Dragon Ash(ドラゴンアッシュ)のメンバーは現在誰なのか。2026年11月現在、バンドの中核を担っているのは、Kj(降谷建志)、櫻井誠、BOTS、hirokiの4人。そして、ベースにはThe BONEZやPay money To my Painでも活動するT$UYO$HIがサポートベーシストとして参加している。ライブでは、この5人を中心とした編成で活動を続けている。
Dragon Ashは1997年にKj、IKÜZÖNE(馬場育三)、櫻井誠の3人でメジャーデビューした。その後、DJのBOTSやギターのhiroki、ダンサーのATSUSHIとDRI-Vが加わり、7人編成へと発展。2012年のIKÜZÖNEの急逝、2020年のダンサー2人の脱退など、長い活動のなかで大きな転換点を経験してきた。現在の担当パートだけでなく、歴代メンバーの加入・脱退・交代の経緯を知ると、Dragon Ashの音楽がどのように進化してきたのかも見えてくる。
【2026年最新】Dragon Ashの現メンバー一覧!現在の5人の構成とは

2026年現在のDragon Ashを理解するうえで、まず押さえたいのが「正式なバンドの中核メンバー」と「サポートベーシスト」の違いだ。
2020年7月18日の公式発表では、Kj、櫻井誠、BOTS、hirokiの4人に加え、ベース担当としてT$UYO$HIのサポートを受け、5人で活動を続けることが明らかにされた。この基本構成は2026年のライブ活動でも確認できる。
2026年6月のAA=との対バンライブを報じたReal Soundの記事でも、Kj(Vo・Gt)、櫻井誠(Dr)、BOTS(DJ)、hiroki(Gt)、T$UYO$HI(Ba)という5人の演奏が紹介されている。したがって、現在のステージ編成を知りたい人は、この5人を覚えておけばよい。
Dragon Ashの現メンバー・担当パート一覧- Kj(降谷建志):ボーカル・ギター。バンドのフロントマンで、音楽制作の中心人物。
- 櫻井誠:ドラム。結成時からバンドのリズムを支えるオリジナルメンバー。
- BOTS:DJ。スクラッチなどを通してヒップホップの要素を加える。
- hiroki(HIROKI):ギター。楽曲に厚みと独自のギターサウンドを与える。
- T$UYO$HI:ベース。The BONEZ、Pay money To my Painでも活動するサポートベーシスト。
ここで注意したいのは、T$UYO$HIをほかの4人と同じ意味での正式加入メンバーと扱わないことだ。Dragon Ashは2019年の起用時から彼をサポートベーシストと位置付けており、2020年の公式発表でも同じ表現を使用している。
2026年もライブ活動を継続2026年にはドラマーの櫻井誠に関する健康上の出来事もあった。2025年6月に狭心症が判明し、検査入院とカテーテル手術を経て活動を再開していたが、2026年7月にも同様の症状が出て再入院した。
その後、7月21日に所属事務所が退院とライブ活動再開を発表。担当医の指導のもと、7月25日・26日の「OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL」からステージに復帰することが報告された。今後についても、体調を最優先に無理のない範囲で活動を続ける方針が示されている。
また、公式ライブスケジュールには2026年11月14日・15日の台湾「FIREBALL Fest.」や12月13日の「響都超特急2026」などの出演予定が掲載されている。メンバーの変遷を経ても、Dragon Ashのライブ活動は続いている。
【メンバー別プロフィール】Kj・櫻井誠・BOTS・HIROKI・T$UYO$HIの担当と経歴
Dragon Ashの魅力は、単に複数の楽器を組み合わせていることではない。それぞれのメンバーが異なる音楽的背景を持ち、ロック、ヒップホップ、パンク、レゲエなどの要素を一つのサウンドにまとめている点にある。
1.Kj(降谷建志)|ボーカル・ギターDragon Ashのフロントマンを務めるKjは、降谷建志(ふるやけんじ)名義でも知られるミュージシャンだ。1979年生まれ、東京都出身。1997年のDragon Ashデビュー以来、ボーカルとギターを担当し、バンドを牽引してきた。
特徴は、ラップとメロディーを自在に行き来するボーカルスタイルだ。ヒップホップのリズム感をロックの演奏に組み込み、Dragon Ashならではのミクスチャーサウンドを形作ってきた。
