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【ずうとるびメンバー5人】結成時の4人から池田善彦加入後までを整理

木原田 七海 木原田 七海 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
目次

ずうとるびのメンバーを理解するうえで、まず押さえておきたいのが、結成時の4人と、その後の5人体制はメンバー構成が異なるという点です。

結成時のメンバーは、山田隆夫、新井康弘、今村良樹、江藤博利。1977年に山田が卒業し、一般公募によって池田善彦が加入しました。

ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式プロフィールに掲載されている生年月日と担当楽器をもとに、2026年11月4日時点のプロフィールをまとめました。

メンバー 生年月日・年齢 担当楽器・役割 山田隆夫 1956年8月23日・70歳 サイドギター・ボーカル、初代リーダー 新井康弘 1956年12月5日・69歳 ドラムス・ボーカル 今村良樹 1957年9月19日・69歳 ベースギター・ボーカル 江藤博利 1958年9月5日・68歳 リードギター・ボーカル 池田善彦 1959年2月10日・67歳 サイドギター・ボーカル

年齢は2026年11月4日現在。担当楽器は公式プロフィールおよびメンバー紹介資料に基づく。

山田隆夫:結成を主導した初代リーダー

山田隆夫は、ずうとるびの結成を中心となって進めた人物です。

『笑点』の「ちびっこ大喜利」で座布団10枚を獲得し、レコードデビューの権利を得たことがグループ誕生のきっかけになりました。

デビュー曲「透明人間」の作詞・作曲にも携わり、音楽面でも中心的な役割を担いました。

1977年の脱退後はタレントとして活動。1984年10月からは『笑点』の6代目座布団運びを担当しています。

新井康弘:俳優としても知られるドラム担当

新井康弘は、ドラムとボーカルを担当したメンバーです。

ずうとるびの活動と並行して俳優としてのキャリアを築き、ドラマ『岸辺のアルバム』や『大好き!五つ子』シリーズなどに出演しました。

特に『大好き!五つ子』シリーズのお父さん役は、幅広い世代に知られる代表的な出演作です。

山田脱退後はグループの2代目リーダーを務めました。

今村良樹:ベーシストから放送作家へ

今村良樹は、ベースギターとボーカルを担当しました。

グループ解散後は放送作家としての道を歩み、テレビ番組の構成などに携わってきました。

音楽以外にも絵や紙芝居などの表現活動に関心を持ち、異なるジャンルで才能を発揮してきた人物です。

江藤博利:グループの人気を支えたリードギター担当

江藤博利は、リードギターとボーカルを担当しました。

歌やダンスだけでなく、バラエティーでの表現力にも優れ、ずうとるびのコミカルな魅力を支えました。

グループ解散後は俳優、タレント、司会、リポーターなど幅広い仕事を経験。自身が座長を務める「昭和歌謡コメディ」でも活動しています。

池田善彦:1977年に加入した5人目のメンバー

池田善彦は、山田隆夫の脱退後に一般公募で選ばれたメンバーです。

サイドギターとボーカルを担当し、新生ずうとるびの一員として活動しました。

加入後の最初のシングルは「青春のひらめき」。俳優としても活動し、解散後も音楽との関わりを続けています。

このように、5人全員を同じ時期のメンバーとして捉えるのではなく、1974年からの4人と1977年以降の5人という2つの時代に分けると、グループの歴史が理解しやすくなります。

