村田昴(むらた・すばる)は、プロデビューから10連続KO勝利を記録し、WBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王座を獲得した日本のプロボクサーだ。しかし、2026年2月7日のガブリエル・サンティシマ戦で初黒星を喫し、王座から陥落。その後、帝拳ジムからKOBE長谷川ジムへ移籍したものの、8月22日に予定されていた再起戦は肋骨骨折で中止となり、8月24日には同ジムからの離脱も明らかになった。
2026年11月現在、村田昴は30歳。気になる現在の所属先については、ボクシング専門情報サイトの選手名鑑で「JBC預かり」と表示されており、新たな所属ジムや次戦の日程は公表されていない。ここでは、プロフィールやプロボクシング戦績、初黒星の試合内容、ジム移籍の理由、負傷から離脱に至った経緯を時系列で整理する。
【村田昴のプロフィール】和歌山出身の元アマチュアエリート

村田昴は、アマチュア時代から全国大会や国際大会で実績を残してきたサウスポーのボクサーだ。プロ転向後もKOを量産し、短期間で国内外のランキングに名を連ねる存在となった。
基本プロフィール- 名前:村田昴(むらた・すばる)
- 生年月日:1996年10月19日
- 年齢:30歳(2026年11月現在)
- 出身地:和歌山県紀の川市
- 身長:170cm
- 構え:サウスポー
- 階級:スーパーバンタム級
- プロデビュー:2021年6月26日
- 最終確認できるプロ戦績:10勝(10KO)1敗
- 獲得タイトル:WBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王座
生年月日や出身地については、ボクシング専門情報サイトや国際競技記録のデータとも一致している。なお、一部の過去報道では出身地を岩出市とする記載もあるが、選手プロフィールや競技記録では和歌山県紀の川市とされている。
小学5年生でボクシングを始めたきっかけ村田がボクシングを始めたのは小学5年生のとき。幼少期には極真空手を経験しており、ボクシングとの出会いは試合観戦だった。
当時、会場で見た長谷川穂積の試合に感銘を受け、ボクシングを志すようになったという。長谷川が現役時代に所属していた真正ジムで競技を始め、中学時代も練習を続けた。
この幼少期の経験は、2026年3月のKOBE長谷川ジム移籍にもつながっている。単なる所属変更ではなく、少年時代から憧れていた元世界王者のもとで再出発するという意味合いがあった。
アマチュア時代の実績は80戦68勝12敗村田のアマチュア戦績は80戦68勝12敗。高校時代には全国高校総体(インターハイ)で優勝し、2014年の南京ユースオリンピックでは銅メダルを獲得した。
その後、日本大学、自衛隊体育学校で競技を続け、第88回全日本選手権バンタム級優勝などの実績を残している。
当初の目標にはオリンピック出場もあったが、東京五輪への出場はかなわず、2021年にプロの世界へ進んだ。
公益財団法人江副記念リクルート財団の奨学生プロフィールにも、本人が語ったボクシングを始めた経緯やユースオリンピックでの銅メダル獲得が記録されている。
【プロボクシング戦績】10連続KOからWBOアジアパシフィック王者へ
村田昴のプロキャリアで最も印象的なのは、デビューから10試合連続でKO勝利を積み重ねたことだ。
2021年6月26日、アメリカ・ラスベガスでプロデビュー。初戦をTKOで飾ると、海外での試合経験も積みながら連勝を続けた。
10戦10勝10KOを達成した経緯プロ初期の村田は、フィリピンやアメリカなどの選手と対戦し、早いラウンドで試合を決めることが多かった。
サウスポーから繰り出す左ストレートを中心に、距離を詰めた際の連打やボディー攻撃も武器としていた。単純に一発のパンチ力だけで勝つのではなく、相手の動きを見ながら攻撃を組み立てる能力も評価されていた。
特に2024年は、世界を目指すうえで大きな転換点となった。
2024年10月、山﨑海斗に勝利して地域王座獲得2024年10月5日、後楽園ホールで行われたWBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王座決定戦で、村田は山﨑海斗と対戦した。
