近賀ゆかりさんの現在の肩書は、なでしこジャパン(日本女子代表)のコーチです。
JFAは2026年5月18日、近賀さんのコーチ就任を正式発表しました。これに伴い、サンフレッチェ広島レジーナのアンバサダー職は同年5月14日付で退任しています。
引退後の活動は、次のように段階を踏んで広がりました。
- 2025年4月:サンフレッチェ広島レジーナが現役引退を発表
- 2025年6月:サンフレッチェ広島レジーナのアンバサダーに就任
- 2025年8月:JFAロールモデルコーチに女性として初めて就任
- 2025年9月:U-16日本女子代表の活動に参加
- 2026年5月14日:レジーナのアンバサダーを退任
- 2026年5月18日:なでしこジャパンのコーチに就任
注目したいのは、近賀さん自身がコーチの役割について語った内容です。
選手たちを成長させるという立場よりも、狩野倫久監督をはじめ、選手、コーチングスタッフ、チームスタッフとともに、世界一という目標に向かって課題に向き合い、それぞれの持つ力や日本の良さ・強さを最大限に引き出していけるような役割を担っていきたい
出典:日本サッカー協会「なでしこジャパンコーチ就任発表」2026年5月18日
このコメントから読み取れるのは、近賀さんが自分の経験を一方的に教えるのではなく、選手やスタッフと協力してチームの力を引き出すことを重視している点です。
2011年の世界一を経験した選手が、今度は指導者として世界一を目指すチームに加わる。そのキャリアの転換は、2027年女子ワールドカップを見据えたなでしこジャパンにとっても注目すべき動きです。
【引退理由を検証】近賀ゆかりが2025年に現役生活を終えた経緯

近賀ゆかりさんが現役引退を発表したのは、2025年4月8日です。所属していたサンフレッチェ広島レジーナが、2024-25シーズンをもって退くことを公表しました。
ただし、引退の理由を単純に年齢やけがだけで説明することはできません。2025年5月20日の引退会見で、本人が決断までの過程を詳しく明かしています。
引退を決意したのはシーズン開幕時近賀さんによると、引退を決めたのは2024-25シーズンが始まるタイミングでした。
前年のシーズンにはメンバーから外れたり、試合に出られなかったりする時期がありました。そのため、最後のシーズンは試合に出場し、自分のプレーをピッチで見せて終わりたいという思いを持って臨んでいました。
実際にスタメンで出場する機会もあり、サッカーをプレーする楽しさを改めて感じたものの、引退するという気持ちは変わらなかったそうです。
前十字靱帯断裂も引退の決定を変えなかった2024年10月には、前十字靱帯断裂という大きなけがを経験しました。復帰できるかどうかも不透明な状況で、リハビリに取り組むことになります。
けがをきっかけに現役を続けたいという気持ちが再び生まれる可能性も考えていたそうですが、実際には引退の決意は揺らぎませんでした。
2025年5月20日の会見では、引退について次のように振り返っています。
大きなきっかけは全くないです。自然に(引退の時期が)来て、こういう時に引退するんだなと思いました。
出典:サンフレッチェ広島レジーナ「近賀ゆかり選手 現役引退会見」2025年5月20日
つまり、前十字靱帯断裂だけが引退の原因だったわけではありません。長い選手生活の中で、自分自身が次のステージへ進む時期を自然に感じていたことが大きかったと考えられます。
最後の試合ではゴールも記録近賀さんの現役最後の試合は、2025年5月17日のアルビレックス新潟レディース戦でした。引退会見では、この試合でゴールを決められたことについても語っています。
ゴールを決めることができたのは本人にとっても予想外だったようで、これまで一緒にプレーしてきた仲間や支えてくれた人たちへの感謝を口にしました。
2025年5月4日にはホーム最終戦で引退セレモニーも実施され、広島で現役生活を終えることへの思いを伝えています。
【プロフィール・選手歴】近賀ゆかりのサッカー人生を年表で整理
近賀ゆかりさんは1984年5月2日生まれ、神奈川県出身です。2026年11月現在は42歳。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)で、主にサイドバックとしてプレーしてきました。
日本国内だけでなく、イングランド、オーストラリア、中国でもプレーした国際経験豊かな選手です。
近賀ゆかりの基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 近賀ゆかり(きんが・ゆかり) |
