ライダイハンとは、ベトナム戦争期に韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子どもや、その子孫を指す呼称です。1964年から1973年にかけてベトナムに派遣された韓国軍兵士と現地女性との間に生まれた人々が中心で、韓国軍関係者や民間人男性との間に生まれたケースも含まれます。なかには、韓国軍兵士による性暴力の結果として生まれた子どももいます。
戦争終結から半世紀以上が経過した2026年現在も、当事者や母親たちは差別、貧困、教育・医療へのアクセス、父親の身元確認などの問題を抱えています。人数についても公式統計が存在せず、数千人から数万人という幅のある推計が発表されています。2025年には韓国政府のビザ政策をめぐる議論が報じられ、2026年にはライダイハンをめぐる歴史認識そのものを問い直す新しい学術研究も発表されました。
この記事では、言葉の意味や語源、ベトナム戦争と韓国軍の関係、出生の背景、人数の推計、現在の生活、韓国政府の対応、謝罪と責任をめぐる議論まで、歴史資料・学術研究・報道をもとに整理します。
【基本知識】ライダイハンとは?意味・語源と呼称に隠された歴史

ライダイハンは、ベトナム語で「Lai Đại Hàn」と表記される言葉です。
一般的には、次の2つの言葉を組み合わせた表現として説明されています。
- Lai(ライ): 混血、異なる血統が混じった状態を表す言葉。
- Đại Hàn(ダイハン): 大韓、すなわち韓国を指す歴史的な呼称。
つまり、韓国系の血統を持つ人々という意味合いがあります。
韓国語では「라이따이한」と表記され、日本語では「ライダイハン」「ライタイハン」などと表記されます。
ただし、この呼称には注意が必要です。
「Lai」には混血を侮蔑的に表現するニュアンスがあり、当事者にとって必ずしも中立的な言葉ではありません。実際、ベトナム社会では敵国側の兵士との間に生まれた子どもという意味合いを伴って使われ、差別や排除につながった事例が報告されています。
そのため、歴史的な用語として説明する場合と、現在生きている個人を呼ぶ場合は区別する必要があります。
ライダイハンは全員が同じ出生背景を持つわけではないライダイハンという呼称は、韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子どもを広く指します。
しかし、その出生事情は一様ではありません。
- 韓国軍兵士とベトナム人女性の間に生まれた子ども
- 韓国軍関係者による性暴力の結果として生まれた子ども
- 韓国人の民間人や技術者とベトナム人女性の間に生まれた子ども
- 戦争終結後の韓国企業の進出などに関連して生まれた、いわゆる新ライダイハン
特に重要なのは、すべての出生を合意のある男女関係として扱うことも、すべてを性暴力の結果として扱うことも正確ではないという点です。
韓国・ベトナム関係を研究した2018年の論文では、韓国人の父親とベトナム人の母親を持つ人々を歴史文化的な観点から分析し、戦争後も続く問題として位置づけています。
2026年の研究では、さらに対象を広げ、韓国軍による性暴力や韓国企業の海外進出に伴って生まれた子どもたちも、従来の歴史認識から取り残されてきたと論じています。
なぜライダイハンという問題が長く残っているのか最大の理由は、子どもたちの出生だけでなく、その後の人生にも戦争の影響が及んだからです。
父親が韓国へ帰国し、母親が子どもを一人で育てることになったケースでは、父親との関係や経済的支援を得られない問題が生じました。
また、ベトナム戦争後の社会では、韓国軍は敵側に属する外国軍として認識されていました。そのため、韓国人男性との間に生まれた子どもが、周囲から敵側の血を引く存在として扱われることもありました。
この問題は単純な国際結婚や混血の問題ではありません。
戦争、性暴力、父親の不在、社会的差別、国家間の歴史認識が重なり合った人権問題なのです。
【歴史的背景】ベトナム戦争と韓国軍の参戦が出生につながった理由
韓国軍は1964年から1973年までベトナムに派遣されたライダイハンの歴史を理解するには、韓国軍のベトナム戦争参戦を知る必要があります。
1960年代、ベトナムでは北ベトナムと南ベトナムの対立が激化し、アメリカを中心とした国際的な軍事介入が進んでいました。
韓国の朴正熙政権は、アメリカとの同盟関係の強化や安全保障、経済的な支援の獲得などを背景に、ベトナムへの派兵を決定します。
韓国政府の国家記録院や韓国の歴史資料によると、派兵の主な経緯は次のとおりです。