【結成秘話】ずうとるびは『笑点』のちびっこ大喜利から誕生した

ずうとるびメンバー

ずうとるびの誕生は、一般的な芸能事務所主導のアイドルグループ結成とは少し異なります。

その出発点は、日本テレビ系の長寿番組『笑点』でした。

1969年から始まった「ちびっこ大喜利」

1969年、日本テレビの『笑点』で「ちびっこ大喜利」が始まりました。

山田隆夫は初回からのレギュラー出演者で、後に新井康弘、江藤博利、今村良樹も加わりました。

日本テレビの公式番組史では、1973年2月17日に、4人で結成されたずうとるびのデビューが記録されています。

山田が獲得した座布団10枚のご褒美として、レコードデビューの機会を得たことが、グループ誕生につながりました。

つまり、テレビの子ども向け企画から実際のレコードデビューへ発展した、当時としてもユニークな経歴を持つグループなのです。

1974年2月10日「透明人間」でレコードデビュー

1974年2月10日、ずうとるびはシングル「透明人間」をエレックレコードから発売しました。

デビュー曲は山田隆夫が作詞・作曲を担当したフォーク調の楽曲です。

その後、2枚目の「恋のパピプペポ」からアイドル歌謡路線へと方向を変えました。

そして、同年11月に発売された3枚目のシングルが、代表曲として知られる「みかん色の恋」です。

「みかん色の恋」が人気を押し上げた

「みかん色の恋」は、ずうとるびを代表するヒット曲となりました。

親しみやすいメロディーと、メンバーの明るいキャラクターが組み合わさり、若い世代を中心に人気を集めました。

1975年にはテレビのレギュラー番組を週7本持つほどの人気を獲得。同年末には「初恋の絵日記」でNHK紅白歌合戦にも出場しました。

ここで注目したいのは、ずうとるびが単なる歌手グループではなかったことです。

『笑点』で培った話芸やコミカルな表現力を持ち込み、歌番組とバラエティー番組の両方で存在感を示しました。

この複合的な魅力こそが、当時のアイドルグループとの差別化につながった背景です。

【山田隆夫の脱退と池田善彦の加入】1977年に何が起きた?

ずうとるびの歴史における大きな転換点が、1977年の山田隆夫の脱退です。

当時の公式な説明では婚約発表を機にした卒業とされていますが、本人のインタビューでは、音楽性の違いも重要な背景として語られています。

山田隆夫が脱退した本当の理由

ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式年譜によると、山田は1977年4月に婚約発表を機にグループからの卒業を表明しました。

しかし、女性自身のインタビューでは、山田本人が当時のメンバー間に音楽的な方向性の違いがあったことを振り返っています。

山田が目指していたのは、笑いやコミカルな要素を取り入れたグループでした。

一方、ほかのメンバーは歌って踊れるアイドル路線を志向していたといいます。

つまり、単に結婚するために辞めたという説明だけでは、脱退の背景を十分に理解できません。

婚約という表向きの節目に加え、音楽的な方向性の違いが脱退の大きな要因になったと考えられます。

池田善彦は一般公募で選ばれた

山田の脱退後、ずうとるびは新メンバーを一般公募しました。

その結果、1977年6月に池田善彦の加入が決定します。

池田は新生ずうとるびの一員として、同年10月発売の「青春のひらめき」で新体制のスタートを切りました。

この加入によって、ずうとるびは山田を含む元祖4人組から、池田を加えた5人のグループへと変化しました。

山田は2020年の再結成で復帰しますが、1977年から1982年までの活動を担ったのは、池田を含む5人のメンバーでした。

山田の脱退はグループにどのような影響を与えた?

山田は単なるメンバーの一人ではありませんでした。

グループ結成の中心人物であり、楽曲制作にも関わっていたため、脱退は音楽面でも大きな変化を意味しました。

一方、残ったメンバーは池田を迎え、新しい体制で活動を継続します。

この時期のずうとるびを理解するには、山田在籍時代と池田加入後を区別することが欠かせません。

【解散理由と再結成の経緯】1982年から2020年までの空白

山田の脱退後も活動を続けたずうとるびですが、1982年3月に解散します。

その後、約38年の時間を経て2020年に5人で再結成しました。

ここでは、解散から復活までの経緯を整理します。

1982年3月17日、渋谷で解散コンサート

ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式年譜によると、ずうとるびは1982年3月17日、渋谷エピキュラスホールでのコンサートをもって解散しました。

