1997年3月13日、米アリゾナ州の夜空に、巨大なV字型の光が現れた。複数の住民が目撃したその光は、音もなく移動し、まるで巨大な飛行物体が街の上空を横切ったかのように見えた。その後、約22時にはフェニックス南西の空に、横一列に並んだオレンジ色の光が出現。こちらも多数の住民によって撮影された。この一連の出来事は「フェニックスの光(Phoenix Lights)」として知られるようになった。
しかし、事件の真相を理解するうえで欠かせないのが、約20時台の移動するV字編隊と、22時ごろの静止して見える光列を別々の現象として検証することだ。後者にはメリーランド州空軍州兵のA-10攻撃機が投下した軍用照明弾という有力な説明がある。一方、前者には航空機編隊説などが提示されているものの、すべての目撃状況を再現する公開記録はそろっていない。2026年11月現在の調査状況も含め、証言と軍の説明を照合する。
【事件の全体像】フェニックスの光とは何だったのか?
フェニックスの光は、単一のUFOが長時間にわたって現れた事件として語られることが多い。しかし、実際の記録を時間順に整理すると、中心となる現象は大きく二つに分かれる。
一つ目は、アリゾナ州北部からフェニックス方面へ移動したとされるV字型の光の編隊。二つ目は、フェニックス南西部の山並み付近に現れた、複数のオレンジ色の光列だ。
両者は同じ夜に発生したため、後年のテレビ番組やインターネット上では一つの出来事として紹介されることが多くなった。ところが、目撃された時間、移動の仕方、映像資料、軍の説明はそれぞれ異なる。
1997年3月13日に何が起きたのか当日の目撃報告は、アリゾナ州北部のポールデン付近から始まった。
国立UFO報告センター(NUFORC)の1997年8月13日付の初期報告によれば、最初の電話は約20時16分に寄せられた。通報者は元警察官で、家族とともに赤橙色の光の集団を目撃したと説明している。
その後、プレスコット、プレスコット・バレー、フェニックス、さらにツーソン方面からも報告が寄せられた。
約22時になると、今度はフェニックス南西の空に明るい光列が現れた。この光景は家庭用ビデオカメラでも撮影され、事件の象徴的な映像として広まっていく。
なぜUFO事件として有名になったのか大きな理由は、目撃者の多さと、目撃された光の形状にある。
航空機や人工衛星の光なら、一般的には個々の光源として認識される。しかし、当時の一部の目撃者は、複数の光が巨大な一つの構造物に取り付けられているように感じたという。
加えて、音が聞こえなかったという証言も重なった。
一部の目撃者は、光と光の間に暗い部分があり、星空が遮られているように見えたと説明している。これが「巨大な飛行物体が存在した」という説を強めた。
ただし、目撃者が同じ現象を見ていたとしても、その解釈まで一致していたわけではない。光の数、色、移動速度、形状には違いがあった。
【目撃証言を検証】20時台のV字編隊は本当に巨大な飛行物体だったのか?