両者とも無敗で迎えた注目カードは、ダウンの応酬を含む激しい試合となった。村田は9回2分46秒TKO勝ちを収め、プロ初タイトルを獲得。これで8戦全勝8KOとなった。
この試合は2024年の年間最高試合としても選ばれており、村田のプロキャリアを代表する一戦の一つとなっている。
小國以載にもTKO勝ち、2度の防衛に成功王座獲得後も村田の勢いは止まらなかった。
- 2025年2月1日:ジョセフ・アンボに2回KO勝ち。初防衛成功。
- 2025年5月20日:元IBF世界スーパーバンタム級王者の小國以載に6回TKO勝ち。2度目の防衛成功。
特に小國戦は、経験豊富な元世界王者を相手に実力を示した重要な勝利だった。
この時点で村田は10戦10勝10KO。世界ランキングでもWBA、WBCなど複数団体で上位に進出し、世界挑戦を現実的に意識できる位置にいた。
ただし、WBOアジアパシフィック王座は地域タイトルであり、世界王座そのものではない。世界タイトルへの挑戦には、さらに上位の選手との対戦やランキング上の評価が必要になる。
【初黒星の真相】ガブリエル・サンティシマ戦で何が起きたのか
村田昴の無敗記録が途切れたのは、2026年2月7日。東京・後楽園ホールで開催された「DYNAMIC GLOVE on U-NEXT Vol.40」のメインイベントだった。
対戦相手はフィリピンのガブリエル・サンティシマ。WBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級11位の挑戦者で、当時21歳だった。
村田にとっては3度目の防衛戦。10戦10勝10KOという完璧な戦績を維持したまま世界への足掛かりをつかめるかが注目されていた。
6回終了間際の左カウンターが勝敗を分けた試合序盤は、両者の距離感や反応速度が問われる展開だった。
村田は右ジャブと左ストレートを軸に攻めたが、サンティシマも左クロスや右フックを合わせ、簡単には主導権を渡さなかった。
試合が動いたのは5回。村田は距離を詰めて左アッパーによるボディー攻撃を増やし、連打の回転を上げた。サンティシマの動きにも変化が見られ、村田が試合を決めるかと思わせる時間帯もあった。
しかし、6回終了間際、攻勢に出た村田に対してサンティシマの左カウンターが命中。村田はダウンを喫した。
立ち上がったものの、ダメージは大きかった。7回以降は距離を取りながら戦うサンティシマに対し、村田も攻撃を再構築しようとしたが、決定的な流れを取り戻すことはできなかった。
試合結果は0-3の判定負け最終的な判定は0-3(96-93、96-93、97-92)でサンティシマの勝利。村田はプロ初黒星を喫し、WBOアジアパシフィック王座から陥落した。
この結果、10連続KO勝利の記録もストップ。プロ戦績は10勝10KO1敗となった。
なお、この試合はKO負けではない。6回にダウンを奪われたものの、最終的には10回を戦い抜いたうえでの判定負けである。この点は、試合結果を調べる際に混同されやすい。
敗戦が示した課題ボクシングニュースの試合分析では、村田が5回からボディー攻撃で流れを引き寄せた一方、6回のカウンターで試合の主導権が変わったことが詳しく報じられた。
ここから読み取れる課題は、攻撃力だけでは勝ち切れないということだ。
村田はそれまで10試合すべてでKO勝利を収めていた。相手を追い込んだ際に攻撃の手数を増やすスタイルは大きな武器だったが、強いカウンターを持つ相手に対しては、攻勢の最中にも距離やガードを維持する必要がある。
敗戦はそれまでの実績を否定するものではない。一方、世界を目指す選手としては、攻撃の完成度だけでなく、試合の流れが変わったときに立て直す能力も問われることになった。
【帝拳ジムからKOBE長谷川ジムへ】移籍理由と負傷・離脱の全経緯
初黒星後、村田昴が選んだのは、長年所属していた帝拳ジムを離れ、地元に近いKOBE長谷川ジムへ移籍する道だった。
移籍先の会長を務めるのは、元世界3階級制覇王者の長谷川穂積。少年時代から憧れていた選手のもとで、新たなスタートを切ることになった。
移籍理由は「初心に返ること」と地元での練習環境2026年3月17日、村田は自身のSNSで帝拳ジムからの移籍を報告した。
移籍の理由について、報道された本人のコメントには次の言葉がある。
