歌舞伎俳優・五代目中村米吉の家系図を調べると、父は人間国宝の五代目中村歌六、叔父は三代目中村又五郎、弟は初代中村龍之助という、歌舞伎の名門につながる血縁関係が見えてきます。加えて、いとこには四代目中村歌昇と初代中村種之助がおり、親子二代、兄弟、いとこがそれぞれ歌舞伎の舞台で活躍しています。
特に間違えやすいのが、父・中村歌六がかつて名乗っていた「四代目中村米吉」と、現在の本人が襲名した「五代目中村米吉」の関係です。また、一時期「萬屋」を名乗っていた一門が、2010年に「播磨屋」へ戻った経緯も、家系図を理解するうえで欠かせません。2026年11月時点の歌舞伎俳優名鑑や伝統歌舞伎保存会などの公表情報をもとに、血縁・名跡・屋号を分けて整理します。
【家系図を一目で理解】中村米吉の家族構成と血縁関係

五代目中村米吉の家系図を理解するには、父方の祖父である四代目中村歌六を起点にすると分かりやすくなります。
祖父の四代目中村歌六には、長男の五代目中村歌六と、次男の三代目中村又五郎がいます。この兄弟がそれぞれ歌舞伎俳優として活動し、その子どもたちが現在の播磨屋を支える世代につながっています。
親族関係を簡略化すると、次のようになります。
- 祖父:四代目中村歌六
- 長男:五代目中村歌六(中村米吉の父)
- 長男:五代目中村米吉
- 次男:初代中村龍之助
- 次男:三代目中村又五郎(中村米吉の叔父)
- 長男:四代目中村歌昇
- 次男:初代中村種之助
- 長男:五代目中村歌六(中村米吉の父)
つまり、中村米吉と中村歌昇、中村種之助は、父親同士が兄弟であるため、いとこ同士です。中村龍之助は米吉の実弟にあたります。
この家系図で押さえておきたいのは、五代目中村歌六と三代目中村又五郎が実の兄弟であることです。単に同じ播磨屋という屋号を持つだけでなく、四代目中村歌六を共通の父とする血縁関係があります。
歌舞伎俳優名鑑の各人物プロフィールや家系図、五代目中村歌六の公式プロフィールでも、こうした親族関係が確認できます。
【父と祖父の関係】五代目中村歌六と四代目中村歌六は何が違う?
中村米吉の父は、五代目中村歌六です。1950年10月14日生まれで、東京都出身。歌舞伎俳優名鑑によると、四代目中村歌六の長男として生まれ、1955年9月に歌舞伎座『夏祭浪花鑑』の倅市松などで初舞台を踏みました。
初舞台当時の芸名は、四代目中村米吉です。その後、1981年6月に歌舞伎座『一條大蔵譚』の一條大蔵長成卿を勤め、五代目中村歌六を襲名しました。
一方、現在の中村米吉の祖父にあたる四代目中村歌六は、父とは別人です。生前は二代目中村歌昇などの名で活動した小川貴智雄で、1973年に亡くなった後、四代目中村歌六の名跡を追贈されています。
したがって、現在の家系図では次のように整理できます。
- 四代目中村歌六:中村米吉の祖父。
- 五代目中村歌六:中村米吉の父。
- 五代目中村米吉:父・歌六の長男。
四代目と五代目は同じ歌六という名跡を継いだ別々の人物です。代数が一つ違うからといって、親子関係そのものを表す数字ではありません。名跡を何代目として受け継いだかを示しています。
また、五代目歌六には弟として三代目中村又五郎がいます。つまり、現在の米吉の父と叔父は、同じ四代目歌六を父に持つ兄弟です。
この関係を知ると、米吉が父だけでなく叔父やいとこまで含めた歌舞伎一家の中で活動していることが、より明確になります。
【四代目と五代目の違い】父の前名を中村米吉が襲名した経緯
中村米吉の家系図で特に注目したいのが、父と本人が同じ「中村米吉」という名跡を名乗っている点です。
父の五代目中村歌六は、若い頃に四代目中村米吉を名乗っていました。そして、その名前を息子が引き継いだのが、現在の五代目中村米吉です。
父は四代目、息子は五代目父・歌六の芸歴をたどると、1955年9月に四代目中村米吉を名乗って初舞台を踏み、1981年6月に五代目中村歌六を襲名しています。
父が歌六の名跡へ進んだ後、その以前の芸名である米吉を長男が継ぐことになりました。
現在の五代目中村米吉は1993年3月8日生まれ。2000年7月、歌舞伎座『宇和島騒動』で武右衛門のせがれ・武之助を勤め、五代目中村米吉を襲名して初舞台を踏みました。
つまり、父がかつて名乗っていた四代目中村米吉と、息子が2000年に襲名した五代目中村米吉は、親子二代にわたる名跡の継承です。
2000年の初舞台から女方としての歩みへ米吉は初舞台を踏んだ後、2011年から女方を志すようになりました。女方とは、歌舞伎において女性の役を専門的に演じる俳優のことです。
歌舞伎俳優名鑑では、娘役や傾城、時代物の姫役など、幅広い女方としての活躍が紹介されています。一方で、立役として二枚目の役も勤めており、役柄の幅を広げています。