フェニックスの光の謎を考えるうえで、最も興味深いのが最初のV字編隊である。
NUFORCに残る初期報告には、複数の場所から寄せられた目撃情報が記録されている。
目撃者が語ったV字型の光プレスコット周辺の目撃者は、4~5個の白い光が空を移動する様子を報告した。
プレスコット・バレーでは、赤い光と先頭の白い光が三角形のように並んでいたという証言もある。双眼鏡で観察した人物は、光が頭上を通過した後、右方向に旋回したように見えたと報告している。
また、デューイ付近では、道路を走行中だった複数人がV字型の光を発見。車を止めて観察したところ、光が頭上に位置し、しばらく空中にとどまっているように感じられたという。
これらの報告には共通する特徴がある。
- 複数の光がV字型または三角形に見えた。
- 音が聞こえなかったという証言が複数存在する。
- ゆっくり滑るように移動したと説明する人がいた。
- 光が一つの巨大な構造物に見えたという証言がある。
- 一部では、光の配置や方向が変化したと報告された。
ただし、これらはNUFORCが電話による初期通報をまとめた記録であり、すべてが署名付きの独立した証言や測定データというわけではない。
ティム・レイ家族の証言特に知られているのが、フェニックス在住のティム・レイ(Tim Ley)とその家族の目撃談だ。
レイは、家族とともに巨大なV字型の物体が自宅上空を通過する様子を見たと説明している。
彼の証言では、物体は非常に大きく、音を立てずに移動していた。光だけではなく、光の間に暗い輪郭のようなものが存在したと感じたという。
この証言は1997年6月のCNN報道でも取り上げられた。
一方、後年に公開された詳細な説明には、当時の記憶をもとにした描写やコンピューターによる再構成画像も含まれる。再構成画像は目撃者の印象を伝える資料ではあるが、事件当夜に撮影された実際の機体写真とは区別する必要がある。
望遠鏡で観察した天文愛好家の異なる見解V字編隊をめぐる議論では、天文愛好家のミッチ・スタンリー(Mitch Stanley)の観察も重要だ。
スタンリーは大型のドブソニアン望遠鏡で光を観察し、それぞれが独立した航空機だったと判断したと報告されている。
2015年の『Skeptical Inquirer』に掲載されたジェームズ・マクガハとジョー・ニッケルの分析では、この観察が航空機編隊説を支える材料として紹介された。
つまり、肉眼では巨大な一つの物体に見えた光が、望遠鏡では複数の航空機として認識された可能性がある。
ここに、この事件の重要な争点がある。
目撃者が巨大な物体を見たという認識と、実際に巨大な物体が存在したという物理的証明は、同じものではない。
【時系列・比較表】22時の光列と軍用照明弾説はどこまで一致する?
フェニックスの光の正体を考えるうえで、最も具体的な説明が存在するのが22時ごろの光列だ。
1997年7月、AP通信はメリーランド州空軍州兵の説明を報道した。
同部隊の広報担当者ドリュー・サリンズ大尉によれば、3月13日夜、同州空軍州兵のA-10攻撃機8機がバリー・M・ゴールドウォーター空軍訓練場で夜間訓練を実施していた。
航空機は高度約15,000フィートから、地上の訓練区域を照らす高輝度照明弾を投下していたという。
軍用照明弾とはどのようなものか照明弾は、夜間の地上目標や周辺区域を明るく照らすために使用される装備だ。
パラシュートによって降下速度を抑えながら、一定時間にわたって強い光を放つ。
地上から見ると、光源が空中に静止しているように感じられる場合がある。また、光源が山の稜線の向こう側に移動すると、突然消えたように見える。
この特徴は、22時ごろに撮影された光列の映像と整合する。
AP通信の報道では、訓練を終えた航空機がツーソンのデービス・モンサン空軍基地へ戻る前に、残っていた照明弾を高高度で投棄したことも説明されている。
| 時期・日時 | 出来事 | 証言・説明と検証 |
|---|---|---|
| 1997年3月13日 20時16分ごろ | ポールデンで最初の通報 | 赤橙色のV字型の光が報告される |
| 同日 20時台 | プレスコットなどで目撃 | 無音で移動する三角形・V字型の光という証言 |
| 同日 20時30分ごろ | フェニックス周辺で目撃 | 巨大な構造物に見えたという証言と航空機編隊説が対立 |
