紙を達成 |
| 加藤雅也 | モデル仲間・先輩 | 1歳年上。撮影の助言をする兄貴的存在 |
| 風間トオル | 同時代のモデル仲間 | 1980年代の男性モデルブームを代表する存在 |
| 南野陽子 | 映画での共演者 | 『はいからさんが通る』で共演 |
| つかこうへい | 舞台演出家 | 1993年の舞台を通じて演技の幅を広げる契機を与えた |
当時の男性モデルブームは、阿部一人だけで成立していたものではない。加藤雅也や風間トオルら、個性の異なるモデルたちが男性ファッション誌の人気を支えていた。
特に加藤との関係は、阿部がモデルから俳優へ移行する過程で、人間関係の面でも重要な支えがあったことを示している。
【2026年最新】阿部寛が36年ぶりにメンズノンノへ帰還!

2025年12月2日、集英社は阿部寛が『MEN'S NON-NO』2026年1・2月合併号の表紙に登場すると発表した。
発売日は2025年12月9日。
阿部が最後に同誌の表紙を飾ったのは1989年12月号だったため、実に約36年ぶりの復帰となった。
今回の表紙では、メンズノンノモデルで俳優の鈴鹿央士と共演。2人が並ぶ構成は、過去の伝説的モデルと現代のモデル出身俳優をつなぐ象徴的な企画となった。
オリコンニュースによると、カバービジュアルのテーマは「最新の阿部寛さんを、最新のモードで撮影する」というもの。
ジルサンダーの衣装を着用した表紙に加え、エルメスやプラダなどのブランドを取り入れたファッション企画も掲載された。
2026年1月、本人がモデル時代への思いを語る2026年1月1日には、メンズノンノ公式ウェブサイトで阿部のロングインタビューが公開された。
ここで印象的なのは、阿部が同誌に対して特別な敬意を持ち続けていることだ。
本人は、芸能活動の出発点がメンズノンノにあったことを振り返り、モデルとしてのファッション撮影は、メンズノンノと、その創刊メンバーが立ち上げた『UOMO』に限って出演してきたと説明している。
また、モデル時代に対して誇りを持っていることも明かした。
「僕自身、『ここから始まった』という思いがあります」
出典:2026年1月1日公開『MEN'S NON-NO WEB』阿部寛本人インタビュー。発言の一部。
この言葉から伝わるのは、モデル時代を過去の通過点として切り離していない姿勢だ。
現在の俳優としてのキャリアがどれほど大きくなっても、芸能界に入るきっかけとなった雑誌への感謝は変わっていない。
メンズノンノ創刊40周年と阿部寛の存在2026年5月、『MEN'S NON-NO』は創刊40周年を迎えた。
集英社が2026年7月に公開した歴代モデル一覧にも、阿部の名前が掲載されている。
同一覧では、阿部の活動歴を次のように整理している。
- 1987年まで:ノンノ・ボーイフレンド
- 1988~1990年:メンズノンノ専属モデル
この区分は、阿部の経歴を調べる際に押さえておきたいポイントだ。
「初代モデル」という呼び方だけでは分かりにくいが、ノンノの企画で選ばれたことから始まり、メンズノンノの創刊期を代表する存在になったという流れがある。
2026年の創刊40周年は、単に過去のモデルを振り返るイベントではない。モデル出身の俳優が現在のエンターテインメント業界で活躍する流れを振り返る機会にもなっている。
阿部寛の36年ぶりの表紙復帰は、その歴史を象徴する出来事だった。
【プロの結論】阿部寛のモデル時代が現在の俳優人生につながった理由
阿部寛のモデル時代を振り返ると、単に若い頃に格好よかった俳優という話では終わらない。
そこには、ファッションモデルとしての成功、俳優転身後の挫折、演技への挑戦という、キャリア形成における重要な段階が存在する。
1. モデルとしての成功が俳優への入口をつくったノンノの企画への応募は、本人にとって偶然に近い出来事だった。
しかし、その結果としてメンズノンノ創刊期の顔となり、43号連続表紙という実績を残した。
これは、芸能界への入口として非常に大きな意味を持っていた。
2. 外見だけでは長期的な評価を得られなかったモデルとしての知名度は、俳優デビュー直後には有利に働いた。
しかし、人気は永続するものではない。新しい人材が登場するなかで、阿部は俳優として何を見せられるのかという課題に直面した。
モデルとして評価された外見と、俳優として求められる表現力は異なる。
このギャップを埋めるための経験が、後のキャリアを支えることになる。
3. つかこうへいとの出会いが表現の幅を広げた1993年の『熱海殺人事件』は、阿部が従来の二枚目役から離れ、個性的な役柄に挑戦する契機となった。
この経験は、現在の阿部がシリアスな役からコミカルな役まで幅広く演じられる俳優へ成長する過程を考えるうえで重要だ。
4. モデル時代の経験は消えるどころか財産になった2026年の本人インタビューで阿部は、メンズノンノモデルとして活動したことに誇りを持っていると話している。
過去の肩書に縛られるのではなく、そこで得た経験を現在の自分の一部として受け止めているのだ。
阿部寛のキャリアから読み取れるのは、最初の成功が人生の最終的な評価を決めるわけではないということ。
むしろ、成功した後に直面した壁と、そこから何を学んだかが、その後のキャリアを左右したのである。
【阿部寛のモデル時代】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:阿部寛は何年にモデルデビューしましたか?