- 1964年9月:医療部隊やテコンドー教官団を派遣。
- 1965年:後方支援部隊に続き、戦闘部隊を派遣。
- 1966年:白馬部隊などの派遣が進む。
- 1973年3月:韓国軍の撤退が完了。
韓国軍の累計派兵人数は、韓国の歴史資料では312,853人とされています。一般的には約32万人と説明されます。
韓国軍による民間人被害と性暴力の問題韓国軍のベトナム戦争への参加は、韓国国内では長く経済発展や米韓同盟の強化という側面から語られてきました。
一方、ベトナム側には韓国軍による民間人殺害、住宅の焼き払い、性暴力などの被害証言が残っています。
1999年には、韓国のジャーナリストや研究者による調査報道を通じて、韓国軍の行為に関する証言や写真、資料が広く紹介されました。
特に注目されたのが、韓国の研究者ク・スジョンらによる調査と「ミアネヨ・ベトナム(ごめんなさい、ベトナム)」運動です。
この運動は、韓国軍の戦争中の行為を検証し、被害者への謝罪や支援を求める市民運動として展開されました。
シンガポールのISEAS・ユソフ・イシャク研究所が2023年に発表した研究では、韓国軍による民間人虐殺について、約80件・約9,000人という初期の推計と、その後の市民社会の調査による約130件・最大約1万人という数字が紹介されています。
また、性暴力についても、ベトナム人女性や少女に対する拉致、強姦、強制売春などの証言が記録されています。
性暴力とライダイハンの出生はどのようにつながったのか戦争中、軍隊の駐留地域では兵士と現地住民との接触が発生します。
その中には合意に基づく関係もあった一方、軍事力の格差や暴力を背景とした性被害もありました。
性暴力によって妊娠した女性は、妊娠そのものに加えて、家族や地域社会からの非難、生活費の不足、子どもの養育など、複数の問題に直面しました。
加えて、父親である兵士が帰国した場合、母親と子どもは経済的・社会的な支援を得られないまま残されることになります。
この構造こそが、戦争が終わっても被害が終わらない理由の一つです。
重要なのは、ライダイハンの問題を父親探しや家族再会だけで説明しないことです。母親が受けた被害と、その後の生活を含めて考える必要があります。
【人数・推計】ライダイハンは何人いる?数千人から数万人まで幅がある理由
ライダイハンについて検索する人が特に気になるのが、実際に何人いるのかという問題です。
結論からいえば、2026年11月現在、ライダイハンの人数を確定できる公的な統計はありません。
報道、研究者、市民団体などによって異なる推計が存在しています。
主な人数推計の比較| 推計・報告 | 人数 | 数字の位置づけ |
|---|---|---|
| 韓国人研究者による推計 | 約5,000人以上 | 2019年の韓国紙報道で紹介 |
| 一部の報道・民間団体 | 約5,000~30,000人 | 推計の幅が大きい |
| 性暴力に関する研究上の推計 | 数万人規模 | 性暴力によって生まれた子どもについての推計 |
| 2025年の韓国・聯合ニュース報道 | 数百~数千人という見方 | 一部の専門家による推計を紹介 |
ここで注意したいのは、これらの数字を同じ条件で調査した統計として比較できないことです。
なぜ人数の推計にこれほど差があるのか主な理由は4つあります。
1.公式な人口調査が行われていない
ベトナム政府がライダイハンを独立した人口統計上のカテゴリーとして調査しているわけではありません。
そのため、正確な出生数や現在の居住地、家族構成を把握することが困難です。
2.当事者が自分の出自を公表しない
韓国人の父親を持つことが周囲に知られると、差別や偏見を受ける可能性があります。
そのため、自身のルーツを公表しない人もいます。
3.推計の対象範囲が異なる
韓国軍兵士とベトナム人女性の間に生まれた子どもだけを対象とするのか、韓国人の民間人や技術者との間に生まれた子どもも含めるのかによって数字は変わります。
加えて、ベトナム国内だけを対象とするのか、国外に移住した人々も含めるのかという違いもあります。
4.父親の身元が確認できないケースがある
父親が帰国後に連絡を絶った場合、本人の名前や所属部隊、出生に関する記録が残っていないことがあります。
父親の韓国人としての身元を証明できない場合、統計への登録や家族関係の確認も難しくなります。
2026年時点で採用すべき人数の見方2025年8月の聯合ニュースは、数百人から数千人という専門家の見方と、一部の報道機関や民間団体が示す2万~3万人という推計の両方を紹介しました。
