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【豊川高校出身】一色恭志の経歴と青山学院大学時代

三国 颯真 三国 颯真 • 更新: • 公開: • 読了約 14 分
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一色恭志は1994年6月5日、京都府に生まれました。高校は愛知県の豊川高校、大学は青山学院大学に進学しています。NTT西日本の公式プロフィールでも「豊川高校-青山学院大学」という経歴が掲載されています。

青山学院大学では原晋監督の指導を受け、長距離部門の主力選手として成長しました。箱根駅伝だけでなく、5000mや10000mでも高い競技力を示し、大学陸上界を代表する選手の一人となりました。

特に評価できるのは、トラック競技のスピードを駅伝やロードレースにも生かせる点です。大学時代から培ったスピードと長い距離を走り切る持久力が、その後の実業団でのマラソン挑戦につながっています。

2016年には日本陸上競技選手権の5000mで13分39秒65を記録し、4位に入賞。学生トップの実績を残しました。この結果は現在も自己ベストとして記録されています。

【箱根駅伝の成績】一色恭志は4年連続出場!2区で3年連続3位

一色恭志

一色恭志の大学時代を語るうえで欠かせないのが箱根駅伝です。第90回から第93回まで4大会連続で出場し、1年生から4年生までチームの中心を担いました。

東京箱根間往復大学駅伝競走の公式記録によると、2年生から4年生までの3大会では、いずれも花形区間の2区を担当して区間3位を獲得しています。

特筆すべきは、3年連続で同じ区間のトップ3に入った安定感です。2区は各大学のエース級が集まる区間であり、順位を維持するだけでも高い実力が大切です。

一色恭志の箱根駅伝出場記録

大会 担当区間 区間順位 区間タイム
第90回・2014年 1区 6位 1時間2分15秒
第91回・2015年 2区 3位 1時間7分45秒
第92回・2016年 2区 3位 1時間7分35秒
第93回・2017年 2区 3位 1時間7分56秒

出典:東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイトの選手別過去記録。

青山学院大学は2015年と2016年の箱根駅伝で総合優勝を果たしています。一色もその優勝メンバーとして活躍しました。

また、2017年の第93回大会でも2区を走り、区間3位を記録しています。大学駅伝での経験は、社会人になってからも実業団駅伝に取り組むうえで大きな財産になりました。

4年間を通じて大崩れせず、強豪校のエースとして結果を残したことが、一色恭志の競技歴を理解する要点です。

【GMOからNTT西日本へ】一色恭志の移籍の経緯と理由

一色恭志は大学卒業後、GMOインターネットグループの陸上競技部門であるGMOアスリーツに所属しました。

2016年7月、GMOインターネットグループは一色の所属内定を発表。2017年4月から同チームで活動することが決まりました。当時の目標は2020年東京オリンピックのマラソン代表としてメダルを目指すことでした。

その後、約6年間にわたってGMOで競技を続け、2023年3月31日付で退部。同年4月1日からNTT西日本陸上競技部に所属することになりました。

2023年4月3日付の月刊陸上競技の報道でも、GMOを退社した一色がNTT西日本に加入したことが伝えられています。

移籍までの経緯



2016年7月:GMO所属内定

GMOアスリーツへの所属が発表される。


2017年4月:GMOで競技開始

青山学院大学卒業後、実業団選手として活動。


2023年3月31日:GMO退部

約6年間在籍したチームを離れる。


2023年4月1日:NTT西日本へ

新たな実業団チームで競技生活をスタート。

移籍に際して、GMOの公式発表に掲載された一色のコメントでは、創部2年目から6年間活動できた環境への感謝が述べられています。熊谷正寿代表や安田昌史副社長、監督、現場スタッフなどへの謝意も示されました。

一方、移籍を決断した具体的な個人的事情や、GMOとの間に競技上の対立があったといった説明は公表されていません。

そのため、移籍を単純な成績不振やチームとのトラブルに結び付けるのは適切ではありません。確認できる事実は、GMOで6年間活動した後、2023年春にNTT西日本へ活動の場を移したことです。

