長渕剛と志穂美悦子は、1987年に結婚した芸能界を代表する夫婦の一組です。1986年のドラマ共演をきっかけに関係を深め、結婚後は3人の子どもを育てながら、長年にわたって夫婦生活を続けてきました。しかし、2025年8月には別居状態や志穂美悦子の事務所役員辞任が報じられ、2人の関係に注目が集まりました。
2026年11月現在、志穂美悦子はフラワーアーティストとしての活動に加え、「鬼無里まり(きなさ・まり)」名義のシャンソン歌手としても活躍しています。一方、別居報道については本人の説明や所属事務所の回答もあり、単純に離婚や夫婦関係の破綻と結びつけることはできません。2人の出会い、結婚、子ども、役員辞任の経緯、そして現在の活動を時系列で整理します。
【出会いと馴れ初め】長渕剛と志穂美悦子はドラマ『親子ゲーム』で急接近

長渕剛と志穂美悦子が初めて共演したのは、1986年に放送されたTBSドラマ『親子ゲーム』です。
同作で長渕が演じたのは元暴走族の保、志穂美が演じたのは元スケバンの加代。2人はラーメン店を営む夫婦役として登場し、突然預かることになった小学生の少年との共同生活を描きました。
放送ライブラリーの番組記録にも、2人の出演と作品の設定が記録されています。気の強い男女がぶつかり合いながら生活するというドラマの設定は、アクション女優として活躍していた志穂美と、俳優としても存在感を発揮していた長渕の個性を生かしたものでした。
志穂美は2024年1月の『美ST』インタビューで、長渕との出会いについて振り返っています。撮影現場で困難な状況を一緒に乗り越えることで連帯感が生まれる、いわゆる「吊り橋効果」にも触れています。
「かの方との出会いはドラマでした」
志穂美自身が語ったこの言葉からも、2人の関係を語るうえで『親子ゲーム』が重要な作品だったことが分かります。
映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演ドラマでの共演に続き、2人は1986年公開の映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演しました。
同作はシリーズ第37作で、志穂美はマドンナの島崎美保を演じています。長渕も出演し、劇中で2人が恋人役を演じたことでも知られています。
松竹の公式作品紹介でも、1986年の『親子ゲーム』が2人の初共演作品であり、続く『幸福の青い鳥』でも共演したこと、1987年に結婚したことが紹介されています。
志穂美は後年のインタビューでも、ドラマと映画での共演を振り返り、音楽を好きだった自分にとって、音楽活動をしている長渕の存在も大きかったと話しています。
交際から1987年の結婚へ2人は共演を重ねるなかで親密になり、1987年8月に結婚しました。交際開始から結婚までの詳細な日付や、プロポーズの具体的な状況については、すべてが公表されているわけではありません。
結婚当時の志穂美は、ジャパンアクションクラブ(JAC)出身の本格派アクション女優として人気を確立していました。一方の長渕も、シンガーソングライターとして独自の音楽世界を築いていた時期です。
それぞれが第一線で活躍していた2人の結婚は、当時の芸能界でも大きな話題となりました。
【結婚生活と子ども】3人の子育てと志穂美悦子の芸能界引退
結婚を機に女優業から家庭中心の生活へ1987年の結婚後、志穂美悦子は芸能活動を休止し、家庭生活を中心とする道を選びました。
日本初の本格的なアクション女優として映画やドラマで活躍していた志穂美にとって、これは大きな人生の転換点でした。
2017年の『徹子の部屋』出演時には、長渕から「自然に行きなさい」と送り出されたことや、長渕の音楽活動を支えてきたことを語っています。また、夫のツアーに同行することも多く、音楽の現場を実際に見て夫の仕事を理解しようとしていたことも明かしました。
その後のインタビューでは、結婚当初は料理に慣れておらず、家事をめぐって夫婦で衝突したエピソードも披露しています。華やかな芸能界から家庭中心の生活に移ったことは、決して簡単な変化ではなかったようです。
子どもは1女2男の3人長渕剛と志穂美悦子の間には、娘1人と息子2人の合計3人の子どもがいます。
2023年12月、志穂美はフジテレビ系『ぽかぽか』に出演し、3人の子育てについて語りました。番組では、子どもたちはすでにそれぞれ独立していることも紹介されています。
志穂美によると、子育てでは夫婦の役割に違いがあったとのことです。自分は比較的おおらかな母親だった一方、しつけに厳しかったのは長渕の方だったと説明しています。
また、子どもたちには勉強だけを求めるのではなく、何か一つでも好きなものを見つけて努力することを大切にしていたと振り返っています。
夫婦生活は順風満帆だったのか志穂美は2024年1月の『美ST』インタビューで、結婚生活について率直なエピソードを語っています。
