十両復帰を果たした炎鵬だが、怪我の問題が完全に過去のものになったわけではない。
特に注意したいのが、2025年から2026年にかけて発生した左足の負傷だ。首の重傷から復帰した後も、別の部位に怪我を負い、関取復帰までの道のりを難しくしていた。
2025年7月:左足の剥離骨折2025年7月場所、炎鵬は東幕下16枚目で出場したが、7日目の取組で左足を負傷した。
相手に敗れて土俵下へ落ちた際、左足を階段状の部分に強くついたことが負傷のきっかけだった。
診断は左腓骨の剥離骨折。成績は2勝2敗3休となり、途中休場を余儀なくされた。
同年8月の健康診断後、炎鵬は骨折について説明し、焦らず治療を優先する考えを示していた。
2026年1月:関取復帰目前で左足首を骨折さらに2026年1月場所でも左足を負傷する。
東幕下11枚目だった炎鵬は、初場所で6連勝。7戦全勝なら幕下優勝と十両復帰が濃厚となる状況だった。
ところが、6番相撲の栃丸戦で勝利した後、土俵下に落ちた際に左足を痛めた。
2026年2月27日、炎鵬は報道陣に対して、左足首の内側と外側の2カ所を骨折していたと説明した。
本人によれば、当時も痛みが残っており、相撲を取る稽古を再開できていない状態だった。通院しながら療養し、少しずつ土俵に下りて動けるようになっていた。
それでも3月場所には出場。東幕下4枚目で5勝2敗を挙げ、十両復帰を実現した。
首の怪我は再発しているのか?ここが現在の炎鵬を理解するうえで最も要点だ。
2026年5月4日付のスポーティングニュースが時事通信の記事を基に伝えたところによると、炎鵬は首の痛みが現在も残っていると説明している。
また、本人は首と心の状態が整わなければ相撲を取ることに怖さがあるとも語った。
つまり、十両復帰を果たしたからといって、首が完全に元通りになったわけではない。
一方、2026年11月4日時点で確認できる日本相撲協会の公式プロフィールでは、炎鵬は東十両10枚目に在位している。2026年9月場所も15日間を取り切り、7勝8敗で終えている。
したがって、現状を整理すると次のようになる。
- 首の痛みは2026年5月時点でも残っていた。
- 2026年に首の脊髄損傷が再発したという公表は確認されていない。
- 左足首には2026年初場所で負った骨折があった。
- 2026年3月以降は本場所に復帰し、十両で取組を続けている。
- 11月場所の番付は東十両10枚目。
現在の炎鵬は、重傷から競技復帰を果たしている一方、首の後遺症や別部位の負傷に注意しながら現役を続けている状態と捉えるのが適切だ。
【2026年11月場所の番付と成績】十両復帰後の実力を検証

2026年の炎鵬は、長い休場生活を経て関取として再び土俵に立っている。
ここでは、十両復帰後の3場所を中心に成績を確認する。
2026年3月場所:5勝2敗で再十両を決定3月場所は東幕下4枚目で5勝2敗。
2026年1月場所の6勝1敗に続く勝ち越しで、十両復帰に必要な実績を積み上げた。
この時点で31歳。怪我を負う前の番付に戻ったわけではないが、幕下上位で勝ち越す力を示したことは大きかった。
2026年5月場所:西十両14枚目で8勝7敗約3年ぶりの関取復帰となった5月場所は8勝7敗。
十両の最下位付近からの再出発だったが、15日間を戦い抜いて勝ち越しを達成した。
2026年7月場所:8勝7敗で連続勝ち越し7月場所は西十両11枚目。ここでも8勝7敗となった。
2場所連続の勝ち越しにより、十両の地位を維持するだけでなく、番付を上げる結果につなげた。
2026年9月場所:7勝8敗で惜しくも負け越し9月場所は東十両9枚目。成績は7勝8敗だった。
1つの負け越しであり、長期休場に戻ったわけではない。翌11月場所では東十両10枚目となった。
2026年11月場所:東十両10枚目が最新番付東十両10枚目
2026年11月場所・日本相撲協会公式番付
2026年9月場所:7勝8敗
日本相撲協会の公式プロフィールによる最新の番付推移は以下の通り。
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 2026年3月 | 東幕下4枚目 | 5勝2敗 |
| 2026年5月 | 西十両14枚目 | 8勝7敗 |
| 2026年7月 | 西十両11枚目 | 8勝7敗 |
| 2026年9月 | 東十両9枚目 | 7勝8敗 |
| 2026年11月 | 東十両10枚目 | 番付掲載 |
ここで注目したいのは、十両復帰後に2場所連続で勝ち越している点だ。
