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青木裕子アナウンサーの現在は?TBS退社理由や矢部浩之との結婚、息子2人を徹底解説

花村 圭 花村 圭 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

元TBSアナウンサーとして『サンデー・ジャポン』などで活躍した青木裕子さん。2026年現在は43歳となり、フリーアナウンサーとしての活動に加え、ファッション誌『VERY』の専属モデル、執筆、ナレーション、イベント出演など、幅広い分野で仕事を続けています。夫はお笑いコンビ・ナインティナインの矢部浩之さん。2013年の結婚後、2人の息子にも恵まれ、仕事と子育てを両立しています。

2026年には長男の小学校卒業や家族旅行、矢部さんの55歳の誕生日を祝う様子などが報じられ、Instagramでの発信にも関心が集まりました。TBSを退社した本当の理由は何だったのか、慶應義塾大学時代のミス慶應受賞から現在までの経歴、夫婦関係や子供たちの近況まで、公開プロフィールと報道をもとに整理します。

【2026年最新】青木裕子アナウンサーの現在は?モデル・執筆・出演活動を調査

青木裕子アナウンサー

2026年11月現在、青木裕子さんはフリーアナウンサー、モデル、エッセイストとして活動しています。TBS在籍時のようにテレビ番組を中心とした働き方ではなく、ファッション、子育て、暮らし、メディア出演など複数の分野に活動の場を広げています。

『VERY』専属モデルとして活躍

現在の代表的な仕事の一つが、ファッション誌『VERY』の専属モデルです。

所属事務所のレプロエンタテインメントは2024年10月、青木さんが同年10月1日から『VERY』の専属モデルに就任したと発表しました。それまで約10年間にわたって同誌にモデルとして出演しており、長年の関係を経て専属モデルという新たな肩書きを得た形です。

専属モデル就任時、青木さんは年齢や働き方の枠組みにとらわれず、視野を広げて挑戦したいという趣旨のコメントを発表しました。アナウンサーからモデルへの転身というより、これまで培った経験を別の表現活動につなげた選択といえます。

2026年4月には『VERY』5月号で、美容医療に関する企画「青木裕子さん、美容医療1年生」の最終回が掲載されたことも関連企業から案内されています。モデルとしての活動が2026年にも続いていることを示す具体的な情報です。

執筆活動では子育てや暮らしを発信

青木さんは、子育てに関するエッセイや連載でも知られています。特に注目されたのが、講談社のウェブメディアFRaUwebで2021年から2023年にかけて掲載された連載『子育て歳時記』です。

この連載をもとに、2024年4月には書籍『3歳からの子育て歳時記』が刊行されました。

同書では、2人の男の子を育てる日常をベースに、親子で楽しめる体験や家庭での学び、小学校受験を振り返った内容などが取り上げられています。単なる育児の成功談ではなく、子供と向き合いながら試行錯誤する姿が特徴です。

また、2014年には『母、妻、ときどき青木裕子』も出版しています。結婚や出産を経て、自分自身の生活を言葉にして伝える仕事が、現在の活動の一つの柱になっています。

2026年のInstagramで見える家族の日常

青木さんは公式Instagramでも日常の出来事を発信しています。

2026年9月には、夏休みに家族でオーストラリアのケアンズを訪れたことを紹介。夫の矢部さんが遅れて合流する形で旅行に参加し、息子たちとの観光や夫婦の写真などを公開しました。次男が撮影した夫婦のツーショットも話題になっています。

加えて、2026年10月28日付のスポニチアネックスの報道では、矢部さんの55歳の誕生日を2人の息子と祝った様子が紹介されました。家族で手作りケーキを囲み、誕生日を祝う写真や動画をInstagramに投稿したと伝えられています。

こうした投稿からは、仕事だけでなく、子供たちとの時間や家族の行事も大切にしている様子がうかがえます。

【プロフィール・学歴】青木裕子は何歳?慶應義塾大学とミス慶應の経歴

青木裕子さんは1983年1月7日生まれ、埼玉県出身です。2026年11月4日時点で43歳。元TBSアナウンサーという経歴だけでなく、学生時代からモデル活動や芸能活動を経験していたことも特徴です。