例えば、結婚当初に初めて作った料理をめぐって夫婦で言い合いになったことや、味噌汁のだしの取り方を知らなかったことを指摘された際、アクション女優としての経験を引き合いに出して言い返したことなどです。
加えて、料理については悔しい思いをしたことが多く、現在も夫婦げんかをすることがあると話しています。
一方で、長渕は子どもたちの出産に立ち会い、運動会や授業参観にも参加していたとのことです。厳格な父親としての一面と、家族の行事を大切にする一面の両方があったことが、志穂美の証言からうかがえます。
夫婦関係について、志穂美は同じインタビューで次のような考えを示しています。
「一生かけて、死ぬときに夫婦でいてよかった、と思えたらそれでいいと思っています」
この言葉は、結婚生活を単純な成功や失敗で判断するのではなく、長い年月をかけて関係を築いていこうとする志穂美の姿勢を表しています。
【夫婦の関係を時系列で整理】1987年の結婚から2026年まで
長渕剛と志穂美悦子の関係は、共演、結婚、子育て、志穂美の活動再開、そして別居報道という複数の転換点を経ています。公表資料と主要メディアの報道を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 1986年 | ドラマ『親子ゲーム』 | 2人が初共演。交際につながる出会いとなった。 |
| 1986年 | 映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』 | 続けて共演。志穂美はマドンナ役を担当。 |
| 1987年8月 | 結婚 | 長渕剛と志穂美悦子が結婚。 |
| 1988年以降 | 家族生活 | 1女2男の3人の子どもを育てる。 |
| 2010年ごろ | 花創作家として活動 | 志穂美がフラワーアートの世界で活動を開始。 |
| 2023年12月 | テレビ番組出演 | 志穂美が3人の子どもの独立について語る。 |
| 2023年末 | 別居に関する報道上の時期 | 週刊文春が関係者の証言として長渕の生活拠点の移動を報道。 |
| 2024年4月 | 関連会社の役員辞任 | 志穂美が長渕関連の3社の取締役を辞任したと報じられる。 |
| 2024年6月 | シャンソン歌手デビュー | 鬼無里まり名義で新しい音楽活動を開始。 |
| 2025年8月 | 別居・役員辞任報道 | 週刊文春が報道。志穂美は役員辞任を認める。 |
| 2025年11月 | シャンソンコンクール | 鬼無里まりが日本シャンソンコンクールで2年連続優秀賞。 |
| 2026年 | 音楽・花の活動 | ソロライブ、花の展示、講座、コンサートなどに出演。 |
この年表で特に注意したいのは、役員辞任が報じられた2025年と、実際に辞任したとされる2024年4月は別の時期だという点です。また、別居に関する情報も、報道された時期と本人が説明した内容を分けて理解する必要があります。
【2025年の別居報道の真相】役員辞任と本人・事務所の説明
2025年8月、週刊文春が別居状態を報道2人の関係に大きな注目が集まったのは、2025年8月26日配信の『週刊文春』の記事でした。
同誌によると、長渕は2023年末ごろに自宅を出て、都内の別のマンションを生活拠点としていたとされます。この情報はツアースタッフの証言として紹介され、夫婦が事実上別居している状態だと報じられました。
加えて、志穂美が長渕の個人事務所「オフィスレン」など、関連する3社の取締役を2024年4月に辞任していたことも明らかになりました。
ただし、役員辞任をめぐる事情については報道内でも証言が分かれています。関係者の一人は長渕側から辞任を促されたと主張しましたが、これが客観的に確定した事実というわけではありません。
志穂美悦子本人は役員辞任を認めた週刊文春の電話取材に対し、志穂美は別居について質問されると、次のように答えています。
「えっと、行ったり来たり」
また、取締役を降りたことについては、事実であると認めたうえで、自分の新しい活動に集中したいという趣旨の説明をしました。
「降りたことは事実です」
つまり、役員辞任そのものは本人が認めている一方、別居の実態については「行ったり来たり」という説明にとどまっています。完全に生活を分離しているのか、夫婦がどの程度行き来しているのかについて、詳しい説明はありません。
所属事務所は不倫関係と離婚の話を否定2025年9月2日配信の『女性セブンプラス』では、長渕側の所属事務所「オフィスレン」が取材に回答しています。
同社は、志穂美の役員退任について、本人が自分の時間を持ちたいという意向を尊重したものだと説明しました。また、報道に登場した女性社員と長渕との不倫関係や、志穂美との離婚の話はないと回答しています。
この回答は、役員辞任の背景について報道された見方とは異なる説明です。本人が認めた辞任という事実と、その理由をめぐる双方の説明は区別して捉える必要があります。
志穂美は2025年の取材で離婚についても言及同じ『女性セブンプラス』の取材で、志穂美は離婚について質問されています。