| 英語表記 | KINGA Yukari |
| 生年月日 | 1984年5月2日 |
| 年齢 | 42歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 身長 | 161cm |
| 現役時代の体重 | 51kg |
| 現役時代のポジション | DF |
| 日本代表 | 100試合出場・5得点 |
| 現在の役職 | なでしこジャパンコーチ |
JFAの公式プロフィールに掲載されている選手歴を中心に、キャリアの流れをまとめました。
| 年代 | 所属・活動 | 主な意味 |
|---|---|---|
| 1997~1999年 | 横須賀シーガルズFC | 育成年代 |
| 2000~2002年 | 湘南学院高校 | 高校サッカー |
| 2003~2010年 | 日テレ・ベレーザ | 国内での選手キャリアを確立 |
| 2011~2013年 | INAC神戸レオネッサ | 日本代表として世界大会に出場 |
| 2014年 | アーセナル・レディースFC | イングランドに海外移籍 |
| 2015~2016年 | INAC神戸レオネッサ | 国内復帰 |
| 2016~2020年 | 海外クラブ・オルカ鴨川FCなど | 豪州・中国・日本でプレー |
| 2021~2025年 | サンフレッチェ広島レジーナ | WEリーグでプレー、現役引退 |
| 2025年~ | JFAロールモデルコーチ | 指導者として活動 |
| 2026年5月~ | なでしこジャパンコーチ | 日本女子代表の指導に参加 |
2003年に日テレ・ベレーザで本格的な選手キャリアをスタートさせた近賀さん。2010年まで在籍し、日本の女子サッカー界で経験を積みました。
その後、2011年にINAC神戸レオネッサへ移籍。国内の強豪クラブでプレーしながら、なでしこジャパンの中心的な選手として国際舞台でも活躍しました。
アーセナルへの海外移籍2014年にはイングランドのアーセナル・レディースFCへ移籍しました。
アーセナルは世界的に知られるクラブであり、海外のサッカー環境でプレーした経験は、近賀さんのキャリアにおける重要な転換点です。
その後もオーストラリアのキャンベラ・ユナイテッドFCやメルボルン・シティWFC、中国の杭州女子倶楽部など複数のクラブでプレーしました。
国内外を行き来した経験は、異なるサッカー文化や戦術を知る機会にもなっています。現在の指導者としての視野にもつながる経歴です。
【日本代表100試合】2011年W杯優勝とロンドン五輪銀メダルの実績
近賀ゆかりさんの選手時代を語るうえで欠かせないのが、日本女子代表としての実績です。
JFAの公式プロフィールによると、代表活動期間は2004年から2016年。国際Aマッチで100試合出場、5得点を記録しています。
とりわけ、2011年の女子ワールドカップ優勝と2012年ロンドンオリンピック銀メダルは、日本女子サッカーの歴史に残る大きな成果です。
2011年女子ワールドカップで世界一に2011年、ドイツで開催されたFIFA女子ワールドカップで、日本代表は初優勝を達成しました。
東日本大震災が発生した年でもあり、日本国内に大きな感動をもたらした大会です。近賀さんも優勝メンバーの一人として、この歴史的な結果に貢献しました。
この大会での経験は、選手としてだけでなく、将来指導者になるうえでも大きな財産になっているはずです。
2012年ロンドンオリンピックで銀メダル翌2012年のロンドンオリンピックでも、日本女子代表は決勝に進出。アメリカとの決勝戦で敗れたものの、銀メダルを獲得しました。
ワールドカップ優勝に続いてオリンピックでもメダルを獲得したことは、当時のなでしこジャパンの実力を示す象徴的な出来事でした。
2015年女子ワールドカップでも準優勝近賀さんの国際大会での実績は2011年だけではありません。
2015年のカナダ大会でも日本代表は決勝に進出し、準優勝。2014年のAFC女子アジアカップでも優勝を経験しています。
主要国際大会で長期間にわたり結果を残したことが、日本代表100試合出場という数字の背景にあります。
| 大会 | 年 | 日本代表の成績 |
|---|---|---|
| 女子ワールドカップ・ドイツ | 2011年 | |
| ロンドンオリンピック | 2012年 | |
| 女子ワールドカップ・カナダ | 2015年 | 準優勝 |
| AFC女子アジアカップ・ベトナム | 2014年 | 優勝 |
| 北京オリンピック | 2008年 | 4位 |
【結婚・夫・家族】近賀ゆかりは結婚している?
