落馬事故後の動きを整理すると、古川騎手は長期間にわたって競馬から離れていたわけではない。8月17日の本人による報告の後、騎乗記録では8月22日に再びレースへ出場している。
事故発生から11月初旬までの主な出来事をまとめた。
出典:JRA発表、日刊スポーツ、競馬ラボ・netkeibaの騎乗成績データ。
騎乗成績を確認すると、事故後に最初の出走が確認できるのは2026年8月22日(土)だ。
この日は札幌競馬場で2鞍に騎乗。2Rの2歳未勝利ではローレルメビウスに乗って4着、7Rの3歳以上1勝クラスではメイショウハッブルに騎乗して6着だった。
翌23日にも札幌で騎乗している。さらに29日にも出走記録があり、9月以降も継続してレースに参加している。
つまり、騎乗記録上の復帰時期は8月22日。事故から7日後には競馬場での騎乗を再開していたことになる。
ただし、8月22日が医学的な意味での完全回復日だったという発表はない。ここでいう復帰は、実際に競走へ騎乗したことを指す。
【2026年11月現在の活動状況】10月・11月の騎乗成績は?

2026年11月4日現在、古川騎手の競走成績からは、落馬後も継続して騎乗していることが確認できる。8月の事故以降、9月には阪神、10月には新潟や京都へと活動の場を広げている。
10月の主な騎乗記録10月は複数の競馬場で騎乗しており、単に復帰しただけでなく、通常の競馬開催に継続して参加している様子が分かる。
確認できる主なレースは次のとおりだ。
- 10月11日・京都10R:モアリジットに騎乗、16着。
- 10月17日・新潟12R:ラブカムーンに騎乗、2着。
- 10月18日・新潟8R:ファイブタンゴに騎乗、12着。
- 10月24日・新潟9R:ラブカムーンに騎乗、7着。
- 10月25日・新潟7R:カドーダムールに騎乗、6着。
- 10月31日・京都10R:サイモンブーケに騎乗、14着。
特に10月17日の新潟12Rではラブカムーンで2着に入っている。着順にはばらつきがあるものの、競走への参加を続けていることは明らかだ。
11月1日の京都10Rでは5着11月に入って最初に確認できる出走は、11月1日の京都10R・古都ステークスだった。
古川騎手は矢作芳人厩舎のアスクデッドヒートに騎乗。9頭立てのレースで5着となり、勝ち馬との差は0.3秒だった。
この結果からも、11月初旬の時点で騎乗活動を継続していることが分かる。少なくとも、8月の落馬事故によって長期的な騎乗停止状態にあるという見方は、実際の出走記録とは一致しない。
2026年の年間騎乗成績11月1日までの競馬データを集計すると、古川騎手の2026年の成績は以下のとおりとなっている。
騎乗回数225回
1着5勝
2着10回
3着8回
勝率は2.2%、連対率は6.7%、3着内率は10.2%。年間の数字として見ると、2025年の14勝・騎乗305回と比べて勝利数は少ない。
ただし、この数字だけで落馬事故の影響を測ることはできない。騎乗馬の能力、出走機会、レース条件、厩舎からの依頼など、騎手の成績には複数の要因が関係するためだ。
また、ここで示した年間成績は11月1日までの集計であり、2026年シーズン終了時点の確定数字ではない。
【古川奈穂騎手のプロフィール】矢作芳人厩舎との関係と競馬キャリア
古川奈穂(ふるかわ・なほ)
- 生年月日:2000年9月13日
- 2026年11月現在:26歳
- 所属:栗東
- 所属厩舎:矢作芳人厩舎
- 初免許年:2021年
- JRA通算勝利数:70勝
古川奈穂騎手は2021年に騎手免許を取得し、同年3月6日の阪神競馬場で初騎乗を果たした。
初勝利は3月13日の阪神競馬。バスラットレオンに騎乗して勝利を挙げている。
その後もJRAで騎乗を続け、2023年には年間25勝を記録。2025年は14勝、2026年は11月1日時点で5勝となっている。
2026年8月の落馬事故当時は騎手生活6年目。事故に遭った時点でJRA通算70勝を記録していた。
矢作芳人厩舎とのつながり古川騎手の所属は栗東・矢作芳人厩舎。今回の事故で騎乗していたスマートカイロスも、同じ矢作厩舎の管理馬だった。
矢作芳人調教師はJRAを代表する調教師の一人で、国内外の競走馬を管理してきた実績を持つ。古川騎手にとって所属厩舎との関係は、騎乗機会を考えるうえでも重要な背景となる。
ただし、今回の事故後に矢作厩舎が騎乗機会を減らした、あるいは所属関係に変化が生じたとする公式発表は確認されていない。実際の騎乗記録には、10月25日のカドーダムールや11月1日のアスクデッドヒートなど、矢作厩舎の管理馬への騎乗も残っている。