この違いは、人数をめぐる議論がまだ決着していないことを示しています。
したがって、記事や資料で人数を説明する場合は、単一の数字を確定値として扱うのではなく、公式統計がないことと、推計の対象範囲が異なることをセットで説明する必要があります。
【現在の生活と実態】ライダイハンと母親が直面する差別・貧困・人権問題
ライダイハンの問題は、戦争中の出生だけで終わりません。
現在の当事者の多くは、戦争終結から数十年が経過した社会で、生活や身分に関する課題を抱えてきました。
ベトナム社会で直面してきた差別ベトナム戦争後、韓国軍と関係のあった家庭やその子どもたちは、敵側の血を引く存在として見られることがありました。
その結果、次のような問題が報告されています。
- 出自を理由とする地域社会での偏見や排除
- 教育を受ける機会の不足
- 就職や安定した収入を得ることの難しさ
- 医療や社会福祉サービスへのアクセスの制限
- 父親の身元や家族関係を確認できない問題
- 自分のルーツを公表することへの心理的負担
2024年5月、英国紙ガーディアンには、性暴力被害を受けたベトナム人女性トラン・ティ・ガイ氏による寄稿が掲載されました。
同氏は、韓国軍兵士による性暴力の結果として3人の子どもを育てた母親として、子どもたちが社会的な偏見や教育・医療サービスへのアクセスの問題に直面してきた経験を伝えています。
この証言は、ライダイハン問題が単なる歴史上の人口問題ではなく、母親と子どもの人生に現在まで影響していることを示しています。
母親たちが抱えてきた二重の苦しみライダイハンの問題では、子どもへの差別に注目が集まりがちです。
しかし、忘れてはならないのが母親たちの存在です。
性暴力によって妊娠した女性の場合、身体的・精神的な被害だけでなく、妊娠や出産後の生活にも大きな影響が及びました。
父親が帰国してしまえば、母親は子どもの養育費や生活費を自ら確保しなければなりません。
また、子どもの出生事情を周囲に知られることで、地域社会から孤立する場合もあります。
トラン・ティ・ガイ氏の寄稿は、性暴力被害者が長期間にわたり、生活や就労、社会的な承認を求めてきた現実を伝えるものです。
母親を単なる「韓国人男性を待つ女性」として描くのではなく、被害を受けた一人の人間として捉える視点が欠かせません。
ライダイハンの国籍と韓国人の父親を確認する問題韓国人の父親を持つことが、直ちに韓国国籍の取得につながるわけではありません。
父親との法的な親子関係や出生時期、適用される国籍法、証明書類などが関係するためです。
2002年には、韓国人の父親を相手に親子関係の認知を求めたライダイハンの訴訟で勝訴し、韓国国籍を取得した事例が聯合ニュースの2025年の回顧報道で紹介されています。
ただし、これは個別の事例です。
すべての当事者が同じ条件で国籍を取得できるという意味ではありません。父親の身元確認や出生記録の確保が難しい人にとっては、法的な手続き自体が大きな壁になります。
支援団体と人道支援の現状ライダイハンの問題に取り組む団体として、次の組織が知られています。
Justice for Lai Dai Han
ライダイハンと母親たちの経験を国際社会に伝える活動を行う団体です。
主な活動は次のとおりです。
- 性暴力被害者と子どもたちの実態を国際社会に伝える
- 独立した国際調査の実施を求める
- 被害者の証言を広く紹介する
- 性暴力と人権に関する啓発活動を行う
- 記念芸術作品などを通じて歴史を伝える
韓越平和財団(Korea-Vietnam Peace Foundation)
韓国とベトナムの戦争被害や歴史認識に取り組む市民団体です。
証言や資料の保存、平和教育、被害者の支援、戦争の真相究明などを進めています。
両団体は活動の対象や重点が異なります。ライダイハンと母親への国際的な認知を求める活動と、韓国軍による民間人被害の記録・検証活動を混同しないことも大切です。
【韓国とベトナムの関係】1992年の国交正常化から謝罪問題までの歴史
ライダイハン問題を理解するうえで、韓国とベトナムの外交関係も重要です。
両国はベトナム戦争で対立する立場にありましたが、1992年に正式な外交関係を樹立しました。
その後、経済や貿易、文化交流を通じて関係を発展させています。
韓国・ベトナム国交正常化は1992年12月22日ベトナム外務省の外交関係資料によると、両国は1992年4月20日に連絡事務所の交換に関する合意を結び、同年12月22日に正式な国交を樹立しました。