青木裕子の基本プロフィール

公開プロフィールや所属事務所の発表などから、基本情報を整理すると次のようになります。

  • 名前:青木裕子(あおき・ゆうこ)
  • 生年月日:1983年1月7日
  • 年齢:43歳(2026年11月現在)
  • 出身地:埼玉県
  • 出身高校:埼玉県立浦和第一女子高等学校
  • 出身大学:慶應義塾大学経済学部
  • 職業:フリーアナウンサー、モデル、執筆活動
  • 所属:レプロエンタテインメント
  • 配偶者:矢部浩之(ナインティナイン)
  • 子供:男の子2人
浦和第一女子高校から慶應義塾大学へ

青木さんは埼玉県立浦和第一女子高等学校を卒業後、慶應義塾大学に進学しました。大学では経済学部で学んでいます。

2021年に公開された住宅展示場ハウジングステージのインタビューでは、埼玉の実家から慶應大学の日吉キャンパスや三田キャンパスに通っていた学生時代を振り返っています。

高校時代には、渋谷で声をかけられたことをきっかけに女性誌の読者モデルとして活動。大学進学後も芸能事務所に所属し、芝居のレッスンを受けていました。

大学時代にミス慶應に選出

青木さんの経歴を語るうえで外せないのが、大学時代のミス慶應受賞です。

本人がハウジングステージのインタビューで語ったところによると、ミス慶應に選ばれたことをきっかけに芸能事務所に所属することになりました。当初はアナウンサーを目指していたわけではなく、モデルや芝居の仕事を続けたいと考えていたそうです。

しかし、芸能活動ではオーディションに落ちる経験も重なり、大学3年生になって周囲が就職活動を始めたことから、自身も進路を考えるようになりました。

その後、民放各局のアナウンサー試験に挑戦し、TBSへの入社が決定。学生時代のモデル経験や人前で表現する経験が、後のアナウンサー活動にもつながっていきました。

【経歴・年表】TBS入社からサンデージャポン、フリー転身まで

青木裕子さんの知名度を大きく高めたのが、TBSアナウンサー時代の活躍です。2005年の入社後、わずか3カ月で『サンデー・ジャポン』を担当。その後、報道やスポーツ番組にも出演し、幅広いジャンルで経験を積みました。

サンデージャポンで知名度を高める

2005年にTBSテレビへ入社した青木さんは、同年7月から情報バラエティー番組『サンデー・ジャポン』に出演しました。

爆笑問題をはじめとする出演者との掛け合いや、ニュースに対する率直なリアクションが視聴者の印象に残り、番組を代表するアナウンサーの一人として知られるようになります。

その後は『Goro's Bar』『神さまぁ〜ず』などのバラエティー番組にも出演。2010年には報道番組『NEWS23X』でスポーツキャスターを担当しました。

バラエティーでの親しみやすさと、スポーツ・報道分野での取材経験を併せ持っていたことが、青木さんのアナウンサーとしての特徴でした。

青木裕子の経歴と人生の転換点一覧
時期 出来事・活動 主な内容
1983年1月 誕生 埼玉県出身
高校時代 読者モデル 女性誌などでモデル活動を経験
大学時代 ミス慶應 慶應義塾大学経済学部在学中に選出
2005年 TBS入社 アナウンサーとして活動開始
2005年7月 サンデー・ジャポン 入社3カ月で番組を担当
2010年 NEWS23X スポーツキャスターに就任
2012年12月 TBS退社 約7年半の局アナ生活に区切り
2013年3月 矢部浩之と結婚 3月27日に入籍
2014年3月 長男誕生 第1子となる男の子を出産
2016年1月 次男誕生 1月21日に第2子を出産
2024年10月 VERY専属モデル ファッション誌の専属モデルに就任
2026年 モデル・執筆・メディア活動 家族の日常や仕事の近況も発信

この年表から分かるように、青木さんは局アナ時代にテレビ出演の基盤を築き、退社後は結婚・出産を経験しながら、モデルや執筆などへ仕事の幅を広げています。

特に2012年から2013年にかけては、仕事と私生活の両面で大きな転換期でした。TBS退社と結婚は時期が近いため関連づけられがちですが、本人の説明では別々の決断として語られています。

【TBS退社理由の真相】寿退社ではなく30歳を前にしたキャリアの決断

青木裕子さんについて検索される疑問の一つが、TBSを退社した理由です。矢部浩之さんとの交際が知られていたため、結婚を見据えた寿退社だったのではないかという見方もありました。