近賀ゆかりさんについて検索すると、結婚や夫、家族に関する情報を探している人も少なくありません。
しかし、JFAや所属クラブが公開しているプロフィールには、結婚相手や家族構成の詳細は掲載されていません。本人から配偶者についての正式な公表も確認できません。
そのため、結婚している、あるいは独身であると断定できる状況ではありません。
引退会見では「パートナー」に言及興味深いのは、2025年5月20日の現役引退会見です。
引退を決断するにあたり、誰かに相談したのかという質問に対して、近賀さんはパートナーに自分の思いを伝えたと説明しています。その際、パートナーからは引退することについて肯定的な反応があったと明かしました。
ただし、この会見ではパートナーの氏名や性別、婚姻関係については説明されていません。
子供や家族構成については?子供の有無や家族構成についても、本人やJFA、所属クラブから具体的な公表は確認できません。
近賀さんの場合、公開されている情報の中心はサッカー選手としての実績と指導者としての活動です。結婚や家庭に関する情報を、本人が明かしていない範囲まで推測する必要はありません。
現時点で整理できるのは、引退会見でパートナーの存在に言及したことと、結婚相手や家族構成の詳細は公表されていないという2点です。
【指導者としての実力】JFAロールモデルコーチとAジェネラルライセンス
近賀ゆかりさんの引退後のキャリアで特に注目したいのが、指導者としての準備を現役時代から進めていたことです。
JFAの2026年5月18日付プロフィールでは、C級、B級に続き、Aジェネラルライセンスの取得も記載されています。
女性初のJFAロールモデルコーチに就任2025年8月20日、JFAは近賀さんを女性初のロールモデルコーチとして迎えると発表しました。
この役職では、アンダーカテゴリーの日本女子代表チームや、若年層の強化・普及活動などに携わります。
引退したばかりの元代表選手が、現役時代に培った経験を若い選手に伝えるという役割です。
指導者ライセンスの取得歴| 年 | 資格・活動 |
|---|---|
| 2018年 | JFA C級コーチライセンス |
| 2022年 | JFA B級コーチライセンス |
| 2025年 | 女性初のJFAロールモデルコーチに就任 |
| 2026年 | JFA Aジェネラルライセンス(JFA公式プロフィール記載) |
JFAが2026年1月15日に公開したインタビューで、近賀さんは指導者を目指した理由について、セカンドキャリアを考えた際に必要だと感じたことを説明しています。
長く選手を続けてきたからこそ、次のステップについても同時に考えていたそうです。
また、指導者講習会で学ぶこと自体に面白さを感じ、選手としてプレーしているだけでは見えなかったサッカーの全体像にも興味を持ったと語っています。
特にAジェネラルの講習では、個人戦術だけでなく、チーム戦術やマネジメントなど、チーム全体を動かすための考え方を学んだことが印象に残ったといいます。
近賀ゆかりが目指す指導者像JFAのインタビューでは、近賀さんは自分の指導スタイルについて、選手の特長を把握し、その良さがチームのプラスになるよう導きたいという考えを示しています。
これは、長年サイドバックとしてプレーし、さまざまなチームや監督のもとで経験を積んできた近賀さんらしい考え方です。
指導者として重要なのは、選手の弱点を指摘するだけではありません。それぞれが持つ能力を理解し、チーム全体の強さに変えていくことです。
2011年の世界一を知る選手であり、海外クラブでもプレーした近賀さんの経験は、若い世代にとって貴重な学びになるでしょう。
【よくある質問】近賀ゆかりに関するFAQ
Q1:近賀ゆかりは現在何をしていますか?
