カレーハウスCoCo壱番屋(ココイチ)の創業者は、実業家の宗次徳二(むねつぐ・とくじ)氏です。ただし、ココイチの誕生を宗次氏一人の成功物語として語ることはできません。その原点には、妻・直美氏と二人三脚で経営した名古屋市内の喫茶店「バッカス」と、そこで評判を集めた家庭的なカレーライスがありました。
1978年1月の1号店オープンから、1982年の株式会社壱番屋設立、2002年の経営引退、そして宗次ホールやNPO法人イエロー・エンジェルを通じた社会貢献まで。宗次氏の歩みをたどると、ココイチが全国的なチェーンへ成長した背景と、創業者が現在も取り組む活動が見えてきます。2026年2月末の店舗数・店舗売上高についても、会社の公式資料と決算情報をもとに整理します。
【ココイチ創業者は宗次徳二氏】妻・直美氏と築いた創業の原点

ココイチの創業者は宗次徳二氏です。1948年、石川県生まれ。1978年にカレーハウスCoCo壱番屋を創業し、1982年には株式会社壱番屋を設立しました。
壱番屋の公式プロフィールでは「宗次德二」と表記されています。「徳」と「德」の字体の違いはありますが、いずれも同一人物を指します。
妻・直美氏は単なる創業者の家族ではないココイチの歴史を理解するうえで欠かせないのが、妻の宗次直美氏です。
2人は大和ハウス工業に勤務していた時期に出会い、結婚。その後、夫婦で事業を始めました。直美氏は飲食店の運営に携わり、喫茶店「バッカス」では料理や接客を担当。家庭的なカレーライスが人気を集め、後のカレー専門店につながっていきます。
テレビ東京の経済番組「カンブリア宮殿」が2010年4月に2人を取り上げた際には、宗次徳二氏が創業者特別顧問、直美氏が壱番屋の会長として紹介されました。夫婦で始めた商売が、全国規模の企業に成長したことを象徴する出演でした。
直美氏は1998年に社長、2002年に会長に就任し、2010年には相談役となっています。壱番屋の2024年のコーポレートガバナンス報告書では、相談役として記載され、具体的な業務は行っておらず、経営には関与していないと説明されています。
つまり、ココイチは宗次徳二氏が創業したブランドであると同時に、直美氏も創業者の一人として名を連ねる夫婦の事業から生まれたブランドなのです。
創業当初から大切にした「お客様第一主義」壱番屋の公式サイトは、現在も創業時の精神として「お客様第一主義」を掲げています。
その原点は、バッカスでの接客にありました。当時の名古屋の喫茶店では、飲み物にトーストなどを付けるモーニングサービスが一般的でした。しかし宗次夫妻は、サービス品を増やすことよりも、笑顔で迎え、一人ひとりの好みに合わせた商品を提供することを重視したといいます。
砂糖やミルクの有無、サンドイッチのからしの量など、細かな希望にも応える。その積み重ねが喫茶店の繁盛につながりました。
この考え方は、ココイチのカレーにも受け継がれています。辛さ、ご飯の量、トッピングを選べる仕組みも、お客様の要望を取り入れながら発展してきました。
【宗次徳二の生い立ちと経歴】極貧の少年時代から経営者へ
宗次徳二氏の人生は、順風満帆なものではありませんでした。ココイチ創業以前の生い立ちには、幼少期の厳しい生活と、若い頃から自立を目指して働き続けた経験があります。
養護施設から養子へ、厳しい少年時代宗次氏は1948年10月、石川県で生まれました。生後間もなく兵庫県内の児童養護施設に預けられ、3歳のときに宗次家の養子として引き取られています。
しかし、養父が競輪などのギャンブルにのめり込んだことで家庭の経済状況は悪化。養母が家計を支えるために働いていた時期もありましたが、家庭環境は次第に厳しくなりました。
岡山放送の2023年のインタビューでは、宗次氏自身が幼少期に岡山県玉野市で過ごした経験を語っています。4歳頃から8歳頃までの生活は極めて貧しく、狭い部屋で暮らし、養母の魚の行商を手伝うこともあったそうです。
養父との生活では電気のない暮らしも経験しました。食べるものにも困る環境を過ごしながら、宗次氏は働くことや人の役に立つことを身近に感じて育ちました。
こうした経験は、後に経営者として掲げる顧客第一の姿勢にもつながっています。2026年1月の文藝春秋のインタビューでも、幼少期の経験と、人に喜んでもらいたいという思いについて振り返っています。