また、Kjは作詞・作曲やプロデュースでも中心的な役割を担う。2015年にはバンド活動と並行して初のソロプロジェクトを開始し、2022年にはソロアルバム『ANTHEMICS』を発表した。俳優として映画やドラマにも出演するなど、活動領域は幅広い。
ビクターエンタテインメントの公式プロフィールでも、1997年のデビュー以来、フロントマンとしてバンドを牽引していることが紹介されている。
2.櫻井誠|ドラム櫻井誠はDragon Ashのオリジナルメンバーであり、ドラムを担当するミュージシャンだ。1997年のデビュー時からバンドを支え、KjのボーカルやBOTSのDJプレイと一体となったリズムを作り出している。
ライブでは力強いドラミングだけでなく、MCを担当することもある。加えて、ギタリストのhirokiとともに音楽ユニットendiveでも活動。Dragon Ash以外の音楽表現にも取り組んできた。
音楽活動と並行して料理家としても知られ、フェスなどで展開する「桜井食堂」も活動の一つとなっている。
2026年7月には狭心症の治療による再入院から退院し、ライブ活動に復帰した。現在のDragon Ashにとって、結成時から続く重要な存在であることに変わりはない。
3.BOTS|DJBOTSはDragon AshのDJ担当。バンドにヒップホップの要素を持ち込む重要な存在で、スクラッチやターンテーブルを使ったプレイによって楽曲に独特のリズムと質感を加えている。
1997年のデビュー当初からのオリジナルメンバーではなく、その後サポートとして参加し、1999年に正式メンバーとなった。
Dragon Ashの音楽はギターとドラムだけでは成立しない。DJによるスクラッチやサンプリング的な音の組み立てが、ロックバンドでありながらヒップホップの空気を感じさせる大きな理由になっている。
Kjとの音楽的な関係も長く、Dragon Ash以外ではSteady&Co.としての活動でも知られている。
4.hiroki(HIROKI)|ギターhirokiはDragon Ashのギタリスト。2000年ごろからサポートとして参加し、2003年に正式メンバーとなった。
Kjもギターを担当するため、現在のDragon Ashは2人のギタリストによる編成となっている。Kjの歌やラップを支えながら、歪みの強いギターリフや繊細なフレーズを重ね、楽曲の厚みを作り出している。
hirokiはDragon Ash以外にも、音楽ユニットやプロデュース活動などに取り組んできた。櫻井誠とのendiveもその一つだ。
2026年7月には公式グッズ「rock+garden」の第2弾が発表されるなど、バンド内外での活動も続いている。
5.T$UYO$HI|サポートベースT$UYO$HI(ツヨシ)は、Dragon Ashのベースを担当するサポートミュージシャン。The BONEZのベーシストであり、Pay money To my Painのメンバーとしても知られる。
2000年にdrug store cowboyのベーシストとしてメジャーデビューし、その後Pay money To my Painを結成。現在はThe BONEZでも活動しており、国内のラウドロックシーンで豊富な演奏経験を持つ。
Dragon Ashへの参加は2019年7月。もともとベースをサポートしていたKenKenが同月の逮捕を受けて活動を離れることになり、代わりにT$UYO$HIがサポートベーシストとして起用された。
Dragon Ash側は当時の発表で、T$UYO$HIについて旧知の友人であり、最も信頼できるベースプレイヤーであると説明していた。その後も活動を継続し、2020年の新体制発表でもサポートベースとして名前が挙がっている。
重要なのは、IKÜZÖNEの後任として正式加入した人物というわけではないことだ。Dragon Ashはベースという役割をサポートメンバーに託す形を選び、T$UYO$HIとの協力関係を続けている。
【歴代メンバー変遷】1997年の結成から2026年までの経緯を年表で比較
Dragon Ashの歴史は、メンバーの加入・離脱によって音楽的な構成が変化してきた歴史でもある。デビュー時の3人編成から、DJとギター、ダンサーが加わった7人編成、そして現在の4人の中核メンバーとサポートベースという構成まで、主な転換点を整理する。
| 時期 | メンバー構成・出来事 | 変化のポイント |
|---|---|---|
| 1997年 | Kj、IKÜZÖNE、櫻井誠 | 3人でメジャーデビュー |