9月場所の負け越しだけを見て、復活が止まったと判断するのは早い。3月の幕下上位から5月に十両へ戻り、7月にも勝ち越している。少なくとも、関取として戦える力を取り戻してきたことは成績から読み取れる。
ただし、首の痛みが残ると本人が明かしている以上、勝敗だけで身体の回復度合いを判断することはできない。
【プロの結論】炎鵬の復活を評価する3つの視点
炎鵬の復帰劇には、単純な番付上昇以上の意味がある。
特に、スポーツ選手の長期離脱と競技復帰を考えるうえで、次の3点が重要になる。
1. 競技復帰と完全回復は別の問題炎鵬は脊髄損傷という深刻な負傷を経験した。
それでも序ノ口から勝ち星を重ね、十両に復帰した。しかし、2026年5月の本人の発言からは、首の痛みや精神的な不安が完全に消えていないことが分かる。
競技に復帰できたことと、医学的に完全回復したことは同じではない。
これは炎鵬の現在を評価する際に、最も大切な視点だ。
2. 小兵力士の相撲には身体の使い方が重要炎鵬の持ち味は、167センチという体格を生かした素早い動きと、多彩な技術だ。
大型力士に対抗するには、相手の懐へ入る動きや、身体のバランスを保つ技術が欠かせない。
リハビリで身体の使い方そのものを見直したことは、単に以前の相撲を取り戻すのではなく、新しい身体の状態に合わせた相撲を構築する意味も持っていた。
2026年3月の日刊スポーツの記事でも、以前より身体が大きくなり、押されにくさや押す力が増したことが紹介されている。
3. 2026年11月以降は勝ち越しと出場継続が焦点今後の炎鵬を見る際には、単純に幕内復帰だけを目標にするのではなく、次の点を確認したい。
- 十両で安定して勝ち越せるか。
- 首の痛みが競技生活にどの程度影響するか。
- 左足など別部位の怪我を繰り返さずに出場を続けられるか。
- 15日間を通じて安定した相撲を取れるか。
特に、2026年9月場所は7勝8敗だったため、11月場所での勝ち越しは番付を維持・上昇させるうえでも重要になる。
炎鵬の復活を評価するなら、短期間の好成績よりも、長く土俵に立ち続けられるかどうかに注目すべきだ。
【炎鵬の怪我】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:炎鵬の怪我は現在治っていますか?
2026年11月現在、炎鵬は東十両10枚目として現役を続けている。ただし、2026年5月の報道では首の痛みが残っていると本人が説明していた。競技復帰は果たしているが、完全に痛みが消えたとは確認されていない。
Q2:炎鵬はなぜ7場所連続で休場したのですか?
2023年夏場所で首の重傷を負い、当初は頚部椎間板ヘルニアと診断された。その後、脊髄損傷と判明し、歩行や日常生活にも支障が出るほどの状態となったため、長期の治療とリハビリが必要になった。
Q3:炎鵬はいつ序ノ口から復帰しましたか?
2024年7月の名古屋場所で、西序ノ口13枚目として復帰した。初日は敗れたが、2日目には478日ぶりの白星を獲得。そこから勝ち越しを重ね、2026年5月に十両へ復帰した。
Q4:炎鵬は2026年に再び怪我をしたのですか?
2026年1月場所で左足首の内側と外側を骨折したことを本人が明かしている。その後、3月場所に出場して5勝2敗を記録し、5月には十両復帰を果たした。首の脊髄損傷が再発したという公表は確認されていない。
Q5:炎鵬の2026年11月場所の番付は何枚目ですか?
日本相撲協会の公式番付では、東十両10枚目。直前の9月場所は東十両9枚目で7勝8敗だった。
炎鵬の怪我は、2023年夏場所で表面化した脊髄損傷と首の重傷が発端だった。
その後、7場所連続休場、序ノ口への転落、長期間のリハビリという苦しい時期を経験した。2024年7月に本土俵へ復帰し、2026年3月には幕下上位で5勝2敗。5月には約3年ぶりの十両復帰を実現させた。
2026年11月現在の番付は東十両10枚目。9月場所は7勝8敗だったが、関取として土俵に戻っている。
一方で、首の痛みは2026年5月時点でも残っており、左足首の骨折も経験している。
炎鵬の復活を本当に評価する基準は、十両に戻ったことだけではない。怪我と向き合いながら、どれだけ安定して土俵に立ち続けられるかだ。
序ノ口から関取へ戻った前例のない歩みは、すでに大相撲史に刻まれた。次に注目されるのは、十両での地位を固め、再び幕内を目指せるかどうか。炎鵬の挑戦は、2026年11月場所も続いている。
主な情報源:日本相撲協会公式力士プロフィール、日刊スポーツ、スポニチ、デイリースポーツ、TBS NEWS DIG、時事通信配信記事、SmartFLASH(2026年取材記事)。