最後のシングルは1980年2月発売の「マルガリータ」です。

1980年代に入ると、メンバーそれぞれの個人活動も増え、グループとしての音楽活動は次第に一区切りを迎えます。

解散理由については、公式年譜に単独の決定的な理由が記載されているわけではありません。

メンバーの進路や個人活動への移行、グループとしての活動状況の変化など、複数の事情が重なった時期と捉えるのが自然です。

今村のアメリカ留学も、当時の転機の一つとして紹介されています。

2020年、38年ぶりに5人が再集結

2020年の再結成には、江藤博利と新井康弘の存在が大きく関わりました。

ENCOUNTの山田隆夫インタビューによると、きっかけは江藤が座長を務める舞台「昭和歌謡コメディ」での共演でした。

江藤と新井が打ち合わせ後に飲んでいた際、山田に電話をかけて5人で再び活動しようと持ちかけたのです。

山田もこれに応じ、話は具体化していきました。

2020年2月9日には、神奈川県の東名厚木健康センターで5人による復活ライブが開催されました。

これは、山田の脱退後に加入した池田も含めた、5人全員での再結集でした。

コロナ禍を乗り越えて2021年に新曲を発売

再結成直後、グループは新たな活動を計画していました。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によってライブやイベントが中止となり、活動は思うように進みませんでした。

2021年4月のデイリースポーツの取材では、再結成後に実施できたライブはわずか3回だったことが伝えられています。

それでも5人は活動を再開し、2021年7月21日に新曲を発売しました。

作品名は「SAIKAI~ああ麗しのみかん色~」。

1980年の「マルガリータ」以来、41年ぶりの新シングルとなりました。

カップリングには「娘ドロボウ」を収録。過去のヒット曲「みかん色の恋」を想起させるタイトルも、再結成を象徴するものでした。

2024年の50周年と活動休止の発表

2024年は、ずうとるびにとってデビュー50周年の節目でした。

同年6月に放送されたBSフジの「昭和歌謡パレード」では、活動休止についてメンバーが説明しています。

江藤は、50周年という区切りを迎えたため、いったん活動を休止するという趣旨を語りました。

また、今村も、もう一度体制を立て直せるなら将来的に活動する可能性に触れています。

この説明から分かるのは、当時の活動休止が必ずしもメンバー間の決裂や永久解散を意味するものではなかったということです。

そして、実際には2025年3月16日の新宿でのライブをもってグループ活動を休止しました。

【ずうとるびメンバーの現在】5人は今何をしている?

2026年現在、ずうとるびのメンバーは、それぞれの芸能活動や音楽活動を続けています。

グループとしての活動休止と、個人としての活動は別に考える必要があります。

山田隆夫の現在:『笑点』の座布団運びを継続


山田隆夫(70歳)

主な活動:タレント、講演、イベント出演、『笑点』座布団運び

山田隆夫の現在を語るうえで欠かせないのが、日本テレビ系『笑点』です。

1984年10月7日に座布団運び役に就任し、長年にわたって番組を支えてきました。

本人の公式サイトによると、2026年10月には座布団運び43年目に突入しています。

また、青年藝術家協会の会長としての活動や、講演会、バラエティーショーなどにも取り組んでいます。

2025年2月18日にはNHK「うたコン」にずうとるびのオリジナルメンバー4人で出演し、「みかん色の恋」を披露しました。

山田は現在も、ずうとるびの歴史と『笑点』をつなぐ存在です。

新井康弘の現在:俳優業と音楽活動を両立


新井康弘(69歳)

主な活動:俳優、ドラマ、舞台、ドラム、音楽ライブ

新井康弘は、ずうとるび解散後も俳優として活動を続けてきました。

代表作の一つがTBSの『大好き!五つ子』シリーズです。

2026年にはTBSドラマ『終のひと』にも出演。俳優として現在も映像作品に関わっています。

また、2026年12月5日には、ずうとるび関連のファンミーティングとアコースティックライブへの出演が予定されています。

この日は新井の70歳の誕生日でもあり、公式イベントは古希を祝う企画として案内されています。

今村良樹の現在:放送作家としての経験とイベント活動


今村良樹(69歳)

主な活動:放送作家、音楽活動、イベント出演

今村良樹は、ずうとるび解散後に放送作家としてのキャリアを築きました。

音楽活動だけにとどまらず、芸術や表現活動にも関わってきた人物です。

ずうとるびの公式サイトでは、2026年5月3日のSSLINEライブや、9月19日の東京でのバースデーシネマサロンのイベント情報が掲載されていました。

グループ活動休止後も、自身の活動を通してファンとの接点を持ち続けています。

江藤博利の現在:昭和歌謡コメディとソロイベント


江藤博利(68歳)