「前回の敗戦を機にじっくり考え初心に返りたいと思い地元でトレーニングできる環境を作りたく、移籍の決断をさせていただきました」
帝拳ジムへの感謝も表明しており、本田明彦会長やトレーナー、所属選手たちへの謝意を述べている。
つまり、報道されている移籍理由は、前回の敗戦を受けた環境の見直しと、地元で練習できる体制を整えることだった。帝拳ジムとの対立やトラブルが原因だったとする公表情報はない。
JBCのジム所属変更記録では、村田の移籍日は2026年3月10日付。3月17日に本人が発表し、翌18日にはボクシング専門メディアなども報じている。
長谷川穂積との関係は少年時代から続いていたKOBE長谷川ジムへの移籍には、競技を始めた頃からの縁もあった。
ボクシングモバイルの2026年6月の会見報道によると、長谷川会長は村田が小学5年生の頃に自宅へ泊まりに来て練習していたことを明かしている。
また、村田が長谷川の試合を観戦してボクシングに憧れたことも紹介された。
長谷川会長は技術面について、カウンターや精神面の微調整に取り組む考えを示していた。村田も、直接指導を受けながら新しい技術を身につけていると説明していた。
移籍後の初戦は、単なる所属変更後の試合ではなく、長谷川会長の指導のもとで再起を目指す重要な一戦として位置づけられていた。
2026年の移籍・負傷・離脱を時系列で整理| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 2026年2月7日 | サンティシマ戦 | 0-3の判定負け。初黒星とWBO-AP王座陥落。 |
| 2026年3月10日 | 帝拳から移籍 | JBCの所属変更記録にKOBE長谷川ジムへの移籍が掲載。 |
| 2026年3月17日 | 本人が移籍を公表 | 地元で練習できる環境を整え、初心に返ることを理由に説明。 |
| 2026年6月24日 | 再起戦発表 | 8月22日にジェイソン・ファクラリンと10回戦を行う予定と発表。 |
| 2026年7月23日 | 試合中止 | 練習中に肋骨を骨折。8月22日の試合をキャンセル。 |
| 2026年8月24日 | KOBE長谷川ジム離脱 | 本人と長谷川会長がSNSで報告。今後は未定とされた。 |
| 2026年10月27日 | JBC10月ランキング発表 | スーパーバンタム級のランキングに村田の名前は掲載されていない。 |
2026年6月24日、KOBE長谷川ジムは神戸市内で記者会見を開き、村田の再起戦を発表した。
対戦相手はフィリピンのジェイソン・ファクラリン。試合は8月22日、神戸市立中央体育館で開催予定の「REAL SPIRITS VOL.95」のメインイベントとして組まれた。
村田にとっては、サンティシマ戦の敗北から立ち直るための一戦であり、KOBE長谷川ジムにとってもプロ選手による初の公式戦となるはずだった。
しかし、7月23日、所属ジムは村田が練習中に負傷したため試合をキャンセルすると発表。負傷の内容は肋骨骨折だった。
ボクシングモバイルなどの報道によると、代替試合は未定。予定されていた再起戦は実現しなかった。
なお、村田には過去にも負傷による欠場歴がある。2023年11月には左示指基節骨の裂離骨折が判明し、12月2日に予定されていたカルロ・デメシーリョ戦を欠場。全治2~3カ月と報じられていた。
今回の肋骨骨折は、この過去の負傷とは別の出来事である。
8月24日にKOBE長谷川ジムを離脱さらに状況が変わったのは、再起戦の中止から約1カ月後の2026年8月24日だった。
デイリースポーツの報道によると、村田本人と長谷川穂積会長がそれぞれ自身のInstagramストーリーズで、KOBE長谷川ジムからの離脱を報告した。
3月の移籍から約5カ月での離脱となり、村田は同ジム所属選手として一度も試合に出場しないまま新たな局面を迎えた。
離脱の具体的な理由や、両者の間でどのような話し合いがあったのかについては、報道で明らかにされていない。
ここで注意したいのは、肋骨骨折とジム離脱を直接結びつける発表はないという点だ。試合中止と離脱は時間的には近いものの、負傷が離脱の原因だったと断定することはできない。
【村田昴の2026年現在】所属先・ランキング・次戦はどうなっている?
