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入来祐作の現在はDeNA二軍コーチ!巨人・日本ハム時代から米国挑戦、指導歴と実績まで徹底解説

三国 颯真 三国 颯真 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
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2026年現在、入来祐作は横浜DeNAベイスターズの二軍チーフ投手戦術・育成コーチを務めている。巨人のドラフト1位としてプロ入りし、日本ハムへの移籍、米国でのメジャー挑戦、横浜での現役引退を経験。その後はソフトバンク、オリックスで投手コーチを歴任し、再びDeNAの指導者として横浜に戻ってきた。

現役時代には2001年に13勝を挙げ、セ・リーグ最高勝率のタイトルを獲得。NPB通算215試合登板、35勝35敗、防御率3.77という成績を残している。選手としての実績だけでなく、現役引退後に用具係や裏方の仕事を経験してから指導者へ転身した経歴も特徴的だ。

この記事では、入来祐作のプロフィール、PL学園・亜細亜大学時代から巨人、日本ハム、米国での挑戦、ソフトバンクやオリックスでのコーチ歴までを整理する。加えて、2026年現在のDeNAでの役割と、指導者としての実績を詳しく解説する。

【2026年最新】入来祐作の現在は横浜DeNAの二軍チーフ投手コーチ

入来祐作

入来祐作は2026年現在、横浜DeNAベイスターズの二軍チーフ投手戦術・育成コーチとして活動している。

日本野球機構(NPB)が公開する2026年度の監督・コーチ一覧にも、背番号88の入来祐作が二軍チーフ投手戦術・育成コーチとして掲載されている。

1972年8月13日生まれで、2026年11月現在は54歳。宮崎県出身の右投右打の元プロ野球投手だ。

現在のプロフィール
項目 内容
名前 入来祐作(いりき・ゆうさく)
生年月日 1972年8月13日
年齢 54歳
出身地 宮崎県
身長・体重 174cm・80kg
投打 右投右打
ドラフト 1996年ドラフト1位
背番号 88
所属 横浜DeNAベイスターズ
2026年の役職 二軍チーフ投手戦術・育成コーチ

出典:横浜DeNAベイスターズ公式選手名鑑、NPB公式2026年度監督・コーチ一覧。

二軍で担う役割とは?