彼女は結婚生活の長さを振り返り、夫婦関係について次のように語りました。
「結婚生活にはいろんなことが起きるし、37年間、何があっても支えてきました」
また、長渕については、アーティストとしての才能や人間性を大切にしたいという思いも話しています。
この発言から読み取れるのは、志穂美が夫婦生活の難しさを認識しながらも、長年築いてきた関係を簡単に否定していないことです。ただし、このコメントだけで同居の再開や夫婦関係の完全な修復まで確認できるわけではありません。
別居報道について、何が事実として確認できるのか2026年11月時点で、公開されている情報を整理すると次のようになります。
- 確認できる事実:志穂美は2024年4月の関連会社の取締役辞任を認めている。
- 報道された内容:長渕が2023年末ごろから別のマンションを生活拠点にしていたという関係者証言がある。
- 本人の説明:志穂美は「行ったり来たり」と答え、辞任については新しい活動に集中したいという趣旨を説明した。
- 事務所の説明:志穂美の意向を尊重した辞任であり、不倫関係や離婚の話はないと回答した。
- 公表されていないこと:現在の具体的な居住状況、夫婦間の詳細な話し合い、別居状態の解消時期。
したがって、2025年の報道をもって離婚が決定した、あるいは夫婦関係が完全に破綻したと断定することはできません。2026年現在も、離婚成立を知らせる正式な発表は確認されていません。
【2026年最新】志穂美悦子の現在は花創作家・鬼無里まりとして活躍
フラワーアーティストとしての活動志穂美悦子は、女優を引退した後も自分自身の表現活動を続けてきました。
2010年ごろから本格的に取り組んできたのが、花を使った創作活動です。本人は花の世界での活動を「花創作家」や「フラワーアートデザイナー」といった肩書で紹介しています。
2026年も、公式サイトでは「世界らん展2026-花と緑の祭典」への作品展示や、フラワーアレンジメント関連の活動が告知されました。
NHK文化センターの2026年の講座でも、花創作家としての活動と人生経験について語り、講座の最後にはシャンソン歌手として歌を披露する予定が紹介されていました。
鬼無里まりとして2024年にシャンソン歌手デビュー志穂美の新しい挑戦として注目されるのが、2024年6月に始めたシャンソン歌手活動です。
芸名は鬼無里まり(きなさ・まり)。この名前には本人の思い出が込められています。
- 鬼無里:長野県長野市にある思い出深い地名。
- まり:1973年に出演した特撮ドラマ『キカイダー01』で演じた役名に由来する。
志穂美は20代のころから銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」に通っていたと語っています。特にシャンソンへの関心は長く続いており、人生経験を重ねた現在だからこそ歌える作品があると考えたことが、歌手デビューにつながりました。
デビューに際しては、作詞家の湯川れい子との縁もありました。2024年11月開催の日本シャンソンコンクールでは優秀賞を受賞。さらに2025年11月の同コンクールでも優秀賞を獲得し、2年連続の受賞となっています。
2026年もソロライブやコンサートに出演2026年の志穂美は、歌手としての活動範囲をさらに広げています。
公式サイトで告知された主な活動には、次のようなものがあります。
- 2026年2月:世界らん展2026での作品展示。
- 2026年3月:鬼無里まり名義のソロライブを開催。
- 2026年3月:NHK文化センター青山教室で講座と歌の披露。
- 2026年7月:各地のパリ祭関連コンサートに出演。
- 2026年9月:長野県佐久市で花とシャンソンのライブを開催。
- 2026年10月:和歌山でのシャンソン関連イベントなどに出演予定が告知された。
2026年7月のデイリースポーツのインタビューでは、志穂美は夫の長渕についても語っています。長渕が歌う時間を作ってくれたことへの感謝を示す一方、歌手として夫婦で共演する可能性については否定的な考えを明かしました。
この発言は、2人が仕事の面でそれぞれの活動を大切にしていることを示すものです。少なくとも志穂美は、長渕の知名度に頼らず、自分自身の歌を届けることを目指しています。
また、2026年9月にはトレーニングに取り組む姿も報道されました。アクション女優として培った身体能力を生かし、70代に入っても体づくりを続けていることが話題になっています。
現在の志穂美は、かつての女優時代に戻るというよりも、花と音楽を軸にした新しい表現者として活動しているのです。
【プロの結論】長渕剛と志穂美悦子の夫婦関係を読み解く3つの視点
1. 共演から始まった関係は、長い年月を経て変化している2人の関係は1986年の共演から始まり、1987年の結婚、3人の子どもの子育て、そしてそれぞれの仕事の変化を経てきました。
志穂美は結婚後に芸能活動を休止し、家庭と長渕の音楽活動を支えてきました。しかし、子どもたちが独立した後は花創作家として活動を広げ、さらに60代最後の年にシャンソン歌手としてデビューしています。