高校卒業後は会社員を経て不動産業で独立1967年3月、宗次氏は愛知県立小牧高等学校を卒業。同年4月に八洲開発株式会社へ入社し、1970年2月には大和ハウス工業株式会社に転職しました。
会社員として働いた後、1973年10月に不動産業で独立。岩倉沿線土地を開業し、宅地建物取引業を始めます。
不動産業そのものは順調なスタートでしたが、取引が成立するまで収入が発生しないことに課題を感じていました。そこで妻と相談し、日々の売り上げを得られる喫茶店の経営にも取り組むことになります。
この選択が、後に日本を代表するカレーチェーンを生み出す転機となりました。
【バッカスから1978年の1号店へ】ココイチ創業の経緯と壱番屋設立
喫茶店「バッカス」のカレーが評判に宗次夫妻は1974年、名古屋市内に喫茶店「バッカス」を開業しました。
当初は直美氏が喫茶店を切り盛りし、宗次氏は不動産業を続ける予定でした。しかし、開店直後から多くのお客様が訪れ、宗次氏も接客を手伝うようになります。
不動産業とは違い、目の前のお客様から直接反応を得られる接客業に魅力を感じた宗次氏は、次第に飲食業に力を注ぐようになりました。
喫茶店では軽食とともにカレーライスも提供していました。出前を始めたこともあり、カレーは人気メニューへと成長します。家庭料理のような親しみやすさと、毎日でも食べられる味わいが支持され、カレーを専門に扱う店舗をつくる構想が具体化しました。
2026年1月の文藝春秋の取材記事によると、宗次氏は新婚時代に妻が作ってくれたカレーを、ココイチの味の出発点として振り返っています。
1978年1月17日、ココイチ1号店が誕生1978年1月17日、愛知県西春日井郡西枇杷島町(現在の愛知県清須市西枇杷島町)に、カレーハウスCoCo壱番屋の1号店がオープンしました。
創業当時の店舗はカウンター席を中心とした小さな店でした。現在のように全国各地で知られるチェーンの出発点が、名古屋市郊外の一店舗だったことは興味深い事実です。
ただし、開店当初からすべてが順調だったわけではありません。テレビ東京の2010年の番組紹介では、開店直後の盛況が続かず、カレーの温度や揚げ物の仕上がりなど、お客様への配慮が足りなかったことを改善していった経緯が紹介されています。
商品を提供する側の都合ではなく、食べる側の満足を考える。この経験が、後の店舗運営の基礎になりました。
宗次徳二氏の経歴とココイチの重要年表創業前から現在までの主な出来事を整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 内容・意義 |
|---|---|---|
| 1948年10月 | 石川県で誕生 | 後のココイチ創業者・宗次徳二氏 |
| 1967年 | 高校卒業・就職 | 八洲開発株式会社に入社 |
| 1970年 | 転職 | 大和ハウス工業株式会社に入社 |
| 1973年10月 | 不動産業で独立 | 岩倉沿線土地を開業 |
| 1974年 | バッカス開業 | 妻・直美氏と喫茶店を経営 |
| 1978年1月17日 | ココイチ1号店オープン | 西枇杷島町にカレー専門店を出店 |
| 1981年1月 | ブルームシステム発足 | 社員のれん分け制度を開始 |
| 1982年7月 | 株式会社壱番屋設立 | フランチャイズ本部を設立 |
| 1998年6月 | 会長に就任 | 直美氏が社長に就任 |
| 2002年6月 | 経営の第一線から退く | 創業者としての経営活動に一区切り |
| 2003年1月 | NPO法人設立 | イエロー・エンジェルの理事長に就任 |
| 2007年3月 | 宗次ホール開館 | クラシック音楽の普及と演奏家育成に取り組む |
この年表で注目したいのは、カレー専門店の開業からわずか4年後の1982年に、株式会社壱番屋を設立している点です。
単に人気店を増やすだけでなく、フランチャイズ展開を見据えた組織づくりを早い段階で進めたことが、その後の成長を支えました。
【ブルームシステムとは?】ココイチ独自の社員のれん分け制度
ココイチの成長を語るうえで外せないのが、1981年1月に発足したブルームシステムです。
これは壱番屋独自の社員のれん分け制度で、一般的なフランチャイズとは異なり、まず社員として働き、店舗運営や経営に必要な知識・技術を身に付けた後に独立を目指す仕組みです。