この点からも、事故後の活動を判断する際には、所属関係の憶測よりも実際の出走記録を見ることが適切だ。
【プロの結論】古川奈穂の落馬事故から読み取るべき3つのポイント
今回の事故をめぐる情報を整理すると、重要なのは「事故原因」「負傷状況」「競技復帰」を別々に捉えることだ。
1. 落馬の直接原因は馬群内での接触JRAが示した事故の発生経緯は、4コーナーで前の馬に触れてスマートカイロスがつまずいたというもの。馬群が密集し、複数の馬のわずかな動きが重なったことが背景にある。
騎手個人の重大な違反行為や馬の故障が原因だったとする説明は出ていない。制裁がなかったという裁決内容も、この事故を理解するうえで外せないポイントだ。
2. 頭部・胸部の負傷発表と本人の無事報告は両立する事故直後の負傷発表は頭部・胸部。一方、8月17日の本人のSNS投稿では、人馬ともに大きな怪我はなかったと説明された。
事故直後の診断情報と、その後の本人の報告を混同しないことが大切だ。公開情報からは深刻な後遺症や長期療養を裏付ける事実は読み取れない。
3. 復帰の判断には実際の出走記録が有効復帰時期については、公式な復帰宣言の日付だけを探すより、実際の騎乗記録を確認する方が具体的だ。今回の場合、8月22日に札幌で騎乗しており、10月から11月にも出走が確認できる。
一方、騎乗を再開したことと、事故前と完全に同じ状態であることは同義ではない。健康状態の詳細は本人や関係機関の発表に基づいて判断すべきであり、着順だけから体調や心理状態を推測するのは適切ではない。
競馬の落馬事故は、騎手だけでなく競走馬や周囲の馬にも影響する。事故報道を読むときは、JRAの裁決記録、負傷発表、本人の説明、実際の競走成績という4つの情報を照らし合わせることが、正確な理解につながる。
【古川奈穂の落馬事故】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:古川奈穂騎手の落馬事故はいつ発生しましたか?
2026年8月15日です。札幌競馬場11Rの報知杯大雪ハンデキャップで、スマートカイロスに騎乗していた際、4コーナーで落馬しました。
Q2:古川奈穂騎手が落馬した理由は何ですか?
JRAの発表によると、スマートカイロスが4コーナーで前の馬に触れてつまずいたためです。裁決内容を伝えた報道では、密集した馬群の中で複数の馬の動きが重なったことが説明されています。
Q3:頭部や胸部に重傷を負ったのでしょうか?
JRAは頭部・胸部の負傷と発表しました。その後、8月17日に本人がInstagramで、人馬ともに大きな怪我はなかったと報告しています。詳しい診断名は公表されていません。
Q4:古川奈穂騎手はいつ騎乗復帰しましたか?
競走成績で確認できる最初の復帰は2026年8月22日です。札幌競馬場で2鞍に騎乗しており、事故から1週間後にはレースへ戻っていました。
Q5:2026年11月現在も騎手として活動していますか?
はい。10月には新潟や京都で騎乗し、11月1日には京都10Rの古都ステークスでアスクデッドヒートに騎乗して5着となっています。
Q6:スマートカイロスも怪我をしたのでしょうか?
JRAの事故当日の発表では、スマートカイロスは異状なしとされています。本人もSNSで人馬ともに大きな怪我はなかったと説明しました。
古川奈穂騎手の落馬事故は、2026年8月15日の札幌11R・報知杯大雪ハンデキャップで発生した。JRAの記録によれば、スマートカイロスが4コーナーで前の馬に接触してつまずき、騎手が落馬。古川騎手は頭部・胸部を負傷した。
8月16日の騎乗は4鞍すべて取りやめとなったものの、17日には本人がInstagramで大きな怪我はなかったと報告。その後、8月22日には競走へ復帰し、10月、11月も騎乗を続けている。
2026年11月現在、確認できる競走成績からは、古川奈穂騎手が現役騎手として活動を継続していることが分かる。
今後注目したいのは、矢作芳人厩舎をはじめとする関係厩舎からの騎乗依頼、年間勝利数の推移、そして重賞レースへの出走機会だ。事故の衝撃だけに注目するのではなく、復帰後の実績や競走内容にも目を向けたい。
今回の落馬事故は、馬群内でのわずかな接触が重大な結果につながり得るという、競馬という競技の危険性を改めて示した出来事でもあった。本人の報告とJRAの公式記録、実際の騎乗成績を基準に、今後の古川騎手の活躍を見守りたい。