| 同日 22時ごろ | 南西方向に光列が出現 | 後にメリーランド州空軍州兵の照明弾投下と説明 |
| 1997年6月 | シミントン知事が会見 | 調査発表の後、宇宙人の衣装を使った演出を実施 |
| 1997年7月 | 軍の説明が報道される | A-10による訓練と照明弾投下が公表される |
| 2007年3月 | シミントン氏が証言 | 自身も当夜の光を見ていたとCNNに説明 |
| 2026年 | 新たな資料整理が進む | 後半の照明弾説と前半の航空機編隊説を分けて評価 |
バリー・M・ゴールドウォーター訓練場は、フェニックスの南西約60マイルに位置する広大な軍事訓練区域だ。
AP通信が伝えた軍の説明では、A-10はこの区域で夜間訓練を実施していた。
重要なのは、訓練場とフェニックスの間にエストレラ山脈が存在することだ。
山並みの向こう側で照明弾が降下すれば、フェニックス市内からは光が空中に浮かんでいるように見える可能性がある。
2015年の『Skeptical Inquirer』では、映像と山並みの位置関係を比較する画像分析も紹介されている。分析では、光が山の稜線の後ろに隠れるように消えていく様子が、照明弾説を支持する材料として扱われた。
軍の説明で解決した部分と、解決していない部分ここで注意したいのは、軍用照明弾の説明が成立するのは主として22時ごろの光列だということだ。
約20時台に目撃された移動するV字編隊とは、時間も観察された動きも違う。
したがって、照明弾説が有力だからといって、3月13日の夜に報告されたすべての現象が照明弾だったと断定することはできない。
一方で、22時の光列については、軍の訓練説明、航空機の活動、映像に見られる消え方、地形の位置関係が互いに整合している。
二つの現象を分けることが、フェニックスの光の真相に近づく最も要点だ。
【フィフ・シミントン知事】宇宙人の衣装を使った会見と10年後の告白
フェニックスの光が世界的なUFO事件として知られるようになった背景には、当時のアリゾナ州知事フィフ・シミントン(Fife Symington)の対応も関係している。
シミントン氏は1991年から1997年までアリゾナ州知事を務めた人物だ。
事件発生後、目撃情報が広がるなかで、州政府にも住民から問い合わせが寄せられた。
1997年6月の調査発表と異例の演出1997年6月19日、シミントン知事は、3月の目撃事件についてアリゾナ州公安局による調査を行うと発表した。
当初の会見では、映像を興味深いものと受け止め、詳しく調べる必要があるとの趣旨を説明していた。
ところが、その数時間後に開かれた会見では、事件の謎が解けたとする演出を実施。
知事の首席補佐官ジェイ・ハイラーが、ピンクと銀色の宇宙人の衣装を着て登場した。
この演出はAP通信によって報道され、当時の大きな話題となった。
ただし、この宇宙人の衣装は知事側によるユーモラスな演出であり、事件そのものが捏造だったことを証明するものではない。
また、調査を行うという発表と、その後の冗談めいた会見は、行政による正式な調査報告書とは区別して考える必要がある。
2007年、シミントン氏が自らの目撃を認める事件から10年後の2007年3月、シミントン氏はCNNの取材に応じ、自身も1997年3月13日の光を目撃していたと明らかにした。
知事在任中には公にしていなかったが、当時の光景を非常に印象的なものとして記憶していたという。
また、CNNのインタビューでは、光が非常に大きく、異様な印象を受けたことや、舞台裏では自分なりに調べようとしていたことも説明した。
シミントン氏は、地球外の宇宙船だった可能性にも言及している。
しかし、これは元知事本人による目撃の回想と解釈であって、宇宙船だったという科学的な証明ではない。
知事の証言はどこまで証拠になるのかシミントン氏の証言には、元知事という立場から注目が集まった。
一方で、1997年の目撃から10年が経過している点も考慮する必要がある。
記憶は時間とともに変化することがあり、その間に広く報道された映像や他人の証言が、自分の記憶の整理に影響する可能性もある。
そのため、2007年の証言は重要な歴史資料ではあるものの、1997年当日の記録や航空機の運航資料と同じ証拠価値を持つわけではない。
【UFOの正体と未解明の謎】航空機編隊説で説明できるのか?