主な活動:俳優、タレント、司会、舞台、歌手活動

江藤博利は、グループ解散後も芸能活動を続けてきたメンバーです。

特に注目したいのが、自身が座長を務める「昭和歌謡コメディ」です。

芝居と歌謡ショーを組み合わせた公演を展開しており、歌手としての経験とバラエティーで培った表現力を生かしています。

2026年も公式サイトで個人イベントを継続的に告知しています。

加えて、2026年11月28日には兵庫・大阪でのイベント、12月16日には東京での昭和歌謡スペシャルライブが案内されています。

池田善彦の現在:IKECLOなど音楽活動を継続


池田善彦(67歳)

主な活動:ギター、ボーカル、ライブ活動

池田善彦は、1977年の加入から1982年の解散まで、新生ずうとるびを支えたメンバーです。

解散後は俳優としても活動し、過去の報道では都内でバーを経営していたことも紹介されました。

近年は音楽活動も続けており、公式イベント情報では「IKECLO」のメンバーとしての出演が確認できます。

2026年10月18日には新井康弘らとのライブが告知され、12月5日の東京イベントにも出演予定です。

池田は、山田の脱退後に加入したメンバーでありながら、2020年の再結成にも参加した、ずうとるびの歴史をつなぐ重要な存在です。

【2026年最新】ずうとるびの公式ライブ・イベント情報

2026年11月4日現在

ずうとるびの現在を調べる際に、最も注意したいのが「グループ活動休止」と「メンバーが出演する関連イベント」の違いです。

公式サイトには、2025年3月16日の新宿ライブをもってグループ活動を休止したと明記されています。

一方、2026年にもメンバーが参加するライブやファンミーティングが開催・告知されています。

2026年12月5日、東京でファンミーティングとアコースティックライブ

2026年9月29日に掲載された公式発表によると、12月5日に東京でファンミーティングとアコースティックライブが予定されています。



開催予定
ずうとるび ファンミーティング&アコースティックライブ in 東京

2026年12月5日(土)


会場:TOGI BAR(東京都渋谷区本町)

出演者

- 新井康弘
- 江藤博利
- 池田善彦
- サポート:黒住和男

ファンミーティング

12:30


7,000円

開場12:00・開演12:30

アコースティックライブ

16:45


8,000円

開場16:15・開演16:45

各公演とも別途1ドリンク600円。整理番号順の自由席。事前振込制。申し込みはファンミーティングとライブで別々に受け付ける案内です。

このイベントは、新井康弘の70歳の誕生日当日に合わせた企画です。

公式告知では「ずうとるび SAIKAI企画ラストは東京」と紹介されています。

ただし、出演者として記載されているのは5人全員ではなく、新井、江藤、池田の3人とサポートメンバーです。

したがって、これを5人全員によるグループ活動の全面再開と解釈するのは正確ではありません。

2026年の活動状況をどう見るべきか

2026年には、東京以外でも関連イベントが告知されました。

- 2月14日:新井・江藤・池田らの大阪イベント告知
- 5月3日:今村良樹とさくまひできによるSSLINEライブ告知
- 9月12日:名古屋でファンミーティングとアコースティックライブ
- 9月19日:今村良樹の東京イベント
- 10月18日:池田善彦、新井康弘らによるライブ
- 12月5日:東京でファンミーティングとアコースティックライブ(開催予定)

これらの情報から、グループ活動休止後も、メンバー同士の共演や音楽活動が続いていることが分かります。

ただし、2026年11月4日時点で公式サイトが示しているグループとしての状態は、あくまで活動休止です。

個人活動や一部メンバーによる共演は続いているものの、5人全員による定期的なグループ活動の再開が発表されたわけではありません。

今後の動向を追う場合は、公式サイトのニュース欄で出演者とイベント名を確認することが大切です。

【よくある誤解】ずうとるびのメンバーと歴史を正しく理解するポイント

ずうとるびについて調べると、メンバーの人数や脱退、解散、再結成に関して混同しやすい情報があります。

特に押さえておきたい点を整理します。

4人組なのか5人組なのか?