| 1999年 | BOTSが正式加入 | DJが正式メンバーとなる |
| 2003年 | hiroki、ATSUSHI、DRI-Vが正式加入 | 7人編成へ発展 |
| 2012年4月 | IKÜZÖNEが急逝 | オリジナルベーシストとの別れ |
| 2013年 | 6人の中核メンバーで活動再開。KenKenがライブのサポートベースを担当 | 新体制で再始動 |
| 2019年7月 | T$UYO$HIがサポートベースとして参加 | KenKenに代わるベース担当 |
| 2019年11月 | KenKenがサポート活動を終了 | 本人の申し出を受けて別々の道へ |
| 2020年9月 | ATSUSHIとDRI-Vが脱退 | 4人の中核メンバーとT$UYO$HIによる活動へ |
| 2026年 | Kj、櫻井誠、BOTS、hiroki、T$UYO$HI | 4人の中核メンバーとサポートベースの編成で活動継続 |
この年表から分かるように、Dragon Ashは単純に人数を減らしてきたわけではない。バンドの核となるメンバーを維持しながら、必要に応じて演奏体制を組み替えてきた。
特にベースは、IKÜZÖNEの急逝後、KenKen、T$UYO$HIというサポートプレイヤーによって支えられている。ここを正式メンバーの交代と混同すると、現在の編成を誤って理解してしまう。
【IKÜZÖNE(馬場育三)の死去】Dragon Ashを支えたオリジナルベーシストの功績
Dragon Ashの歴代メンバーを語るうえで、IKÜZÖNE(イクゾーン)こと馬場育三の存在は欠かせない。
IKÜZÖNEは1997年のデビュー時からベースを担当したオリジナルメンバー。Kjのボーカル、櫻井誠のドラムとともに、Dragon Ashの初期サウンドを支えた人物だ。
2012年4月21日、急性心不全で46歳で死去2012年4月21日午後10時55分、IKÜZÖNEは急性心不全のため東京都内の病院で亡くなった。46歳だった。
所属事務所による訃報は4月24日に発表された。桜井誠の公式ブログにも当時の報告が掲載されており、自宅スタジオで倒れているところを家族が発見し、病院へ搬送されたものの帰らぬ人となった経緯が伝えられている。
前年には橈骨神経麻痺を患い、ミュージシャンとして活動が難しい時期を経験していた。しかし、2011年末のカウントダウンライブで復帰。亡くなる2日前の4月19日にも、ROTTENGRAFFTYとの対バンライブに出演していた。
この突然の訃報は、バンドのメンバーやスタッフ、ファンに大きな衝撃を与えた。
IKÜZÖNEの死去後、Dragon Ashはどのように再始動したのかIKÜZÖNEの死去後、Dragon Ashはすぐに新しい正式ベーシストを加入させる道を選ばなかった。メンバーとスタッフが話し合いを重ね、6人で新たな一歩を踏み出すことを決断した。
2013年3月にはシングル「Here I Am」の発売と活動再開を発表。レコーディングではKjがベースを担当し、ライブではRIZEのKenKenがサポートベーシストを務めることになった。
つまり、IKÜZÖNEのポジションは一人の正式加入メンバーによって単純に置き換えられたわけではない。作品制作とライブ演奏で役割を分ける方法を採用したのである。
その後、KenKenの活動終了を経て、2019年からT$UYO$HIがサポートベースを担当するようになった。
IKÜZÖNEの死去はDragon Ashにとって大きな喪失だったが、バンドはその後も音楽活動を続け、現在の編成へとつながっている。
【ATSUSHI・DRI-Vの脱退理由】2020年の決断と最後のライブの真相
Dragon Ashのメンバー変遷で、もう一つ大きな出来事が2020年のATSUSHIとDRI-Vの脱退だ。
2人はダンサーとして2000年からDragon Ashのライブやミュージックビデオに参加し、2003年に正式メンバーとなった。ロックバンドの中にダンサーが正式メンバーとして加わるという、当時としても特徴的なスタイルを作り上げた存在だった。
脱退理由は「それぞれの人生を歩むための前向きな決断」2020年7月18日、Dragon Ashは公式サイトで2人の脱退を発表した。
公式発表では、今回の決断についてメンバーとスタッフが互いの思いを伝え、深く対話を続けたうえで、それぞれの人生を歩むための前向きな決断に至ったと説明されている。
「そして、それぞれがそれぞれの人生を歩む為の前向きな決断をする事になりました。」