しかし、2012年10月7日に『サンデー・ジャポン』の生放送で退社を発表した際、青木さんは結婚が理由ではないと明確に説明しています。

2012年10月に退社を正式発表

2012年10月7日、当時29歳だった青木さんは、同年12月末でTBSを退社すると番組内で報告しました。

その際に説明したのは、20代最後の年を迎え、自分の中で一度区切りをつけたいという思いでした。

「今年が20代最後の年ということで、一度区切りを」

また、矢部さんとの結婚を前提とした退社なのかと質問された際には、そのような理由ではないと否定。退社について矢部さんに話はしたものの、自分自身で決めたことだと説明しました。

当時のオリコンニュースや日刊スポーツも、青木さんが寿退社説を否定したことを報じています。

本人が後のインタビューで明かした本当の思い

退社後の2018年に公開されたインタビュー企画「MONEY TALK」では、青木さん自身が退社を決めた背景について、さらに詳しく話しています。

本人によると、TBS入社から8年目を迎え、30歳を前にこれからの人生を考えた結果、アナウンサーとしてのキャリアに一度区切りをつけようと思ったそうです。

新しいことに挑戦するなら今しかないと考え、退社後に何をするか具体的に決めないまま、まず会社を辞める選択をしました。

また、以前から幼児教育に関心があり、子供に関わる仕事ができればという思いも持っていたと語っています。大学時代に保育園でアルバイトをしていた経験も、その関心につながっていたようです。

退社後に矢部浩之からプロポーズ

同インタビューで興味深いのは、結婚と退社の順序に関する説明です。

青木さんは、退社を決めた時点では結婚を前提にしていたわけではなく、自分自身の人生や仕事について考え、自立した生き方を意識していたと明かしています。

その後、矢部さんからプロポーズを受け、結婚を決断。仕事についても、家庭を大切にしながら続けていく方向へと考えが変わっていきました。

つまり、TBS退社は結婚によるものではなく、30歳を前にしたキャリアの見直しが出発点でした。結婚は、その後に訪れた人生の新たな転機だったのです。

【結婚・子供】矢部浩之との馴れ初めと2人の息子の現在

青木裕子さんの夫は、ナインティナインの矢部浩之さんです。2人は2005年のテレビ番組での共演をきっかけに知り合い、交際を経て2013年に結婚しました。

矢部浩之との結婚は2013年3月27日

2人が知り合ったきっかけは、2005年にTBS系で放送されたバラエティー番組『DOORS』での共演でした。

所属事務所の発表によると、その後交際に発展し、約3年間の交際を経て結婚を決めています。

2013年3月27日、矢部さんと青木さんは入籍を発表。矢部さんは結婚報告のコメントで、青木さんの真っすぐな人柄に惹かれたことや、彼女を大切にしていきたいという思いを伝えました。

青木さんも、矢部さんの優しさや頼もしさに何度も救われたとコメント。これから温かい家庭を築いていきたいという気持ちを表明しています。

当時、矢部さんはナインティナインとして人気を確立しており、青木さんもTBSの人気アナウンサーとして活動していました。テレビ番組で知り合った2人の結婚は、芸能ニュースとして大きく取り上げられました。

子供は男の子が2人!長男と次男の誕生

青木さんと矢部さんの間には、2人の男の子がいます。

  • 長男:2014年3月生まれ。2026年秋時点で12歳。
  • 次男:2016年1月21日生まれ。2026年秋時点で10歳。

次男の誕生については、2016年1月22日に矢部さんと青木さんが連名で発表しています。出産日は1月21日で、体重は3016グラムでした。

2026年4月には、青木さんが長男の小学校卒業をInstagramで報告。卒業式で身につけたジュエリーについても紹介し、長男が生まれたときに矢部さんから贈られたピアスを着用したことを明かしました。

長男の小学校卒業は、青木さんにとっても大きな節目だったようです。6年間の学校生活を振り返り、子供を通じて出会った友人や保護者との交流についても投稿していました。

2026年の家族旅行や誕生日祝いから見える夫婦仲

青木さんと矢部さんの夫婦関係については、2026年のSNS投稿が近況を知る手掛かりになっています。

2026年9月には、青木さんが息子たちとオーストラリアのケアンズを訪れた家族旅行の写真を公開しました。矢部さんは途中から合流し、夫婦のツーショットも投稿されています。