韓国は経済発展と対外関係の拡大を進め、ベトナムもドイモイ政策による経済改革を背景に、外国との経済協力を拡大していました。
戦争の記憶を抱えながらも、両国は外交関係の正常化を進めたのです。
韓国大統領による謝罪・遺憾表明の経緯韓国政府の対応を考える際には、歴代大統領による発言と、政府としての法的責任の承認を区別する必要があります。
| 年 | 主な出来事 | 意味・位置づけ |
|---|---|---|
| 1964~1973年 | 韓国軍がベトナムに派遣される | 累計312,853人が参戦 |
| 1975年 | サイゴン陥落、ベトナム戦争終結 | 韓国人の父親と子どもが離れ離れになる問題が残る |
| 1986年 | ベトナムがドイモイ政策を開始 | 韓国との経済関係拡大につながる |
| 1992年12月22日 | 韓国とベトナムが国交正常化 | 正式な外交関係を樹立 |
| 1999年 | 韓国で民間人被害の調査報道が広がる | 「ミアネヨ・ベトナム」運動が展開 |
| 2001年 | 金大中大統領が戦争参加による苦痛について遺憾を表明 | 韓国の参戦がベトナム国民に与えた苦痛に言及 |
| 2004年 | 盧武鉉大統領がベトナムに対する負い目に言及 | 歴史問題への認識を示す |
| 2018年 | 文在寅大統領がベトナムとの首脳会談で遺憾を表明 | 不幸な歴史への遺憾を公式に発信 |
| 2023年2月 | 仁川ではなくソウル中央地裁が民間人被害訴訟で原告勝訴の判決 | 韓国政府の賠償責任を認める判断 |
| 2025年1月 | 控訴審でも原告側が勝訴 | 1審の判断を維持 |
| 2025年6月 | 韓国の国務会議でライダイハンに関するビザ特例が議論される | 政府による制度検討の動き |
| 2026年 | 歴史認識に関する新研究と被害者の真相究明活動が続く | 母親の立場や戦争責任の再検討 |
この問題は、現在も議論が続いています。
金大中大統領は2001年、韓国のベトナム戦争参加によってベトナム国民に苦痛を与えたことについて遺憾の意を示しました。
盧武鉉大統領も2004年にベトナムに対する歴史的な負い目に言及しています。
加えて、2018年3月23日には文在寅大統領がベトナムのチャン・ダイ・クアン国家主席との首脳会談で、両国の不幸な過去について遺憾を表明しました。
韓国政府の公式広報サイトでも、この発言は歴史認識に関する重要な表明として紹介されています。
ただし、これらの発言は、韓国軍による個別の性暴力や民間人虐殺について、政府が包括的に事実を認定し、正式な国家責任と補償を確定したこととは異なります。
ライダイハンの母親や支援団体が求めているのは、単に過去の戦争への遺憾を示すことだけではありません。
具体的な被害の調査、当事者の証言の記録、責任の認定、被害者と子どもたちへの支援などです。
2023年の民間人虐殺訴訟と2025年の控訴審判決韓国政府の責任をめぐる議論で大きな転換点となったのが、ベトナム人女性グエン・ティ・タン氏による国家賠償訴訟です。
同氏は1968年2月12日のフォンニィ・フォンニャット事件で韓国軍兵士による攻撃を受け、家族を失い、自身も負傷したと訴えました。
2020年、同氏は韓国政府に対する損害賠償訴訟を起こします。
2023年2月7日、ソウル中央地方裁判所は韓国政府の賠償責任を認め、3,000万ウォンの支払いを命じました。
加えて、2025年1月17日の控訴審でも韓国政府側の控訴は棄却され、約3,000万ウォンの賠償を命じる判断が維持されました。
これは韓国の司法機関がベトナム戦争中の韓国軍による民間人被害について、韓国政府の責任を認めた重要な判決です。
なお、この裁判はライダイハンの子どもたちが起こした訴訟ではありません。民間人虐殺の被害者による国家賠償訴訟であり、性暴力やライダイハンの出生をめぐる問題とは区別する必要があります。
2026年にも続くベトナム戦争の真相究明2026年7月には、韓国の民弁(民主社会のための弁護士会)のベトナム問題担当チームと韓越平和財団の活動家らが、ベトナム人9人に代わって韓国の真実・和解委員会に調査申請を提出しました。
申請者は8人の生存者と1人の遺族で、1968年のハミ村虐殺と1966年のフオックビン村の事件に関係しています。
この申請は、ライダイハンの出生問題そのものではなく、韓国軍による民間人被害の真相究明を求めるものです。
それでも、戦争中の行為について国家レベルの検証を求める動きが2026年にも続いていることを示しています。