現在の役職に含まれる「チーフ」「投手戦術」「育成」という言葉からも、単に投手の技術を教えるだけではない役割がうかがえる。

二軍は、一軍で活躍するための準備を進める場所である。若手投手の基礎づくり、実戦経験の積み重ね、課題の把握、投球内容の改善など、選手の成長を支える重要な現場だ。

入来は巨人、日本ハム、横浜での現役経験に加え、ソフトバンクとオリックスで複数年にわたる指導経験を積んできた。

そのため、異なる球団の育成環境を知るコーチとしての経験は、現在の役職を理解するうえで重要な要素となる。

DeNA公式プロフィールに表れた本人の思い

横浜DeNAベイスターズの公式プロフィールでは、自分にとってベイスターズとは何かという質問に対して、次のように答えている。

「生き甲斐である野球をやらせてくれる場所」

また、大切にしている言葉として「誠実、謙虚、継続、努力」を挙げている。

現役時代の経験を経て指導者となった現在も、野球に携わり続けることを大切にしている姿勢が伝わる。

【経歴・年表】PL学園から巨人、日本ハム、DeNAまでの歩み

入来祐作の野球人生は、学生時代、社会人野球、プロ入り、米国挑戦、指導者への転身という複数の転換点で構成されている。

PL学園から亜細亜大学、本田技研へ

入来は宮崎県で育ち、野球の名門として知られるPL学園高校へ進学した。

その後、亜細亜大学へ進み、卒業後は社会人野球の本田技研(現・Honda)に所属する。

高校、大学、社会人という段階を経て実力を磨き、1996年のドラフト会議で読売ジャイアンツから1位指名を受けた。

当時24歳。社会人野球で培った経験を武器に、プロ野球の世界へ入った。

巨人時代:2001年に最高勝率を獲得

1997年に巨人へ入団すると、1年目から57試合に登板。中継ぎ投手として一軍で存在感を示した。

その後、先発としても起用されるようになり、2001年には大きく飛躍する。

この年の成績は27試合登板、13勝4敗、防御率3.71。勝率は.765だった。

この数字によって、セ・リーグの最高勝率タイトルを獲得している。

特に注目したいのは、単なる中継ぎ投手から先発投手としても結果を残す存在へと役割を広げた点だ。

2002年も5勝を挙げ、防御率3.05を記録。巨人時代は、入来のプロ野球人生における最も重要な実績を築いた時期だった。

日本ハム時代:新天地での再出発

2003年オフ、入来は交換トレードで北海道日本ハムファイターズへ移籍した。

2004年は2勝4敗、防御率7.20と苦しいシーズンになったが、翌2005年には復調する。

2005年の成績は28試合登板、6勝7敗、防御率3.35。投球回も150回2/3に達した。

巨人時代とは異なる環境で再び先発投手として実績を残したことは、選手としての適応力を示すエピソードだ。

この時期の経験が、次の大きな決断につながっていく。

【NPB公式成績】入来祐作の現役時代を数字で振り返る

入来祐作の現役時代を振り返るうえで、最も重要な資料がNPB公式の個人年度別成績だ。

同記録によると、NPB通算成績は以下のとおり。

項目 通算成績
登板 215試合
勝利 35勝
敗戦 35敗
セーブ 3
投球回 781回1/3
奪三振 674
被安打 725
被本塁打 93
与四球 297
防御率 3.77
勝率 .500

出典:日本野球機構(NPB)個人年度別成績。2025年シーズン終了時の公式掲載記録。

年度別の主な成績

入来のキャリアを理解するうえで重要なのは、巨人時代の2001年と、日本ハムで復調した2005年だ。

- 1997年(巨人): 57試合登板、1勝6敗、防御率3.10。新人時代から中継ぎとして活躍。
- 1998年(巨人): 30試合登板、7勝2敗、防御率3.58。
- 2001年(巨人): 27試合登板、13勝4敗、防御率3.71、勝率.765。最高勝率を獲得。
- 2002年(巨人): 21試合登板、5勝4敗、防御率3.05。
- 2004年(日本ハム): 11試合登板、2勝4敗、防御率7.20。
- 2005年(日本ハム): 28試合登板、6勝7敗、防御率3.35。
- 2008年(横浜): 3試合登板、0勝0敗、防御率8.53。

成績から読み取れる入来の特徴

最初に、2001年の13勝はキャリアの大きな到達点だ。

162回1/3を投げて13勝を挙げ、勝率.765という高い数字を残した。先発投手としてシーズンを通じてチームに貢献したことが分かる。

一方、日本ハム時代の2005年には150回2/3を投げ、防御率3.35を記録している。

巨人時代だけでなく、移籍後にも一定の投球内容を維持した点は評価できる。

また、通算35勝35敗という数字だけを見ると平凡に感じるかもしれない。しかし、215試合登板、781回1/3という投球量や、2001年のタイトル獲得まで含めて考える必要がある。