こうした変化は、単なる芸能界への復帰ではありません。家庭を中心にしていた時期から、自分自身の表現活動を中心にする時期へと、人生の重心が変化したと見ることができます。
2. 役員辞任と別居報道は同じ問題ではない2025年の報道では、役員辞任と別居が一体の問題として取り上げられました。しかし、会社役員という立場を離れることと、夫婦としての婚姻関係を解消することは別の問題です。
志穂美は新しい活動に集中したいという趣旨の説明をしており、所属事務所も本人の意向を尊重した辞任だったと説明しています。
また、別居報道に対する本人の「行ったり来たり」という説明は、生活状況が単純ではないことを示しています。居住形態だけから夫婦の気持ちや今後の結論まで推測することはできません。
3. 2026年の志穂美は独立した表現者として歩んでいる2026年の活動を見ると、志穂美は花創作家としての経験を維持しながら、シャンソン歌手としても実績を積み上げています。
特に日本シャンソンコンクールで2年連続優秀賞を獲得したことは、単に著名人の妻という立場ではなく、歌手として評価されていることを示す具体的な実績です。
長渕との夫婦関係に注目が集まる一方で、志穂美自身のキャリアにも目を向ける必要があります。夫婦それぞれの活動と私生活を切り離して捉えることが、現在の2人を理解するうえで大切です。
【よくある質問】長渕剛と志穂美悦子の関係に関するFAQ
Q1:長渕剛と志穂美悦子はいつ結婚した?
A1:1987年8月です。1986年のTBSドラマ『親子ゲーム』で初共演し、その後、映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演しました。
Q2:長渕剛と志穂美悦子の子どもは何人?
A2:1女2男の合計3人です。2023年12月のテレビ出演時には、3人とも独立していることが紹介されました。
Q3:長渕剛と志穂美悦子は現在も夫婦なの?
A3:2026年11月時点で、離婚成立や離婚を正式発表した事実は確認されていません。2025年には所属事務所が離婚の話はないと回答し、2026年7月にも志穂美は長渕への感謝を語っています。ただし、現在の同居状況は公表されていません。
Q4:長渕剛と志穂美悦子の別居報道はいつ出た?
A4:2025年8月26日に週刊文春が報じました。報道では2023年末ごろから長渕が別のマンションを生活拠点にしていたとされています。志穂美は「行ったり来たり」と説明しています。
Q5:志穂美悦子が役員を辞任したのはいつ?
A5:報道によると2024年4月です。2025年8月の報道で明らかになり、本人も取締役を降りたことを認めています。本人は新しい活動に集中したいという趣旨を説明しました。
Q6:鬼無里まりとは誰?
A6:志穂美悦子が2024年6月にシャンソン歌手として活動を始めた際の芸名です。読み方は「きなさまり」。2024年と2025年の日本シャンソンコンクールで、2年連続優秀賞を受賞しています。
Q7:志穂美悦子は2026年現在、何をしている?
A7:花創作家・フラワーアーティストとしての活動を続けながら、鬼無里まり名義でシャンソンのライブやコンサートに出演しています。花の展示、文化講座などにも取り組んでいます。
Q8:長渕剛と志穂美悦子の共演作品は?
A8:代表的な共演作品は、1986年のTBSドラマ『親子ゲーム』と、同年公開の映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』です。特に『親子ゲーム』は2人の初共演作品として知られています。
長渕剛と志穂美悦子は、1986年のドラマ共演をきっかけに関係を深め、1987年に結婚しました。その後、3人の子どもを育て、長年にわたって夫婦として歩んできました。
2025年には別居報道と役員辞任が明らかになりました。志穂美は役員辞任を認めながら、新しい活動に集中したいという考えを説明し、所属事務所も本人の意向を尊重した辞任だったと回答しています。離婚についても事務所は否定しており、2026年11月現在、正式な離婚発表は確認されていません。
一方、志穂美は花創作家としての活動に加え、鬼無里まりとしてシャンソンの世界でも実績を積んでいます。2026年もソロライブやコンサートに出演し、独自の表現活動を続けています。
2人の関係を理解するうえで大切なのは、長年の結婚生活、2025年の報道、本人と事務所の説明、そして2026年の活動をそれぞれ分けて見ることです。別居報道だけで夫婦の結論を決めつけることはできません。
1987年の結婚から約40年。長渕剛と志穂美悦子の歩みは、夫婦としての歴史と、それぞれが自分の人生を切り開いていく姿の両面から注目され続けています。
主な確認資料: 松竹公式作品紹介、放送ライブラリー、日刊スポーツ、週刊文春、女性セブンプラス、志穂美悦子公式サイト、デイリースポーツの取材・報道を参照しています。