2015年には『鳴神』の雲の絶間姫で十三夜会賞奨励賞を受賞。2021年には第42回松尾芸能賞新人賞を受賞しました。
父から受け継いだ名前を名乗りながらも、本人は女方として独自の芸を磨いてきました。名跡の継承は出発点であり、舞台での評価は本人の芸によって積み重ねられていくものです。
【叔父・いとこ一覧】三代目中村又五郎と中村歌昇・種之助との続柄
中村米吉の家系図をさらに広げると、父の弟である三代目中村又五郎と、その息子たちである中村歌昇・中村種之助が登場します。
三代目中村又五郎は1956年4月26日生まれ。五代目中村歌六の弟であり、米吉から見ると父方の叔父です。
又五郎は1981年6月に三代目中村歌昇を襲名し、2011年9月、新橋演舞場の「秀山祭九月大歌舞伎」で三代目中村又五郎を襲名しました。
この2011年の襲名によって、父が長く名乗っていた歌昇の名跡は、長男へ受け継がれます。現在の四代目中村歌昇が、その人物です。
親族の続柄と芸名の関係を一覧にすると、次のとおりです。
| 人物 | 中村米吉との続柄 | 名跡・主な経歴 |
|---|---|---|
| 四代目中村歌六 | 祖父 | 五代目歌六と三代目又五郎の父。生前は二代目中村歌昇として活動。 |
| 五代目中村歌六 | 父 | 四代目中村米吉を経て、1981年に五代目中村歌六を襲名。 |
| 三代目中村又五郎 | 叔父 | 父の弟。以前は三代目中村歌昇を名乗り、2011年に又五郎を襲名。 |
| 初代中村龍之助 | 弟 | 五代目中村歌六の次男。2000年7月に初舞台。 |
| 四代目中村歌昇 | いとこ | 三代目中村又五郎の長男。2011年に四代目歌昇を襲名。 |
| 初代中村種之助 | いとこ | 三代目中村又五郎の次男。1999年に初舞台。 |
特に混同しやすいのが、三代目中村歌昇と四代目中村歌昇です。
三代目中村歌昇は、現在の三代目中村又五郎が以前名乗っていた芸名です。一方、四代目中村歌昇は、その息子であり、米吉のいとこにあたります。
また、中村種之助は1993年2月22日生まれで、米吉と同じ1993年生まれです。父は三代目又五郎、兄は四代目歌昇。歌舞伎俳優名鑑でも、又五郎の次男として紹介されています。
こうして整理すると、米吉と歌昇・種之助は同じ祖父を持ついとこ同士であり、播磨屋の次世代を担う親族であることが分かります。
【播磨屋の由来と歴史】萬屋から2010年に屋号を戻した理由
中村米吉の家系図を理解するうえで、もう一つ欠かせないのが「播磨屋」という屋号です。
歌舞伎では、俳優が所属する家や一門を示す呼び名として屋号が使われます。芸名である中村米吉や中村歌六とは異なり、播磨屋は一門の歴史や芸の伝承を示す呼称です。
播磨屋という名前はどこから来た?播磨屋の由来は、初代中村歌六にさかのぼります。初代歌六は大坂の三井の番頭の子として生まれ、播磨屋作兵衛の養子となりました。この養子縁組が屋号の由来とされています。
その後、三代目中村歌六らを通じて播磨屋の芸が受け継がれ、初代中村吉右衛門によって大きく発展しました。現在の播磨屋にも、この歴史的な系譜がつながっています。
1971年に萬屋へ変更した背景五代目中村歌六と弟の三代目中村又五郎は、1971年に屋号を播磨屋から萬屋へ変更しました。
背景には、小川家の先祖にあたる三代目中村時蔵の家系と、萬屋の歴史があります。三代目時蔵の子孫である小川家の俳優たちは、初代中村錦之助を中心に1971年から萬屋を屋号としてきました。
この変更は、五代目歌六や三代目又五郎の芸名そのものを変えたという意味ではありません。変更されたのは一門の屋号です。
2010年、39年ぶりに播磨屋へ復帰2010年7月、歌舞伎美人が掲載した記者取材会の記事では、五代目中村歌六と当時の中村歌昇が、同年9月の「秀山祭九月大歌舞伎」から屋号を播磨屋に戻すことが発表されました。
復帰の背景として、五代目歌六は、祖父である三代目中村時蔵の五十回忌を終えたこと、自身が還暦を迎える節目であることを挙げています。また、播磨屋を自分たちのルーツと位置づけていました。
このとき屋号を変更したのは、歌六と歌昇だけではありません。歌六の息子である米吉・龍之助、歌昇の息子である種太郎・種之助も、同時に播磨屋へ戻りました。
現在の家系図で米吉、龍之助、歌昇、種之助が同じ播磨屋を名乗っているのは、この2010年の復帰が大きな節目になったためです。
なお、萬屋の屋号がなくなったわけではありません。屋号を播磨屋に戻したのは歌六・又五郎につながる小川家の一門であり、萬屋には別の系統の俳優たちがいます。
【人間国宝と名跡の関係】父・中村歌六の評価は米吉に受け継がれる?