したがって、脱退の背景について、バンド内の対立や人間関係のトラブルが原因だったと断定する根拠はない。新しい道へ進むという公式説明と、本人たちのコメントが発表されている。
ATSUSHIはソロダンサーとして新たな道へATSUSHIは脱退発表時、自身のコメントで、Dragon Ashのメンバーとして活動できたことへの誇りと感謝を伝えた。
また、今後はソロのダンサー・表現者として活動し、踊りを追求しながらさまざまな表現活動に挑戦していく意向を明らかにしている。
ATSUSHIにとってDragon Ashでの約20年間は、単にライブに出演した期間ではない。ロックバンドとダンスを融合させる表現を追求し、新しいステージ上の役割を切り開いた時間だった。
DRI-VもDragon Ashを離れ、新たな活動へDRI-Vもまた、脱退後の再スタートを決断した。本人のコメントでは、2003年の正式加入から約20年弱にわたってメンバーと苦楽を共にしたことを振り返り、最後のライブをファンへの恩返しの場にしたいという思いを示している。
2人は同じタイミングで脱退したものの、それぞれの表現活動を続けるための旅立ちだった。単純な人員削減として捉えると、約20年にわたる2人の貢献を見落としてしまう。
2020年9月4日「DEPARTURE」が7人編成最後のライブ脱退発表後、Dragon Ashは7人編成での最後のワンマンライブを開催した。
公演名は「DRAGONASH LIVE “DEPARTURE”」。2020年9月4日に東京・TACHIKAWA STAGE GARDENで行われた。
ライブタイトルの「DEPARTURE」は旅立ちを意味し、ATSUSHIとDRI-Vの発案によって決まった。会場での有観客公演とオンライン配信を組み合わせた形で実施され、7人で歩んできた時代に区切りをつけるステージとなった。
このライブを最後にATSUSHIとDRI-VはDragon Ashを離れ、Kj、櫻井誠、BOTS、hiroki、サポートベースのT$UYO$HIによる新体制へ移行した。
【歴代メンバーとサポートメンバーの違い】よくある誤解と編成比較
Dragon Ashのメンバー一覧を検索すると、サイトによって人数や掲載されている名前が異なることがある。その主な理由は、正式メンバー、過去の正式メンバー、サポートメンバーを同じカテゴリーで扱っているケースがあるためだ。
IKÜZÖNEは脱退ではなく、死去による別れIKÜZÖNEはDragon Ashを脱退した人物ではない。1997年のデビューからバンドを支え続けたオリジナルメンバーであり、2012年4月21日に急性心不全で亡くなった。
そのため、歴代メンバー一覧では「元メンバー」という大きなくくりに入れることはできても、脱退したATSUSHIやDRI-Vとは事情が異なる。
KenKenは正式加入メンバーではなくサポートベーシストKenKenはIKÜZÖNEの死去後、2011年ごろからDragon Ashのベースを支えてきた。2013年の活動再開時にはライブのサポートベーシストとして参加し、その後はレコーディングやプロモーションにも関わるなど、サポートの枠を超えた活動をしていた。
しかし2019年7月の逮捕を受け、同月からT$UYO$HIがサポートベースを担当するようになった。同年11月18日にはDragon AshがKenKenと別々の道を歩むことを発表。公式発表では、KenKen本人から今後のバンド活動について袂を分かちたいとの申し出があったと説明されている。
KenKenの活動終了とT$UYO$HIの参加は、正式メンバーの入れ替えではなく、サポートベースの担当者が変わった出来事として整理するのが正確だ。
Dragon Ashの編成を理解するための3つのポイント- 正式メンバーの歴史:1997年の3人編成から、BOTSやhiroki、ダンサー2人の加入によって拡大した。
- ベースの歴史:オリジナルメンバーのIKÜZÖNEの死去後、KenKenを経てT$UYO$HIがサポートを担当している。
- 現在の構成:2020年のダンサー2人の脱退以降、4人の中核メンバーとサポートベースによる活動が続いている。
Dragon Ashの特徴は、メンバーが増えたり減ったりすること自体ではなく、その時々の編成に合わせて音楽表現を変化させてきたことにある。DJとダンサーを取り入れた7人時代も、現在の5人によるライブも、それぞれ異なる魅力を持っている。
【よくある質問】Dragon Ashのメンバーに関するFAQ
Q1:2026年現在、Dragon Ashのメンバーは何人ですか?