社員として経験を積んでから独立できる仕組み壱番屋の公式説明によると、ブルームシステムは、未経験者や開業資金を持たない人にも独立の機会を提供することを目的としています。
具体的には、次のような流れです。
- まず壱番屋の社員として入社する。
- 店舗運営や接客、調理などの実務を経験する。
- 数年間かけて経営に必要な能力を身に付ける。
- 独立に必要な基準を満たした後、自分の店舗を持つ。
「ブルーム」は英語で開花するという意味です。社員を将来の経営者候補として育て、独立後に自分の力で店舗を成長させてほしいという思いが込められています。
なぜブルームシステムが店舗拡大につながったのか飲食チェーンが急速に店舗を増やす際には、味や接客サービスにばらつきが生まれるリスクがあります。店舗数だけを増やしても、ブランドへの信頼が維持できなければ長期的な成長は難しくなります。
ブルームシステムの特徴は、独立希望者を採用してすぐに店舗を任せるのではなく、企業理念を理解した社員を育ててから独立させる点です。
これにより、独立する側には経営者になる機会が生まれ、会社側には店舗運営の基本姿勢を理解したオーナーが増えるという利点があります。
2026年2月末時点で、壱番屋公式サイトはフランチャイズオーナー数を538人と公表しています。長期的な人材育成を伴う仕組みが、チェーンの運営基盤を支えていることが分かります。
ココイチの成長は、カレーの味やメニューの豊富さだけでは説明できません。人を育て、独立を後押しし、各店舗に経営者としての責任を持たせる仕組みも、大きな競争力になったと考えられます。
【宗次徳二の現在】経営引退後は宗次ホールと社会貢献活動へ
宗次氏は2002年6月、株式会社壱番屋の役員を退任し、経営の第一線から離れました。当時53歳でした。
創業者が会社に長くとどまるのではなく、後継者に経営を引き継いだことは、壱番屋の事業承継を考えるうえでも重要な出来事です。
2003年にNPO法人イエロー・エンジェルを設立経営から離れた翌年の2003年1月、宗次氏はNPO法人イエロー・エンジェルを設立し、理事長に就任しました。
同法人は社会活動の支援を目的とし、特に文化・芸術分野や若い才能の育成に関わる活動を行っています。
その代表的な取り組みの一つが、クラシック音楽を志す若手演奏家への支援です。公益社団法人日本演奏連盟と連携した宗次エンジェル基金では、若手演奏家の国内での学業や研修に対する奨学金制度、公演活動への助成などが実施されています。
単に資金を提供するだけではなく、将来プロの演奏家として活躍する人材に、学びや実践の機会を届ける活動です。
2007年に宗次ホールを開館2007年3月29日、名古屋市中区栄に宗次ホールがオープンしました。
ホールの基本理念は「くらしの中にクラシック」。クラシック音楽を一部の愛好家だけのものにせず、日常生活の中で気軽に楽しめる文化として広げることを目指しています。
主な取り組みは次のとおりです。
- ランチタイム名曲コンサート:クラシック音楽に初めて触れる人にも親しみやすい演奏会を開催。
- 宗次エンジェルヴァイオリンコンクール:若いヴァイオリニストを発掘し、演奏家としての成長を支援。
- 若手演奏家の育成:演奏機会の提供や、コンサートを企画・運営する経験を積む機会を用意。
- 地元演奏家の活動支援:地域の音楽文化を広げるための活動の場を提供。
特にヴァイオリンコンクールでは、入賞者にストラディヴァリウスなどの名器を無償貸与する仕組みも設けられています。優れた楽器を使う機会が限られている若手演奏家にとって、大きな支援となります。
2026年現在も続く講演・文化支援活動2026年現在、宗次氏は壱番屋の創業者特別顧問として紹介される一方、NPO法人イエロー・エンジェルの理事長、宗次ホールの代表として文化振興に取り組んでいます。
2026年4月には中部学院大学の公開講座「現代マネジメント研究」で講師を務め、経営経験や人生の歩みについて学生や一般参加者に講演しました。
加えて、2026年11月13日には日本PB協会の交流会で特別講演を行う予定も公表されています。経営の現場で培った経験を、次の世代や経営者に伝える活動も続けています。
ココイチの経営から離れた後も、宗次氏の活動は終わっていません。事業を拡大する段階から、人や文化を支援する段階へと、人生の重点を移してきたことが現在の特徴です。
【2026年2月末の最新データ】ココイチの店舗数・売上高は?