中村米吉の父である五代目中村歌六は、2023年に重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定されました。
伝統歌舞伎保存会の2023年7月24日の発表によると、文化審議会は7月21日、歌六を含む7人を重要無形文化財保持者に認定するよう文部科学大臣に答申しました。歌六は「歌舞伎脇役」の分野で認定されています。
歌六は長年にわたり、立役から女方、老け役まで幅広い役柄を勤めてきた俳優です。芸歴では、2015年に読売演劇大賞優秀男優賞、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、2018年には紫綬褒章を受章しています。
人間国宝は親から子へ自動的に受け継ぐものではないここで注意したいのが、人間国宝という呼称と歌舞伎の名跡は、まったく異なる仕組みだということです。
五代目中村歌六が人間国宝に認定されたからといって、長男の中村米吉が自動的に同じ認定を受けるわけではありません。重要無形文化財保持者の認定は、本人の芸や技術に対する評価に基づくものです。
一方、五代目中村米吉という芸名は、歌舞伎の名跡として受け継がれたものです。父がかつて名乗っていた四代目中村米吉を息子が襲名したことと、父が人間国宝に認定されたことは、別々の事柄として理解する必要があります。
血縁だけでは説明できない播磨屋の芸の継承播磨屋の歴史には、血縁による親族関係だけでなく、芸の伝承という側面があります。
2010年の屋号復帰を発表した際も、五代目歌六は播磨屋の芸を中村吉右衛門のもとで学び、後世へ伝えていく意向を示していました。
つまり、歌舞伎の家系図には二つの流れがあります。一つは親子・兄弟・いとこといった血縁の流れ。もう一つは、師匠や先輩から受け継ぐ芸の流れです。
中村米吉の家系図は、父から名前を受け継いだだけの関係ではありません。祖父から続く播磨屋の歴史、叔父やいとこたちとの舞台でのつながり、そして本人が磨いてきた女方の芸が重なっているのです。
【中村米吉の家系図】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:中村米吉の父親は誰ですか?
A1:父親は五代目中村歌六です。歌六はかつて四代目中村米吉を名乗っており、1981年に五代目中村歌六を襲名しました。2023年には人間国宝に認定されています。
Q2:中村米吉の祖父は四代目中村歌六ですか?
A2:はい。四代目中村歌六は、父である五代目中村歌六の実父です。生前は二代目中村歌昇として活動し、没後に四代目中村歌六の名跡を追贈されました。
Q3:中村米吉と中村歌昇・中村種之助はどんな関係ですか?
A3:いとこ同士です。中村米吉の父は五代目中村歌六、歌昇と種之助の父は三代目中村又五郎で、この二人は実の兄弟です。
Q4:父と本人の中村米吉は同一人物ですか?
A4:別人です。父は四代目中村米吉を名乗った後、五代目中村歌六を襲名しました。その後、長男が五代目中村米吉を襲名しています。
Q5:中村米吉の屋号は萬屋ですか、播磨屋ですか?
A5:現在の屋号は播磨屋です。2010年9月、父の五代目中村歌六や叔父の三代目中村又五郎につながる一門とともに、萬屋から播磨屋へ復帰しました。
2026年11月時点で整理すると、五代目中村米吉は、人間国宝・五代目中村歌六の長男であり、四代目中村歌六の孫です。叔父は三代目中村又五郎、弟は初代中村龍之助、いとこは四代目中村歌昇と初代中村種之助という関係になります。
特に重要なのは、父がかつて四代目中村米吉を名乗っていたことです。その名前を2000年に息子が五代目として襲名したため、親子二代で同じ米吉の名跡を継承する形になりました。
また、播磨屋という屋号は初代中村歌六に由来し、1971年に萬屋へ変更された後、2010年に39年ぶりに復帰しています。この出来事によって、米吉や龍之助、歌昇、種之助も播磨屋の一員として活動することになりました。
中村米吉の家系図を見るときは、次の3点を区別すると混乱しません。
- 血縁:父・歌六、叔父・又五郎、弟・龍之助、いとこ・歌昇と種之助。
- 名跡:父の四代目中村米吉から本人の五代目中村米吉への継承。
- 屋号:2010年に萬屋から播磨屋へ復帰した一門の歴史。
歌舞伎では、名前を継ぐことと、芸を継ぐことの両方が大切にされています。中村米吉の歩みは、名門の血筋を背景に持ちながら、自らの芸で新しい評価を築いていく歌舞伎俳優の姿を示しています。今後も米吉本人だけでなく、播磨屋を支える父・叔父・弟・いとこたちの活躍にも注目が集まります。