また、過去には外国人であることや事件が韓国外で発生したことを理由に調査申請が退けられた事例もあり、法制度上の課題が残っています。
【2026年最新研究】ライダイハン問題の新しい視点と歴史認識の変化
2026年のライダイハン研究で注目したいのが、韓国の学術誌『歴史批評(역사비평)』第156号に掲載された論文です。
著者は高麗大学の研究者ホン・ブイル氏。
論文のタイトルは次のとおりです。
「90年代のライダイハン・シンドローム――成長主義、家族・民族主義が濾過した戦争責任、そして『母系』という断絶」
韓国学術情報サービスKCIに登録された2026年の研究で、掲載ページは320~345ページです。
1990年代の支援運動は何を残し、何を見落としたのかこの研究が注目するのは、1990年代に韓国社会で広がったライダイハン支援運動の歴史です。
1986年にベトナムがドイモイ政策を開始した後、ベトナムに残された韓国系の子どもたちの厳しい生活状況が韓国メディアで報道されました。
これをきっかけに、韓国では支援団体の設立や募金活動が広がります。
当時の支援活動では、韓国人の父親とベトナム人の子どもの再会や、父親の国である韓国への移住といった家族再統合の物語が大きく取り上げられました。
しかし、2026年の論文は、このような物語には構造的な問題があったと指摘します。
それは、ベトナム人の母親が歴史の中心から外されてしまったことです。
母親は、韓国人の夫を待ち続けながら子どもを育てた女性として描かれやすく、性暴力を経験した女性や、父親との再会を望まない女性などの立場が十分に扱われませんでした。
つまり、子どもを韓国の家族に迎え入れるという物語が強調される一方で、母親が受けた被害や、韓国社会全体が戦争に関与した責任が十分に問われなかったという分析です。
「母親の権利」という視点が重要になっている2026年研究の大きな特徴は、ライダイハンの問題を父親と子どもの関係だけで説明しないことです。
子どもが韓国人の父親と再会することだけが救済ではありません。
ベトナム人の母親には、自分の子どもを育てる権利があり、自身の経験を語る権利があり、過去の被害について正当な評価を受ける権利があります。
論文では、韓国人の父親との家族再統合だけでは解決しない問題を取り上げ、母系の視点からライダイハンの歴史を再構成する必要性を論じています。
また、韓国軍の性暴力によって生まれた子どもや、韓国企業の海外進出によって生まれた、いわゆる新ライダイハンも歴史認識の対象に含めるべきだとしています。
2025年の研究も市民運動の役割を再評価2025年には、オーストラリア国立大学の研究者ファン・スン・ズン氏による論文も発表されています。
タイトルは「Implicated Memory Activism Across Borders: South Korean Advocacy for Vietnamese Massacre Victims of the Second Indochina War」。
学術誌『Millennium: Journal of International Studies』の2025年、第53巻第3号、784~813ページに掲載されました。
この研究は、韓国の市民活動家がベトナムの民間人被害者を支援する過程を、国境を越えた記憶と人権活動という観点から分析しています。
政府による歴史の扱いが限定的ななかで、市民団体や研究者が証言を集め、記念活動や法的手段を通じて被害者の存在を社会に伝えてきたことが主な研究対象です。
2025年にはライダイハンのビザ特例も議論された2025年6月10日と19日の韓国の国務会議では、李在明大統領がベトナムにルーツを持つ人々の韓国入国や就労に関するビザ特例について検討を促したことが、同年8月の聯合ニュースで報じられました。
特に、韓国軍のベトナム戦争参戦者や軍務関係者の子どもで、韓国で働くことを希望する人々について、入国を容易にする方法を検討するよう求めたとされています。
これは、政府レベルでライダイハン問題に関連する在留・就労支援が議論された動きとして注目されます。
ただし、政策の検討指示と、対象者を限定した特別なビザ制度の正式な導入は別の話です。2025年の報道をもって、すべての当事者に特別な在留資格が認められたと理解することはできません。
【プロの結論】ライダイハン問題の本質は戦争責任と人権の回復にある
ライダイハン問題を正しく理解するには、少なくとも3つの視点が必要です。