ココイチの規模を把握するには、ブランド単独の店舗数と、株式会社壱番屋グループ全体の店舗数を区別する必要があります。
株式会社壱番屋の公式情報と2026年2月期決算短信によると、2026年2月末時点の主な実績は次のとおりです。
ココイチ単独では1,205店舗2026年2月末時点のカレーハウスCoCo壱番屋の店舗数は1,205店舗です。
このうち直営店は118店舗。残りはフランチャイズ店舗です。2025年3月から2026年2月までの1年間では、新規出店18店舗、退店16店舗となり、純増は2店舗でした。
一方、グループ全体で見ると、カレー以外の飲食ブランドも含まれるため、国内店舗数は1,285店舗に達しています。
2026年2月末の店舗数・売上高一覧- ココイチ単独の店舗数:1,205店舗
- グループ国内店舗数:1,285店舗
- グループ海外店舗数:218店舗
- 海外展開国・地域数:12
- グループ店舗売上高:1,183億円
- 国内店舗売上高:993億円
- 海外店舗売上高:189億円
- グループ年間来店者数:8,760万人
これらは壱番屋公式サイトの2026年2月末時点の公表値です。店舗売上高は、ココイチだけではなくグループ全体の数字である点に注意が必要です。
店舗売上高1,183億円と連結売上高655億円の違い数字を確認するときに、特に注意したいのが店舗売上高と連結売上高は同じものではないという点です。
2026年2月期の店舗売上高は1,183億円ですが、2026年4月6日に公表された株式会社壱番屋の連結決算短信では、会計上の連結売上高は655億1,800万円となっています。
この違いは、店舗でお客様が支払った金額の合計と、企業グループが会計上計上する売上高の範囲が異なるためです。フランチャイズ店舗の売上全額が、そのまま本部の連結売上高になるわけではありません。
2026年2月期の連結業績は、以下のとおりです。
- 連結売上高:655億1,800万円(前期比7.4%増)
- 営業利益:47億1,500万円(前期比4.3%減)
- 経常利益:49億8,500万円(前期比4.0%減)
- 親会社株主に帰属する当期純利益:25億6,200万円(前期比19.2%減)
ここから読み取れるのは、売上高の拡大と利益の拡大は必ずしも一致しないということです。2026年2月期は連結売上高が前年を上回った一方、営業利益や純利益は減少しました。
したがって、ココイチの2026年の事業規模を評価する際は、店舗数や店舗売上高だけでなく、連結決算の利益動向も合わせて確認することが大切です。
【プロの結論】宗次徳二氏の経営哲学と成功を支えた3つの要素
宗次氏の経歴を振り返ると、ココイチの成功には、単なる商品力や出店戦略だけでは説明できない特徴があります。特に注目したいのは、次の3点です。
1. お客様の声を経営判断に反映する壱番屋では1987年にアンケートはがきを導入しました。宗次氏は顧客から寄せられる意見に目を通し、店舗の改善に役立ててきました。
現在も公式サイトによると、毎月約1万6,000通のアンケートはがきが本社に届いています。トッピングのカスタマイズも、お客様からの要望に応える中で生まれ、1988年に正式なメニューになりました。
つまり、顧客の声を単なる感想として処理するのではなく、新しい商品やサービスを生み出す材料として扱ってきたのです。
2. 妻とともに築いた現場主義ココイチの出発点は、夫婦で営んだ小さな喫茶店でした。宗次氏が経営や接客に取り組み、直美氏が料理や店舗運営を支える。互いの強みを生かした経営が、創業初期の基盤となりました。
また、宗次氏は現場でお客様の反応を見て、問題があれば自ら店舗に足を運ぶ姿勢を大切にしていました。2026年1月の文藝春秋のインタビューでも、アンケートや現場から答えを見つける経営姿勢が紹介されています。
3. 成功した後に経営を引き継ぐ決断もう一つ見逃せないのが、2002年に53歳で経営の第一線から退いたことです。
創業者が会社を成長させた後、経営を後継者に任せることは簡単ではありません。自分が築いた企業だからこそ、経営判断に口を出したくなる場面もあるはずです。
しかし、宗次氏は経営を引き継いだ後、後継者に任せる姿勢を貫いてきました。創業者自身が事業への執着を抑え、組織として自立することを優先した点は、事業承継を考える経営者にも参考になる部分です。
加えて、経営引退後は音楽や社会活動への支援に取り組みました。企業経営で得た経験や資産を、次の世代の育成や文化の発展に役立てる。この転換こそ、宗次氏の現在を理解する要点です。
【ココイチ創業者に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ココイチの創業者は誰ですか?