どちらも間違いではありません。

- 1974年の結成時:山田隆夫、新井康弘、今村良樹、江藤博利の4人。
- 1977年以降:山田の卒業後、池田善彦が加入して5人体制。
- 2020年の再結成:元の4人と池田を含む5人が再集結。

検索結果によって人数が異なるのは、紹介している時代が違うためです。

山田隆夫は解散まで在籍していた?

いいえ。

山田は1977年にグループを卒業しています。

その後は池田善彦が加入し、1982年の解散まで活動しました。

2020年の再結成で山田が戻ったため、現在のメンバー一覧には5人の名前が並んでいます。

ずうとるびは完全に解散したの?

1982年に一度解散しています。

2020年に5人で再結成しましたが、2025年3月16日のライブをもってグループ活動を休止しました。

現在の公式発表は「活動休止」であり、新たな解散発表とは異なります。

2026年に5人全員でライブをするの?

2026年12月5日の公式イベントは、新井康弘、江藤博利、池田善彦の3人が出演者として記載されています。

5人全員によるライブが決定したという発表ではありません。

【ずうとるびのメンバー】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:ずうとるびのメンバーは全部で何人ですか?

A1:歴代メンバーは5人です。山田隆夫、新井康弘、今村良樹、江藤博利、池田善彦です。結成時は4人で、1977年に池田善彦が加入しました。

Q2:ずうとるびで最初に脱退したメンバーは誰ですか?

A2:初代リーダーの山田隆夫です。1977年に婚約発表を機に卒業を表明しました。本人のインタビューでは、音楽性の違いも背景にあったと説明されています。

Q3:ずうとるびの解散理由は何ですか?

A3:1982年3月17日のコンサートをもって解散しました。メンバーの個人活動への移行などが背景にありましたが、公式年譜では単独の解散理由は明記されていません。

Q4:ずうとるびは2026年も活動していますか?

A4:グループとしては2025年3月16日から活動休止中です。ただし、2026年も一部メンバーによるライブやファンミーティングが予定・告知されています。

Q5:山田隆夫は現在も『笑点』に出演していますか?

A5:はい。2026年10月時点で、本人の公式サイトは『笑点』の座布団運び43年目に入ったと伝えています。

Q6:ずうとるびの代表曲は何ですか?

A6:代表曲として知られるのは「みかん色の恋」です。そのほか「透明人間」「恋のパピプペポ」「初恋の絵日記」などもあります。

ずうとるびは、『笑点』の「ちびっこ大喜利」から誕生した、昭和を代表する個性的なアイドルグループです。

1974年のデビュー時は山田隆夫、新井康弘、今村良樹、江藤博利の4人。1977年に山田が卒業し、池田善彦が加入して5人体制となりました。

1982年の解散後、2020年には38年ぶりに5人で再結成。2021年には41年ぶりの新シングル「SAIKAI~ああ麗しのみかん色~」を発売するなど、新たな歴史を刻みました。

そして2025年3月16日をもってグループ活動は休止しています。

2026年11月現在の注目要点は次の3つです。

1. 山田隆夫は『笑点』の座布団運び43年目を迎え、タレント活動を継続。
2. 新井康弘・今村良樹・江藤博利・池田善彦も俳優、放送作家、舞台、音楽など、それぞれの分野で活動。
3. 2026年12月5日には新井・江藤・池田が出演する東京のファンミーティングとアコースティックライブが予定されている。

ずうとるびの魅力は、単に懐かしいヒット曲を持つグループというだけではありません。テレビの企画から生まれ、メンバー交代や解散を経験しながらも、長い年月を経て再び5人が同じステージに立ったという歴史そのものにあります。

昔のずうとるびを知る人は、4人時代と5人体制の違いを振り返りながら楽しめます。一方、2020年の再結成をきっかけに知った人は、「みかん色の恋」や「SAIKAI」を聴くことで、グループの歩みをより深く理解できるはずです。

今後も5人それぞれの活動と、メンバー同士の新たな共演に注目したいところです。

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木原田 七海
コンテンツディレクター 木原田 七海
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スポーツ取材は8年。連盟の公式記録、試合結果、会見の書き起こしで数値と経歴を確認しています。

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