社会人陸上では、所属企業や指導体制、練習環境が選手の競技人生に大きく関わります。一色の移籍も、長距離選手として次のキャリアを築くための転換点として捉えることができます。

【マラソン自己ベスト2時間7分39秒】MGC出場権獲得の実績と真相

一色恭志の実業団時代を代表する実績が、フルマラソンの自己ベスト2時間7分39秒です。

この記録は2020年3月1日の東京マラソンで生まれました。当時GMOアスリーツに所属していた一色は、15位でフィニッシュ。従来の自己ベストを2分4秒更新する好走でした。

GMOインターネットグループの大会結果発表にも、2時間7分39秒、15位、自己ベスト更新と記録されています。

主なマラソン成績

年月 大会 記録 順位
2016年2月 東京マラソン 2時間11分45秒 11位
2018年2月 東京マラソン 2時間9分43秒 13位
2019年3月 東京マラソン 2時間12分21秒 10位
2019年4月 ハンブルクマラソン 2時間11分23秒 11位
2020年3月 東京マラソン 2時間7分39秒 15位
2022年2月 大阪・びわ湖毎日マラソン 2時間9分32秒 11位
2022年9月 ベルリンマラソン 2時間17分57秒 42位
2024年2月 大阪マラソン 2時間13分35秒 48位

出典:GMOインターネットグループの大会結果および競技記録資料。

MGCには出場した?実際は本大会を欠場

一色恭志を調べる際に注意したいのが、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)に関する情報です。

2019年4月28日のハンブルクマラソンで、一色は2時間11分23秒の11位、日本人3位という成績を残しました。この結果によって、東京オリンピックの代表選考会であるMGCへの出場権を獲得しています。

青山学院大学も2019年5月7日付の卒業生向けニュースで、この出場権獲得を発表しました。

ところが、MGC本番を目前に控えた2019年9月13日、日本陸連から一色の欠場が発表されました。日刊スポーツの報道によると、理由は調整不足です。

つまり、一色はMGCの出場資格を得たものの、2019年9月15日の本大会では走っていません。この違いは、経歴を整理する際に見落とせないポイントです。

その後の2020年東京マラソンで2時間7分39秒を記録したことを考えると、MGC欠場が彼のマラソン競技人生の終着点ではなかったことが分かります。むしろ、その後も自己ベストを更新し、日本のトップクラスに迫る記録を残しました。

【5000m・10000mの記録】自己ベストと2026年の最新成績を比較

マラソンの実績が目立つ一色ですが、トラック競技でも優れた記録を持っています。

2023年のGMO退部時に公表された自己記録と、2026年の実際の競技結果を整理すると、次のようになります。

種目 自己ベスト 2026年の記録
5000m 13分39秒65 14分23秒88
10000m 28分09秒23 今回確認できた記録なし
ハーフマラソン 1時間1分50秒 今回確認できた記録なし
フルマラソン 2時間7分39秒 今回確認できた記録なし

5000mの自己ベスト13分39秒65は2016年6月の日本陸上競技選手権で記録したものです。10000mの28分09秒23は2020年11月の記録です。

対して2026年6月の日体大長距離記録会では、5000mを14分23秒88で走っています。自己ベストとの差だけを見て競技力を評価するのではなく、出場大会の目的や調整段階、レース条件なども考慮する必要があります。

特に長距離選手は、トラックでのスピード練習とマラソンに向けた持久力強化で競技内容が変わります。5000mの単発記録だけでマラソンの現在の実力を判断することはできません。

ニューイヤー駅伝ではどんな成績を残した?