2026年11月4日現在、村田昴について最も気になるのは、次にどのジムで活動し、いつリングに戻るのかという点だ。
2月の敗戦後に移籍したKOBE長谷川ジムを8月に離れたことは報じられているが、その後の新所属先や復帰日程については、広く公表された確定情報が見当たらない。
現在の所属先は「JBC預かり」と表示ボクシングモバイルの選手プロフィールでは、村田の所属欄が「JBC預かり」と表示されている。
これは少なくとも同サイトの選手データ上、新たな所属ジム名が確認できない状態であることを示している。帝拳ジムに復帰した、別のジムへ移籍したなどの確定情報は確認できない。
JBCの公開情報には2026年3月のKOBE長谷川ジムへの所属変更が記録されているが、8月の離脱後に新たな所属先へ変更したという情報は確認できない。
2026年10月の日本ランキングにも名前はないランキング面でも変化がある。
日本ボクシングコミッションが2026年10月27日に発表した10月度日本ランキングでは、スーパーバンタム級のランキング欄に村田の名前は掲載されていない。
5月30日発表のランキングでは、村田は同級4位に入っていた。つまり、2026年の前半には国内上位ランカーとして位置づけられていたが、10月度の公開ランキングでは名前が確認できなくなっている。
これは、現在の競技活動やランキング上の状況を考えるうえで押さえておきたい変化だ。ただし、ランキングから名前がなくなったことだけで、引退やライセンス失効を意味するわけではない。
次戦・再起の予定は決まっている?2026年11月4日時点で、村田の次戦について確定した試合日、対戦相手、会場などの発表は確認できない。
最後に予定されていた試合は、8月22日のジェイソン・ファクラリン戦だった。この試合は肋骨骨折によって中止され、代替日程も公表されていない。
その後、KOBE長谷川ジムからも離脱しているため、再起に向けては所属先や練習環境の整理も必要になると考えられる。
今後の注目点は次の3つだ。
- 新所属先:どのジムを拠点にプロ活動を続けるのか。
- コンディション:肋骨骨折から競技復帰できる状態になっているのか。
- 次戦の条件:再起戦としてノンタイトル戦を選ぶのか、ランキングやタイトル戦線への復帰を目指すのか。
特に重要なのは、次戦の発表だけでなく、所属ジムや試合の契約関係が明確になることだ。対戦相手や日程が正式に発表されれば、再起への具体的な道筋が見えてくる。
【プロの結論】村田昴が再起するために必要なものとは
村田昴のキャリアを振り返ると、2026年は単なる敗北の年ではなく、競技環境そのものが大きく変わった年だった。
アマチュア時代に国際大会で結果を残し、プロでは10戦全勝10KOで地域王者に上り詰めた。世界ランキングにも入った実力者が、初黒星、ジム移籍、負傷、再移籍の可能性という複数の転換点を経験している。
再起の鍵は攻撃力と試合運びの両立村田の強みは、サウスポーからの左ストレートとKOにつながる攻撃力にある。小國以載や山﨑海斗といった実績ある選手に勝利したことからも、国内トップクラスと戦える能力は示してきた。
一方、サンティシマ戦では、攻勢に出た場面でカウンターを受け、試合の流れを失った。
再起に向けては、攻撃の手数を維持しながら、相手のカウンターを受けない距離管理や防御の精度を高めることが重要になる。
長谷川穂積会長が移籍後の会見でカウンターや精神面の微調整を課題に挙げていたことも、こうした技術的な改善の必要性と重なる。
ジム選びは競技人生を左右する重要な判断帝拳ジムからKOBE長谷川ジムへの移籍では、地元でトレーニングできる環境が本人の希望として示されていた。
ボクサーにとって所属ジムは、日々の練習だけでなく、トレーナーとの関係、対戦相手の選定、試合の調整、マネジメントにも関係する。