A1:2026年11月現在、なでしこジャパン(日本女子代表)のコーチを務めています。2025年には女性初のJFAロールモデルコーチに就任し、若い世代の育成にも携わりました。
Q2:近賀ゆかりが現役を引退したのはいつですか?
A2:2025年の2024-25シーズン終了をもって現役を引退しました。引退発表は2025年4月8日、引退会見は同年5月20日です。
Q3:近賀ゆかりの引退理由はけがですか?
A3:2024年10月に前十字靱帯断裂を経験しましたが、本人は引退を決めた大きなきっかけはなく、自然にその時期が来たと説明しています。けがだけが理由ではありません。
Q4:近賀ゆかりは結婚していますか?
A4:結婚や夫についての正式な公表は確認できません。2025年の引退会見ではパートナーの存在に言及していますが、婚姻関係などの詳細は明かされていません。
Q5:近賀ゆかりの日本代表での成績は?
A5:2004年から2016年まで日本女子代表として活動し、国際Aマッチ100試合出場5得点を記録しています。2011年女子ワールドカップ優勝、2012年ロンドンオリンピック銀メダルも主な実績です。
Q6:近賀ゆかりはアーセナルに所属していましたか?
A6:はい。2014年にイングランドのアーセナル・レディースFCでプレーしました。そのほか、日テレ・ベレーザ、INAC神戸レオネッサ、オーストラリアや中国のクラブにも所属しています。
Q7:近賀ゆかりは指導者資格を持っていますか?
A7:はい。JFA公式プロフィールには、2018年のC級、2022年のB級、2026年のAジェネラルライセンス取得が記載されています。
【プロの結論】近賀ゆかりのキャリアは選手から指導者へ新たな段階に
近賀ゆかりさんのキャリアを振り返ると、日テレ・ベレーザでのプロ生活から始まり、INAC神戸レオネッサ、アーセナル、オーストラリアや中国のクラブを経て、サンフレッチェ広島レジーナで現役生活を終えるまで、国内外で長く活躍してきたことが分かります。
日本代表として100試合に出場し、2011年女子ワールドカップ優勝と2012年ロンドンオリンピック銀メダルを経験したことも大きな功績です。
そして2025年の引退後は、女性初のJFAロールモデルコーチに就任。指導者資格の取得にも取り組み、2026年5月には、なでしこジャパンのコーチという新しい役割を担うことになりました。
特に注目したいのは、引退後に指導者を目指し始めたのではなく、現役時代からセカンドキャリアを見据えて学び続けていたことです。20年以上の競技経験を次の世代に還元する姿勢は、女子サッカー界にとっても意味のある取り組みです。
今後は、2011年に世界一を経験した近賀さんが、どのように若い選手を育て、なでしこジャパンの強化に貢献していくのかが注目されます。選手として築いた実績を、指導者としてどのような成果につなげるのか。近賀ゆかりさんの第2のサッカー人生は、すでに新しいステージへ進んでいます。
主な参考資料:日本サッカー協会(JFA)公式プロフィール・代表コーチ就任発表・ロールモデルコーチ契約発表・指導者インタビュー、サンフレッチェ広島レジーナ公式の引退発表・引退会見・アンバサダー退任発表。