A1:中核となるメンバーはKj、櫻井誠、BOTS、hirokiの4人です。ライブではT$UYO$HIがサポートベーシストとして加わるため、基本的に5人の編成で活動しています。
Q2:Dragon Ashの現在のベース担当は誰ですか?
A2:T$UYO$HIです。The BONEZ、Pay money To my Painでも活動するベーシストで、2019年からDragon Ashのサポートベースを担当しています。
Q3:IKÜZÖNEはなぜDragon Ashを脱退したのですか?
A3:脱退ではありません。IKÜZÖNEこと馬場育三は、2012年4月21日に急性心不全のため46歳で亡くなりました。1997年のデビューからベースを担当したオリジナルメンバーです。
Q4:ATSUSHIとDRI-VはなぜDragon Ashを脱退したのですか?
A4:2020年7月の公式発表では、メンバーやスタッフとの話し合いを経て、それぞれの人生を歩むための前向きな決断をしたと説明されています。具体的な個人的事情や対立が原因だったという公式発表はありません。
Q5:Dragon AshにKenKenは現在も在籍していますか?
A5:現在は在籍していません。KenKenはIKÜZÖNEの死去後にサポートベーシストとして活動していましたが、2019年11月にDragon Ashとの活動を終了しました。その後はT$UYO$HIがサポートベースを担当しています。
Q6:Dragon Ashの最初のメンバーは誰ですか?
A6:1997年のメジャーデビュー時は、Kj(降谷建志)、IKÜZÖNE(馬場育三)、櫻井誠の3人編成でした。その後、BOTS、hiroki、ATSUSHI、DRI-Vが加わり、7人編成になりました。
Dragon Ashの現在のメンバーは、Kj(降谷建志)、櫻井誠、BOTS、hirokiの4人。そして、ベースにはT$UYO$HIがサポートとして参加している。
1997年に3人でデビューしたDragon Ashは、DJやギター、ダンサーの加入によって7人編成へと発展した。しかし2012年にはオリジナルベーシストのIKÜZÖNEを失い、2020年には約20年間ともに活動してきたATSUSHIとDRI-Vが新たな道へ進んだ。
こうした変遷を経ても、Kjを中心とした音楽的な方向性は受け継がれ、現在もライブ活動を続けている。
Dragon Ashのメンバーを調べる際には、次の3点を押さえておくと情報を整理しやすい。
- 現在の中核メンバー4人と、サポートベーシストT$UYO$HIを区別する。
- IKÜZÖNEの死去とATSUSHI・DRI-Vの脱退を別々の出来事として理解する。
- KenKenなどのサポートメンバーを、正式加入した歴代メンバーと混同しない。
メンバーの顔ぶれだけを見れば、Dragon Ashはデビュー当時とは大きく変わった。しかし、ロックとヒップホップを融合させる姿勢、そして時代に合わせて自分たちの音を更新していく姿勢は変わっていない。2026年も続くライブ活動は、長い歴史を持つバンドが現在進行形で音楽を鳴らし続けている証しだ。
主な事実確認資料: ビクターエンタテインメントのアーティストプロフィール、Dragon Ash公式発表、所属事務所の2026年7月発表、ORICON NEWS、Real Sound、rockin'on.com。