特に世界を目指す選手の場合、練習環境と試合機会の両方を確保できる体制が必要だ。村田にとって、次の所属先がどこになるかは、復帰後のキャリアを左右する要点になる。
今後の試合を見るときの判断基準ファンが村田の再起を見極める際には、次の点に注目したい。
- 所属先の正式発表:新しい指導体制や練習拠点が明らかになっているか。
- 復帰戦の内容:KO勝利だけでなく、距離管理や防御面の改善が見られるか。
- 対戦相手の実力:勝敗だけではなく、相手のランキングや過去の実績も考慮する。
- 試合間隔:負傷からの回復と十分な準備期間が確保されているか。
10連続KOという記録は大きな実績だが、今後の評価は過去のKO数だけで決まるものではない。初黒星を経験した後にどのような技術的変化を見せるかが、世界を目指すうえでの本当の評価材料になる。
【村田昴のボクシング】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:村田昴の現在の年齢とプロフィールは?
A1:1996年10月19日生まれで、2026年11月現在30歳。和歌山県紀の川市出身、身長170cmのサウスポーで、現在の主な階級はスーパーバンタム級です。
Q2:村田昴のプロボクシング戦績は?
A2:確認できるプロ戦績は11戦10勝(10KO)1敗です。デビューから10連続KO勝利を記録しましたが、2026年2月7日のガブリエル・サンティシマ戦で初黒星を喫しました。
Q3:村田昴はなぜ帝拳ジムから移籍した?
A3:2026年3月の移籍時、本人は敗戦を機に初心に返り、地元でトレーニングできる環境を整えたいと説明しています。帝拳ジムへの感謝も表明していました。
Q4:KOBE長谷川ジムを離れた理由は?
A4:2026年8月24日に本人と長谷川穂積会長が離脱を報告しましたが、具体的な理由は公表されていません。7月の肋骨骨折による試合中止との直接的な因果関係も発表されていません。
Q5:村田昴の現在の所属先はどこ?
A5:2026年11月現在、新しい所属ジムは公表されていません。ボクシングモバイルの選手名鑑では「JBC預かり」と表示されています。
Q6:村田昴の次戦や再起戦はいつ?
A6:2026年11月4日時点で、次戦の日程や対戦相手は発表されていません。8月22日に予定されていたジェイソン・ファクラリン戦は肋骨骨折で中止となっています。
村田昴は、アマチュア80戦68勝12敗という実績を持ち、南京ユースオリンピック銅メダルを獲得した実力派ボクサーだ。プロ転向後は10連続KO勝利を記録し、2024年10月にはWBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王座を獲得。小國以載にも勝利し、世界を狙える位置まで進んだ。
しかし、2026年2月のガブリエル・サンティシマ戦で初黒星を喫し、王座を失った。その後、初心に返るため帝拳ジムからKOBE長谷川ジムへ移籍したものの、肋骨骨折によって再起戦が中止となり、8月には同ジムを離れることになった。
2026年11月現在、新しい所属先や次戦は明らかになっていない。現段階では、引退や現役続行の断念が発表されたわけでもない。
村田の今後を判断するうえで重要なのは、10連続KOという過去の記録だけではなく、新しい練習環境、負傷からの回復、そして実際のリング復帰だ。
アマチュア時代から積み上げてきた技術と、プロで示した攻撃力を再び発揮できるのか。新所属先と次戦の正式発表が、村田昴のボクシング人生における次の大きな注目点となる。
主な事実確認資料: 日本ボクシングコミッション、ボクシングモバイル、Boxing News(ボクシング・ビート)、日刊スポーツ、デイリースポーツ、神戸新聞、江副記念リクルート財団。