A1:カレーハウスCoCo壱番屋の創業者は宗次徳二氏です。妻の直美氏も創業者の一人で、夫婦で営んだ喫茶店「バッカス」が事業の原点になっています。
Q2:宗次徳二氏の妻・直美氏は現在何をしていますか?
A2:直美氏は壱番屋の創業者の一人で、過去には社長、会長を歴任し、2010年に相談役となりました。2024年の同社コーポレートガバナンス報告書では、経営に関与せず、具体的な業務を行わない相談役として記載されています。
Q3:宗次徳二氏は2026年現在、何をしていますか?
A3:壱番屋の経営の第一線からは2002年に退いていますが、NPO法人イエロー・エンジェルの理事長、宗次ホールの代表として活動しています。若手演奏家の育成やクラシック音楽の普及、講演活動にも取り組んでいます。
Q4:2026年2月末のココイチの店舗数と売上高はいくらですか?
A4:ココイチ単独の店舗数は1,205店舗です。グループ全体では国内1,285店舗、海外218店舗。店舗売上高は1,183億円、会計上の連結売上高は655億1,800万円です。
Q5:ココイチの1号店はいつ、どこにオープンしましたか?
A5:1978年1月17日、愛知県西春日井郡西枇杷島町(現在の清須市西枇杷島町)にオープンしました。
ココイチ創業者の宗次徳二氏は、幼少期の厳しい生活を経験しながら、会社員、不動産業経営者を経て、妻・直美氏とともに喫茶店「バッカス」を開業しました。その喫茶店で評判になったカレーライスが、1978年のカレーハウスCoCo壱番屋1号店につながっています。
1981年のブルームシステム発足、1982年の株式会社壱番屋設立など、店舗拡大と人材育成の仕組みを整えたことも、全国的なチェーンへ成長する重要な要因でした。
2002年に経営から退いた後は、NPO法人イエロー・エンジェルや宗次ホールを通じて、若手演奏家の育成や文化振興に力を注いでいます。
2026年2月末時点で、ココイチ単独の店舗数は1,205店舗、グループの国内店舗数は1,285店舗、海外店舗数は218店舗。グループ店舗売上高は1,183億円に達しました。
宗次氏の歩みから学べるのは、成功を支えるのは目先の売り上げだけではないということです。お客様の声に耳を傾け、現場を大切にし、人を育て、適切なタイミングで次の世代に経営を託す。その積み重ねが、ココイチというブランドを長く支えてきました。
そして、創業者の現在を象徴するのは、会社を大きくすることだけを人生の目的にせず、音楽や社会への貢献に活動の幅を広げている姿です。喫茶店の一皿から始まった物語は、2026年も食と文化の両方に足跡を残し続けています。
主な参照資料: 株式会社壱番屋公式サイト・2026年2月期決算短信、宗次ホール公式プロフィール、テレビ東京「カンブリア宮殿」、文藝春秋、岡山放送、中部学院大学、日本演奏連盟。