入来は短期間だけ活躍した投手ではなく、複数の球団で一軍のマウンドを経験した投手だった。

【メジャー挑戦】日本ハム退団から米国での苦闘、横浜での引退

入来祐作の経歴で特に印象的なのが、2005年シーズン終了後の米国挑戦だ。

日本ハムでプレーした後、さらに高いレベルを目指して米国でのプレーを選択した。

2006年、ニューヨーク・メッツと契約

2006年、入来はニューヨーク・メッツと契約し、念願だったメジャーリーグへの挑戦を開始した。

ただし、メジャー契約を結んだことと、MLB公式戦に登板することは別の話だ。

入来はメジャー昇格を果たせず、米国のマイナーリーグでプレーすることになった。

2007年にも米国での挑戦を続けたが、最終的にメジャーリーガーとして公式戦のマウンドに立つことはできなかった。

この経験は、現役時代の入来を語る際に欠かせない転換点となっている。

2008年に横浜ベイスターズで日本球界復帰

米国での挑戦を終えた入来は、2008年に横浜ベイスターズへ加入した。

当時36歳。再び日本のプロ野球でプレーする機会を得たものの、登板は3試合にとどまり、シーズン終了後に現役生活を終えることになった。

NPB公式記録では、2008年の成績は3試合登板、防御率8.53となっている。

引退後はチームサポーターとして裏方を経験

入来の経歴で見落とされがちなのが、引退後の裏方経験だ。

横浜では2009~2010年にチームサポーターを務めた。

現役時代には選手としてマウンドに立っていたが、引退後はチームを支える側に回った。

2016年の東洋経済オンラインの取材記事では、引退直後にコーチやスカウトのオファーがなかったことや、現役時代の自身の姿勢を振り返った経験が紹介されている。

この時期は、後に指導者として活動する入来のキャリアを考えるうえで重要だ。

選手としての実績だけではなく、裏方の立場からチーム運営や選手を支える仕事を経験したことが、その後の指導者人生につながっていった。

【指導者歴】ソフトバンク・オリックスを経てDeNAへ

入来祐作の指導者としての経歴は、2015年に始まった。

現役時代に巨人、日本ハム、横浜でプレーした経験を持ち、その後はソフトバンクとオリックスという異なる球団で投手コーチを務めている。

ソフトバンク時代:三軍・二軍で投手育成に携わる

2015年、入来は福岡ソフトバンクホークスの三軍投手コーチに就任した。

その後の担当は次のとおり。

- 2015年:三軍投手コーチ
- 2016年:二軍投手コーチ
- 2017年:三軍投手コーチ
- 2018年:三軍投手コーチ
- 2019年:三軍投手コーチ

ソフトバンクでは、特に三軍での投手育成に携わった期間が長い。

三軍は育成選手や若手選手が実戦経験を積み、支配下登録や一軍昇格を目指すための重要な場所だ。

この経験は、現在のDeNAで二軍の投手育成に関わる仕事にも通じるものがある。

オリックス時代:2021~2023年に投手コーチ

ソフトバンクを離れた後、2021年にオリックス・バファローズの投手コーチに就任。

2023年までの3年間、オリックスの投手陣を指導した。

オリックス時代は、現役時代の経験に加え、ソフトバンクで積み重ねた育成指導の経験を生かす時期となった。

複数の球団で指導を経験したことにより、異なるチーム方針や選手構成に対応する経験を積んだと考えられる。

2024年、横浜DeNAに復帰

2023年10月30日、横浜DeNAベイスターズは入来との2024年シーズンのコーチ契約を正式発表した。

就任時の役職は二軍チーフ投手コーチだった。

これにより、選手としてプレーした横浜の地に、今度は指導者として戻ることになった。

2026年現在は、役職名が二軍チーフ投手戦術・育成コーチとなっている。

入来祐作の指導者歴・年表
年 球団 役職・活動
2008年 横浜 現役最終年
2009~2010年 横浜 チームサポーター
2015年 ソフトバンク 三軍投手コーチ
2016年 ソフトバンク 二軍投手コーチ
2017~2019年 ソフトバンク 三軍投手コーチ
2021~2023年 オリックス 投手コーチ
2024年 横浜DeNA 二軍チーフ投手コーチ
2026年 横浜DeNA 二軍チーフ投手戦術・育成コーチ

出典:横浜DeNAベイスターズの2024年コーチ契約発表、公式選手名鑑、オリックス球団発表。

【プロの結論】入来祐作の評価は現役実績だけでなく育成経験にもある

入来祐作を評価する際、現役時代の数字だけに注目すると、その後のキャリアの重要な部分を見落としてしまう。

確かに、2001年の最高勝率獲得は大きな実績だ。しかし、2026年現在の入来を理解するには、引退後の裏方経験と、ソフトバンク、オリックス、DeNAで積み重ねてきた指導経験を合わせて見る必要がある。