また、10月23日に55歳を迎えた矢部さんについては、同月28日付の報道で、青木さんが2人の息子と一緒に誕生日を祝った様子が紹介されました。家族4人での記念写真や、手作りケーキを囲む様子も伝えられています。

こうした公開情報からは、夫婦が家族行事を共有している様子が確認できます。一方、SNSに掲載された写真だけで夫婦の私生活すべてを判断することはできません。少なくとも、2026年秋の報道で離婚や別居を裏付ける事実は示されておらず、家族で過ごす様子が継続して紹介されています。

【誤解を整理】青木裕子の現在とフリー転身後の活動を正しく理解する

青木裕子さんについては、TBS退社後の仕事や家庭生活をめぐり、過去の情報と現在の情報が混在して検索されることがあります。ここでは、特に混同されやすいポイントを整理します。

現在もTBSのアナウンサーなのか

青木さんは2012年12月末にTBSを退社しており、現在は局に所属するアナウンサーではありません。

2013年2月にはレプロエンタテインメントへの所属が発表され、フリーアナウンサーとして活動を始めています。

その後、モデル、イベントMC、ラジオ、ナレーション、執筆などへ仕事の幅を広げました。2024年には『VERY』専属モデルにも就任しています。

したがって、現在の肩書きを説明する場合は、元TBSアナウンサーであり、フリーアナウンサー・モデルとして活動している人物と整理するのが適切です。

テレビ出演が減ったことは引退を意味するのか

青木さんは、TBS時代のように毎週のテレビ番組を中心とする働き方から、複数の媒体で活動するスタイルへ移っています。

テレビで見かける機会が以前より少なくなったとしても、それだけで芸能活動を引退したとは判断できません。ファッション誌、書籍、ウェブ連載、イベント、ナレーションなど、テレビ以外にも仕事の場があります。

特に『VERY』でのモデル活動や、子育てをテーマにした執筆は、アナウンサー時代とは異なる形で本人の経験や個性を伝える仕事です。

Instagramの投稿は本人の公式発信なのか

2026年の家族旅行や誕生日祝いに関する報道では、青木さん本人の公式Instagramが情報源として紹介されています。

2026年9月のオーストラリア旅行や10月の矢部さんの誕生日祝いは、本人の投稿をもとに複数のメディアが報じたものです。

一方、ネット上で見かける同姓同名のアカウントや、出典が明らかでない画像を本人の投稿と決めつけるのは適切ではありません。近況を調べる際は、本人の公式発信と、それを確認した報道機関の記事を区別して見ることが大切です。

青木裕子の活動スタイルが変わった理由

青木さんのキャリアで特徴的なのは、結婚や出産を経験した後も、仕事を一つに限定せず、生活の変化に合わせて活動内容を調整してきたことです。

2018年のインタビューでは、フリーになってからは結婚や出産など、その時々の状況に合わせて働き方が変わったと説明しています。時間だけでなく、自身の気持ちにも配慮して仕事を調整できる点を、フリーランスの利点として挙げていました。

この働き方は、局アナ時代の経験を捨てるのではなく、アナウンス技術や伝える力を別の仕事に応用するものです。モデルとして読者に情報を届け、執筆者として日常を言葉にし、ナレーションやMCでは声を使う。複数の活動が一つのキャリアとしてつながっています。

【プロの結論】青木裕子のキャリアから見える3つの転換点

青木裕子さんの歩みを振り返ると、単に人気アナウンサーから芸能人の妻になったという説明では、そのキャリアの本質を捉えきれません。注目したいのは、人生の節目ごとに仕事の形を見直してきた点です。

1. 学生時代の経験がアナウンサーとしての土台になった

高校時代の読者モデル、大学時代のミス慶應、芸能事務所での活動など、青木さんはTBS入社以前から人前で表現する経験を重ねていました。

最初からアナウンサーを目指していたわけではありません。しかし、モデルや芝居の経験を通して培った表現力が、テレビ番組での対応力や視聴者との距離感につながったと考えられます。