1.子どもたちの問題を家族再会だけで終わらせない韓国人の父親を探すことや、父親と再会することは、一部の当事者にとって重要な願い可能性があります。
しかし、すべての人が父親との再会を望んでいるわけではありません。
出生の経緯も、家庭環境も、現在の生活も異なります。
そのため、本人の意思を尊重した支援が必要です。
2.母親を歴史の中心に戻すライダイハンの問題を父親と子どもの関係だけで語ると、母親が経験した性暴力、貧困、社会的排除が見えなくなります。
母親自身の証言を記録し、被害者としての権利や尊厳を認めることが重要です。
これは2026年の新しい研究が提示した、特に重要な視点でもあります。
3.韓国政府による歴史検証と実効性のある支援を進める歴代大統領の遺憾表明や市民団体による活動には意味があります。
しかし、それだけで問題が解決するわけではありません。
必要なのは、次のような取り組みです。
- 戦争中の性暴力や民間人被害に関する資料の公開
- 被害者や当事者の証言の記録
- 個人の意思を尊重した親子関係・国籍確認の支援
- 教育、医療、就労など生活面での支援
- 母親と子ども双方の人権を守る仕組み
- 韓国とベトナム双方による歴史認識と対話
戦争の責任を考える際には、国同士の外交関係だけでなく、実際に被害を受けた個人の生活に目を向けなければなりません。
【ライダイハンとは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ライダイハンとは簡単にいうと何ですか?
A1:ベトナム戦争期を中心に、韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた人々を指す呼称です。韓国軍兵士との間に生まれた子どもが中心的な対象として知られていますが、民間人や技術者との間に生まれたケースも含まれます。
Q2:ライダイハンは現在何人いるのですか?
A2:公式統計はありません。研究者や報道、民間団体によって数千人から2万~3万人という幅のある推計が存在します。対象範囲や調査方法が異なるため、確定した人数として扱うことはできません。
Q3:ライダイハンは韓国政府から正式に謝罪を受けていますか?
A3:歴代韓国大統領はベトナム戦争への参加によって生じた苦痛について遺憾を表明しています。しかし、ライダイハンの出生に関係する性暴力や個々の被害について、政府が包括的に責任を認め、正式な謝罪と補償を実施したという状況には至っていません。
Q4:ライダイハンは現在もベトナムで差別されているのですか?
A4:当事者や母親の証言、国際報道では、出自に関する偏見や社会的排除、教育・就労機会の不足などが報告されています。ただし、すべての当事者が同じ状況にあるわけではありません。
Q5:2026年にライダイハンに関する新しい研究は発表されましたか?
A5:はい。2026年には韓国の学術誌『歴史批評』第156号に、ホン・ブイル氏による1990年代のライダイハン支援運動と戦争責任を分析した論文が掲載されました。特に、従来の議論でベトナム人母親の立場が十分に扱われていなかった点を指摘しています。
Q6:ライダイハンを支援している団体はありますか?
A6:Justice for Lai Dai Hanや韓越平和財団などが活動しています。前者は被害者の認知や国際的な調査を求める活動、後者は戦争被害の記録、平和教育、被害者支援などに取り組んでいます。
ライダイハンとは、ベトナム戦争期に韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた人々を指す呼称です。その背景には、韓国軍のベトナム派兵、戦争中の性暴力、父親の帰国、母親と子どもが残された後の社会的差別という複雑な歴史があります。
人数については公式統計がなく、数千人から数万人まで推計に幅があります。現在も一部の当事者や母親が貧困や偏見、教育・医療へのアクセスなどの問題に直面しています。
2025年には韓国政府内でビザ特例の検討が議論され、2026年には母親の権利や従来の歴史認識を問い直す学術研究も発表されました。
今後の課題は、単に韓国とベトナムの間で過去の問題に決着をつけることではありません。
当事者一人ひとりの尊厳を守り、母親の証言を記録し、戦争中の被害を検証し、必要な支援を実現することです。
外交関係が正常化し、経済協力が進んでも、個人の人生に残された戦争の傷が自動的に消えるわけではありません。
ライダイハンの歴史は、戦争が終わった後にも続く人権問題を考えるうえで、現在の日本社会にとっても知っておくべき歴史の一つです。