A1:1985年です。中央大学理工学部在学中に、集英社の第3回ノンノ・ボーイフレンド大賞で優勝したことがきっかけです。
Q2:阿部寛はメンズノンノの初代モデルだったのですか?
A2:はい。メンズノンノ創刊期を代表するモデルで、創刊号から43号連続で表紙を飾りました。集英社の公式モデル一覧では、1987年までノンノ・ボーイフレンド、1988~1990年はメンズノンノ専属モデルとして記録されています。
Q3:阿部寛が43号連続で表紙を飾ったのはいつからいつまでですか?
A3:1986年6月号から1989年12月号までです。創刊号から43号連続という記録を残しました。
Q4:阿部寛がモデルになった理由は何ですか?
A4:姉に勧められたことがきっかけです。優勝すると車がもらえる読者参加型の企画だったため応募し、見事1位に選ばれました。本人は当初、モデルを目指していたわけではなかったと話しています。
Q5:阿部寛の俳優デビュー作品は何ですか?
A5:1987年公開の映画『はいからさんが通る』です。南野陽子演じる花村紅緒の相手役、伊集院忍を演じました。
Q6:阿部寛と加藤雅也はモデル時代からの知り合いですか?
A6:はい。メンズノンノ創刊期から活動したモデル仲間です。加藤は阿部より1歳年上で、モデル撮影についてアドバイスするなど、兄貴のような存在だったと阿部が振り返っています。
Q7:阿部寛は2026年にメンズノンノのモデルに復帰したのですか?
A7:2025年12月9日発売の2026年1・2月合併号で、約36年ぶりに表紙モデルとして復帰しました。2026年はメンズノンノ創刊40周年の記念イヤーでもあります。
阿部寛のモデル時代は、1985年のノンノ・ボーイフレンド大賞優勝から始まった。中央大学理工学部の大学生だった青年は、1986年に創刊されたメンズノンノの顔となり、43号連続表紙という記録を打ち立てた。
しかし、1987年の『はいからさんが通る』で俳優デビューした後は、モデル出身というイメージや役柄の制約に苦しみ、仕事が減少する時期も経験した。1993年の『熱海殺人事件』などを通じて演技の幅を広げ、長い時間をかけて実力派俳優としての地位を築いていった。
そして2025年12月、36年ぶりにメンズノンノの表紙へ復帰。2026年の創刊40周年を迎えた同誌で、改めてモデル時代の功績が取り上げられた。
阿部寛の若い頃を知るうえで重要なのは、43号連続表紙という華やかな記録だけではない。モデルとしての成功に安住せず、俳優として評価されるために苦労と挑戦を重ねた過程にこそ、現在の阿部寛につながる本質がある。
1980年代のファッション誌を彩ったモデルから、映画・ドラマ・舞台で活躍する俳優へ。阿部寛にとってメンズノンノは、単なる過去の仕事ではなく、今も誇りを持ち続ける芸能人生の原点なのである。