2. TBS退社はキャリアを自分で選び直す機会だった

2012年の退社は、結婚を理由としたものではなく、30歳を前に自分の将来を考えた結果でした。

会社に所属して働く局アナから、仕事の選択肢や時間の使い方を自分で考えるフリーランスへ移ったことは、キャリア形成における大きな転換です。

その後、結婚や出産を経ても仕事を続けられた背景には、フリーという立場を活用し、生活に合わせて仕事を組み立ててきたことがあります。

3. 子育ての経験が新しい発信テーマになった

2人の息子を育てる経験は、青木さんの執筆活動やモデルとしての表現にもつながっています。

『3歳からの子育て歳時記』では、親子での体験や学びをテーマにしています。2024年の『VERY』専属モデル就任も、ファッションだけでなく、暮らしや子育てに関する視点を読者に届ける仕事として位置づけられます。

アナウンサーとしてニュースや出演者の言葉を伝えてきた経験が、今度は自身の生活を通じて情報を届ける仕事に生かされているのです。

青木さんのキャリアから読み取れるのは、仕事を続けることと、働き方を変えることは矛盾しないという点です。局アナ、フリーアナウンサー、モデル、執筆者という肩書きの変化は、それぞれの時期に必要な役割を選んできた結果といえます。

【青木裕子アナウンサーの現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:青木裕子アナウンサーは2026年現在何歳ですか?
A1:1983年1月7日生まれで、2026年11月現在43歳です。埼玉県出身で、慶應義塾大学経済学部を卒業しています。

Q2:青木裕子がTBSを退社した理由は結婚ですか?
A2:本人は2012年の退社発表時に寿退社を否定しています。30歳を前にアナウンサーとしてのキャリアに区切りをつけ、新しいことに挑戦したいという考えが理由でした。

Q3:青木裕子と矢部浩之の子供は何人ですか?
A3:男の子が2人います。長男は2014年3月生まれ、次男は2016年1月21日生まれです。2026年秋時点で12歳と10歳です。

Q4:青木裕子は現在もモデルとして活動していますか?
A4:はい。2024年10月にファッション誌『VERY』の専属モデルに就任し、2026年もモデル活動を続けています。執筆、ナレーション、イベント出演などにも取り組んでいます。

Q5:青木裕子と矢部浩之はいつ結婚しましたか?
A5:2013年3月27日に結婚しました。2005年の番組共演をきっかけに知り合い、約3年間の交際を経て入籍しています。

Q6:青木裕子は現在Instagramを更新していますか?
A6:本人の公式Instagramで近況を発信しています。2026年9月には家族旅行、10月には矢部さんの55歳の誕生日祝いに関する投稿が報道されました。

Q7:青木裕子はミス慶應だったのですか?
A7:はい。慶應義塾大学在学中にミス慶應に選ばれています。この経験をきっかけに芸能事務所に所属し、モデルや芝居の活動を経験しました。

青木裕子さんは、1983年生まれの元TBSアナウンサーです。慶應義塾大学経済学部を卒業後、2005年にTBSへ入社し、『サンデー・ジャポン』や『NEWS23X』などで活躍しました。

2012年末の退社は、矢部浩之さんとの結婚が直接の理由ではなく、30歳を前に自身のキャリアを見つめ直した結果でした。2013年3月に矢部さんと結婚し、2014年と2016年には2人の息子が誕生しています。

2026年現在は43歳。『VERY』専属モデルをはじめ、執筆、ナレーション、イベント出演などを続けています。2024年刊行の『3歳からの子育て歳時記』や、2026年の家族旅行・誕生日祝いの投稿からも、仕事と子育てを両立する現在の姿が伝わってきます。

青木さんの経歴で注目すべきなのは、アナウンサーという肩書きにこだわらず、人生の変化に合わせて仕事の可能性を広げてきたことです。テレビでの露出だけでは測れない活動があり、モデルや執筆者として新しい読者との接点も生まれています。

今後も『VERY』でのモデル活動や執筆、メディア出演を通じて、どのような発信を続けていくのか。アナウンサー時代から培ってきた伝える力と、母親としての経験を生かした活動に注目が集まります。

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花村 圭

芸能ニュースを担当して12年。所属事務所の公式リリース、制作発表の資料、配信サービスの告知を一次情報として確認し、裏付けのない話は記事にしていません。

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