フェニックスの光の正体については、大きく分けて三つの見方がある。
1. A-10などの航空機編隊だったという説20時台のV字型の光について、航空機が編隊飛行していたという説明がある。
2015年の『Skeptical Inquirer』に掲載された分析では、望遠鏡で観察したミッチ・スタンリーの証言に加え、メリーランド州空軍州兵の航空機が冬季訓練でアリゾナに展開していたことが紹介された。
同誌の分析者は、5機の航空機がネリス空軍基地からデービス・モンサン空軍基地へ向かう標準的な経路を飛行し、約20時30分ごろにフェニックス上空を通過した可能性を提示している。
この説明は、V字型に見えた光が実際には複数の航空機だったという解釈につながる。
ただし、これは専門家による公開情報の分析であり、当日の全航空機の飛行記録を照合した完全な公式再構成とは異なる。
2. 軍用照明弾だったという説22時ごろの光列については、こちらが最も具体的な説明だ。
メリーランド州空軍州兵のA-10による訓練と照明弾の投下が確認されており、地形と映像の分析も説明を補強している。
この説は、単に「軍がそう説明した」というだけではない。
照明弾の降下、発光、消失の仕方が映像の特徴と整合する点に強みがある。
ただし、約20時台のV字編隊を説明する根拠として、そのまま転用することはできない。
3. 未確認の飛行物体だったという説UFO説を支持する人々は、巨大な構造物に見えたという証言や、無音で移動したという特徴を重視している。
確かに、当時の目撃報告には航空機説だけでは十分に説明できないと感じられる内容が残っている。
しかし、未確認飛行物体という言葉は、正体が特定されていない現象を意味する。
それ自体が地球外生命体や宇宙船の存在を証明するものではない。
いまだに残る四つの疑問2026年時点でも、約20時台の現象には次のような論点が残っている。
第一に、正確な飛行経路の再構成だ。
ポールデンからプレスコット、フェニックス、ツーソンへと続く報告を、同一の飛行編隊の移動として完全に照合できる公開資料は限られている。
第二に、巨大な物体に見えた理由だ。
望遠鏡では個別の航空機と識別されたという証言がある一方、肉眼では一つの巨大な構造物に見えたという証言も存在する。
両者の違いを、観察距離や視覚的な錯覚だけで完全に説明できるかは検討の余地がある。
第三に、当日のレーダー記録や飛行記録だ。
FAAや軍の記録を含む、当日の航空活動を総合的に再構成できる資料があれば、航空機編隊説の検証はさらに進む可能性がある。
第四に、F-15による迎撃説だ。
NUFORCの初期報告には、ルーク空軍基地からF-15戦闘機が発進し、未確認物体を追跡したという通報も含まれている。
しかし、NUFORC自身が、この情報を裏付ける十分な証拠を得られなかったと記している。
レーダーが妨害されたという話なども、確認済みの軍事記録として扱うことはできない。
【2026年最新情報】現在の調査状況と新たな研究の焦点
2026年11月4日現在、フェニックスの光について、地球外生命体の飛来を証明する新しい公的発表は確認されていない。
一方、過去の資料を整理し、二つの目撃現象を区別して検証する研究は続いている。
2026年10月に更新された事件資料2026年10月10日更新のUAPRADによる事件整理では、フェニックスの光を二つの現象に分けて評価している。
同資料は、22時ごろの光列について、メリーランド州空軍州兵のA-10が投下した照明弾という説明を強く支持している。
一方、20時台のV字編隊については、航空機編隊説を有力な説明としながらも、すべての飛行経路を再構成できる公開資料がそろっていない点を指摘している。
これは政府の公式判定ではなく、公開記録をもとにした独立した調査整理だ。
AAROの2026年公開資料との関係米国の全領域異常解決局(AARO)は、UAPに関する調査と情報整理を担当する政府機関である。
2026年7月20日には、2025会計年度のUAP年次報告書が公開資料一覧に掲載された。
同報告書は、2024年6月から2025年5月までを中心としたUAP報告を扱う一般的な年次資料であり、フェニックスの光だけを対象にした新しい調査結果ではない。
この報告書が存在することと、1997年のフェニックス事件が新たに解決されたことは別問題だ。
したがって、2026年のUAP調査の進展を、そのままフェニックスの光の新事実として紹介するのは適切ではない。
今後、真相解明に必要な資料今後の検証で重要になるのは、目撃者の証言を増やすことだけではない。
特に次の資料が重要だ。
- 1997年3月13日の航空機の飛行記録
- メリーランド州空軍州兵の訓練・運航記録
- FAAや軍のレーダー関連資料
- 当時撮影された映像の原本と撮影地点
- 目撃時刻と観察方向を照合できる同時期の記録
これらを突き合わせることで、約20時台のV字編隊と22時の照明弾を、さらに明確に区別できる可能性がある。
ネット上の情報を見極める三つの基準フェニックスの光を調べる際には、情報の種類を区別することも大切だ。
1. 当時の記録か、後年の回想か。 1997年の通報記録と2007年のインタビューでは、記録された時期も証拠としての性質も異なる。
2. 映像は何時の現象を撮影したものか。 有名な光列の映像を20時台のV字編隊の証拠として扱わない。
3. 軍の説明がどの範囲を対象としているか。 照明弾説が説明するのは主として22時ごろの光列である。
この三点を意識するだけでも、宇宙船説や軍による隠蔽説をめぐる情報の混同を避けやすくなる。
【フェニックスの光に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:フェニックスの光は1997年3月13日に本当に発生した事件ですか?