一色はGMO時代からニューイヤー駅伝に出場しており、2021年、2022年、2023年にはGMOインターネットグループの選手として走っています。

NTT西日本への移籍後は、2024年の第68回大会で2区を担当しました。21.9kmを1時間4分18秒で走り、区間29位という結果でした。

一方、2026年元日の第70回大会ではNTT西日本が出場していません。2025年11月9日に開催された関西実業団対抗駅伝で総合6位となり、出場枠を獲得できなかったためです。

この結果から、2026年のニューイヤー駅伝に一色の出場記録がないことを、本人の引退やチーム退部と混同しないようにしたいところです。

【プロの結論】一色恭志のキャリアから読み解く3つのポイント

一色恭志の経歴を整理すると、単に箱根駅伝で活躍した元学生ランナーという枠には収まらないことが分かります。大学駅伝、実業団駅伝、トラック、マラソンと複数の競技領域で実績を残してきました。

特に注目すべき要点は次の3つです。

1.箱根駅伝の実績と実業団での競技力は別の評価軸

大学時代は2区で3年連続区間3位という安定した成績を残しました。しかし、社会人になってからはマラソンやニューイヤー駅伝など、異なる条件の競技に取り組んでいます。

大学時代の実績は現在の競技力を考える重要な背景ですが、現在の評価は直近のレース結果と合わせて見る必要があります。

2.MGC出場権獲得と本大会出場を混同しない

ハンブルクマラソンでMGC出場権を獲得したことは事実です。しかし、調整不足によって本大会は欠場しました。

このように、スポーツ選手の経歴を調べる際は、出場資格、エントリー、実際の出場、最終順位を分けて確認することが大切です。

3.所属変更だけで選手の競技力は判断できない

GMOからNTT西日本への移籍は、6年間の実業団生活を経たキャリア上の転換点でした。

2026年もNTT西日本の公式プロフィールに掲載され、5000mの競技会にも出場しています。所属企業が変わったことや、特定の駅伝大会に出場していないことだけで、競技生活の終了と判断するのは早計です。

選手の現在を正確に把握するには、所属先の公式プロフィール、競技会の結果、チームの大会出場資格を組み合わせて見ることが有効です。

【一色恭志に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:一色恭志は2026年現在、どこのチームに所属していますか?

A1:NTT西日本陸上競技部です。2023年4月に加入し、2026年11月現在も公式プロフィールに選手として掲載されています。

Q2:一色恭志のマラソン自己ベストは何時間ですか?

A2:2時間7分39秒です。2020年3月1日の東京マラソンで記録し、15位でフィニッシュしました。

Q3:一色恭志はMGCに出場しましたか?

A3:2019年のハンブルクマラソンで出場権を獲得しましたが、同年9月のMGC本大会は調整不足を理由に欠場しました。

Q4:一色恭志の出身高校と大学はどこですか?

A4:豊川高校と青山学院大学です。青山学院大学では箱根駅伝に4年連続で出場しました。

Q5:一色恭志の5000m自己ベストは何分ですか?

A5:13分39秒65です。2016年6月の日本陸上競技選手権で記録しました。2026年6月の日体大長距離記録会では14分23秒88を記録しています。

Q6:一色恭志は2026年のニューイヤー駅伝に出場しましたか?

A6:出場していません。所属するNTT西日本が2025年11月の関西実業団対抗駅伝で6位となり、2026年大会の出場権を獲得できなかったためです。

一色恭志は、豊川高校から青山学院大学へ進み、箱根駅伝で4年連続出場を果たした長距離ランナーです。大学時代には2区で3年連続区間3位を記録し、2015年と2016年の箱根駅伝総合優勝にも貢献しました。

大学卒業後はGMOインターネットグループで約6年間活動し、2023年4月にNTT西日本へ移籍。2020年東京マラソンで記録した2時間7分39秒は、現在も自己ベストとして残っています。

2026年11月現在もNTT西日本陸上競技部の選手として活動しており、同年6月には5000mで14分23秒88を記録しました。ニューイヤー駅伝2026にはチームの予選結果によって出場していませんが、競技活動を終えたわけではありません。

今後の注目点は、トラック競技での記録更新に加え、マラソンや実業団駅伝でどのような結果を残すかです。箱根駅伝のスター選手から実業団のベテランランナーへ。一色恭志の競技人生は、今も続いています。

主な参照資料: NTT西日本陸上競技部公式プロフィール、東京箱根間往復大学駅伝競走公式記録、GMOインターネットグループ陸上部公式発表、日本陸上競技連盟関連資料、日体大長距離記録会結果。

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コンテンツディレクター 三国 颯真
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