評価ポイント1:現役時代に複数の役割を経験

巨人時代には中継ぎと先発の両方を経験し、日本ハムでも先発として一定の投球回数を記録した。

投手として異なる役割を経験していることは、指導者として選手の状況を理解する際の強みになり得る。

評価ポイント2:三軍から二軍まで育成現場を経験

ソフトバンク時代の三軍投手コーチ、二軍投手コーチとしての経験は、入来の指導者キャリアにおける大きな特徴だ。

すでに実績を残している一軍投手だけでなく、これから成長する若手や育成選手と接してきた。

現在のDeNAで二軍チーフ投手戦術・育成コーチを務めていることを考えても、こうした経験は重要な背景となる。

評価ポイント3:2024年のDeNAでの経験

DeNA公式プロフィールでは、入来自身がベイスターズに入ってからの思い出として、2024年のファームと一軍の両軍日本一を挙げている。

これは本人が特に印象に残る出来事として選んだ実績だ。

ただし、チームの優勝を特定のコーチ一人の成果として捉えるのは適切ではない。選手、監督、コーチ、球団スタッフが積み重ねた結果である。

そのなかで、投手育成を担当する入来がどのように選手を支えているかが、今後の評価につながっていく。

現在の評判と実績を判断するポイント

入来の現在の仕事を評価するなら、次の3点に注目したい。

1. 二軍投手が一軍で通用する投球を身につけているか。
2. 若手や育成選手が継続的に成長しているか。
3. チームの投手育成方針と現場の指導が連動しているか。

コーチの仕事は、本人の勝敗数やタイトルだけで評価できるものではない。

選手の成長や一軍への戦力供給という、時間をかけて現れる成果も重要になる。

入来の場合、現役時代の経験、米国での挑戦、裏方としての経験、複数球団での指導歴が重なっている点に特徴がある。

【よくある質問】入来祐作に関するFAQ

Q1:入来祐作は2026年現在、何をしている?

A1:横浜DeNAベイスターズの二軍チーフ投手戦術・育成コーチを務めている。背番号は88。NPBの2026年度監督・コーチ一覧にも掲載されている。

Q2:入来祐作の現役時代の通算成績は?

A2:NPB通算215試合登板、35勝35敗3セーブ、674奪三振、防御率3.77。2001年には巨人で13勝を挙げ、最高勝率.765を記録した。

Q3:入来祐作はメジャーリーグでプレーした?

A3:2006年にニューヨーク・メッツと契約して米国に渡ったが、メジャー公式戦への昇格・登板は実現しなかった。米マイナーリーグで挑戦を続けた経験を持つ。

Q4:入来祐作はソフトバンクやオリックスでもコーチをしていた?

A4:はい。ソフトバンクでは2015~2019年に三軍・二軍投手コーチを務め、2021~2023年にはオリックスで投手コーチを担当した。2024年からはDeNAに所属している。

Q5:入来祐作の出身高校と大学は?

A5:PL学園高校、亜細亜大学を経て、社会人野球の本田技研に進んだ。その後、1996年のドラフト1位で巨人に入団した。

入来祐作は、巨人で2001年に最高勝率を獲得し、日本ハムでも先発投手として活躍した元プロ野球選手だ。

その後、メジャーリーグを目指して米国へ渡り、横浜で現役生活を終えた。引退後にはチームサポーターとして裏方を経験し、ソフトバンク、オリックスで投手コーチを歴任。2024年に古巣の横浜DeNAへ指導者として戻った。

そして2026年現在は、二軍チーフ投手戦術・育成コーチとして若手投手の育成に携わっている。

入来のキャリアで興味深いのは、選手としての成功だけでなく、米国での挑戦、現役引退後の苦労、裏方経験を経て指導者として再出発したことだ。

2001年の最高勝率は現役時代の象徴的な実績であり、2026年の二軍コーチという立場は、その後の野球人生で積み重ねた経験の現在地である。

今後はDeNAの若手投手がどのように成長し、一軍で活躍する選手へと羽ばたいていくのか。その育成を支える入来祐作の仕事にも注目したい。

主な事実確認資料: 横浜DeNAベイスターズ公式選手名鑑・2024年コーチ契約発表、NPB公式個人年度別成績・2026年度監督コーチ一覧、東洋経済オンラインの2016年取材記事。

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コンテンツディレクター 三国 颯真
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