A1:はい。1997年3月13日、アリゾナ州の複数地域から光の目撃報告が寄せられたことは、NUFORCの初期記録や当時の報道で確認できる。20時台の移動する光と22時ごろの光列という、異なる現象が中心となっている。
Q2:フェニックスの光の正体は軍用照明弾だったのですか?
A2:22時ごろの光列については、メリーランド州空軍州兵のA-10が投下した照明弾という説明が有力だ。一方、20時台のV字型の光は別の現象であり、照明弾だけでは説明できない。
Q3:フィフ・シミントン知事もUFOを目撃したのですか?
A3:シミントン氏は2007年のCNN取材で、1997年3月13日の光を自分も目撃していたと明らかにした。ただし、彼の証言は個人的な目撃談であり、地球外生命体の存在を証明するものではない。
Q4:フェニックスの光は航空機だった可能性がありますか?
A4:ある。20時台のV字編隊については、複数のA-10などが編隊飛行していた可能性が研究者から指摘されている。望遠鏡で個別の航空機を確認したというミッチ・スタンリーの観察も、この説を支える材料だ。
Q5:2026年現在、フェニックスの光は完全に解明されていますか?
A5:完全には解明されていない。22時ごろの光列は照明弾説が強く支持される一方、20時台のV字編隊には飛行経路や目撃状況に関する検証課題が残っている。宇宙船だったと証明する公的資料も確認されていない。
フェニックスの光は、1997年3月13日にアリゾナ州で報告された、米国UFO史を代表する目撃事件の一つだ。
しかし、その真相を考える際には、すべての光を一つの巨大な宇宙船に結びつけないことが重要になる。
約20時台に目撃されたV字編隊には、航空機編隊説を支持する観察や分析が存在する。巨大な一つの物体だったという証言も残っているが、物理的な構造を直接証明する映像や測定資料は十分ではない。
一方、約22時の光列については、メリーランド州空軍州兵のA-10による照明弾投下という具体的な説明があり、映像と地形の分析もそれを裏付けている。
つまり、フェニックスの光の真相は「すべてUFOだった」でも「すべて照明弾だった」でもない。
22時の光列は軍用照明弾説が有力であり、20時台のV字編隊は航空機編隊説が有力ながら、完全な再構成には至っていない。
2026年現在も、この区別を維持することが事件を正確に理解するための基本となる。
本当に知るべきなのは、宇宙人が存在したかどうかという結論を急ぐことではなく、どの証言が何を示し、どの公式説明がどこまで現象を説明できるのかという証拠の境界線だ。
その境界線を見失わないことこそ、フェニックスの光という長年の謎に向き合うための最も確かな出発点である。
主な資料・報道記録
- NUFORCによる1997年の初期目撃報告。
- AP通信による1997年7月のメリーランド州空軍州兵の照明弾説明。
- 1997年6月のシミントン知事の会見に関するAP通信報道。
- 2007年のシミントン氏の証言を伝えたCNNの記録。
- 2015年の『Skeptical Inquirer』による航空機説・照明弾説の検証。
- 2026年10月更新のUAPRAD事件資料とAAROの公開資料一覧。