2026年11月現在、西村天裕(にしむら・たかひろ)さんは、阪神タイガースの打撃投手として新たなキャリアを歩んでいます。北海道日本ハムファイターズでプロ生活をスタートさせ、千葉ロッテマリーンズでも活躍した右腕は、2025年11月19日に現役引退を発表。翌2026年から阪神のチームスタッフに転身しました。
プロ8年間の通算成績は184試合登板、7勝2敗1セーブ、33ホールド、防御率3.77。なかでも2023年のロッテ時代には44試合に登板し、防御率1.25という優秀な数字を残しています。戦力外通告、トライアウトへの挑戦、引退発表を経て、なぜ打撃投手という道を選んだのでしょうか。
【2026年最新】西村天裕の現在は阪神タイガースの打撃投手!

西村天裕さんの現在の所属先は阪神タイガースです。2025年限りでプロ野球選手としての現役生活を終え、2026年から打撃投手としてチームを支えています。
阪神への転身を本人が明らかにしたのは2025年12月31日。自身のSNSで、翌年から阪神タイガースでバッティングピッチャーを務めることを報告しました。
現役引退を発表してから約1か月半後の新たな進路報告です。選手としてユニホームを着てマウンドに立つ生活から、打者の練習を支える立場へと役割が変わりました。
阪神で担当する打撃投手とはどんな仕事?打撃投手は、打者がフリー打撃などの練習を行う際に投球するスタッフです。単純にストライクを投げ続ければよいわけではありません。打者がタイミングを合わせやすい球を投げ、実戦に近い打撃練習を成立させることが大切です。
2026年4月13日付のスポニチの取材記事では、西村さんが阪神での仕事について語っています。現役時代とは異なり、打者に気持ちよく打ってもらうことを意識し、投球フォームやリリースの見え方にも工夫を加えているとのことです。
「今までは打たれないように投げてきたのを、(今は)打ってもらうように投げる」
この言葉には、投手としての役割が根本から変わったことが表れています。
同記事によると、春季キャンプでは約200球の投げ込みや打撃練習の補助などにも取り組みました。現役時代は打者を抑えるために磨いてきた技術を、今度は打者の成長を支えるために生かしているのです。
阪神のコーチではなく打撃投手ここで押さえておきたいのが、打撃投手と打撃コーチは別の役割だという点です。
西村さんは打撃指導を担当するコーチとしてではなく、打者の練習を投球面から支えるチームスタッフとして活動しています。元プロ投手としての経験や球質、投球テンポを生かせる仕事です。
2026年の阪神での新生活は、単に野球界に残ったというだけではありません。8年間のプロ経験を、選手育成やチームの練習環境に還元するセカンドキャリアのスタートでもあります。
【プロフィール・経歴】西村天裕はどんな選手?NTT東日本からドラフト2位でプロ入り
西村天裕さんは1993年5月6日生まれ、和歌山県出身の右投右打の元プロ野球投手です。NPB公式プロフィールによると、身長177cm、体重92kg。力強い直球を武器に、中継ぎ投手としてプロの世界で戦ってきました。
プロ入り前の経歴は、和歌山商業高校、帝京大学、NTT東日本です。社会人野球で実績を積み、2017年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから2位指名を受けました。
帝京大学で実力を磨き、NTT東日本へ高校卒業後に進学した帝京大学では、首都大学野球リーグで経験を積みました。週刊ベースボールONLINEの選手紹介では、大学リーグ通算25勝を記録した投手として紹介されています。
大学卒業後の2016年にはNTT東日本野球部に入部。社会人野球で力を伸ばし、2017年には都市対抗野球大会の東京都代表決定戦などで活躍しました。
NTT東日本が2017年10月27日に公表したドラフト指名のお知らせでは、西村さんの持ち味について、150キロ台のストレートを投げ込む右腕として紹介されています。
2017年のドラフトでは日本ハムから2位指名。大学時代から社会人野球を経て、念願のプロ入りを果たしました。
日本ハム時代は中継ぎとして8年間の土台を築く2018年にプロデビューを果たした西村さんは、1年目から26試合に登板。2勝2敗1セーブ、8ホールド、防御率3.52を記録しました。
2019年には35試合に登板し、55奪三振をマーク。150キロ台の直球を軸に、リリーフとして登板機会を重ねました。
その後は2020年が16試合、2021年が27試合、2022年が18試合。シーズンによって登板数や防御率に波はあったものの、救援投手として経験を積み重ねました。
そして2023年3月、福田光輝選手とのトレードで千葉ロッテマリーンズへ移籍します。この移籍が、西村さんのキャリアにおける大きな転換点になりました。
【経歴年表】日本ハム・ロッテ・阪神での転換点を時系列で整理
西村天裕さんのキャリアを理解するうえでは、所属球団の変化だけでなく、成績や立場がどのように変わったのかを確認が必要です。
特に2023年のロッテ移籍後の躍進と、2025年の戦力外通告から阪神への転身までの流れは、選手生活の大きな節目となっています。
| 時期 | 出来事・所属 | 主な実績・内容 |
|---|---|---|
| 1993年5月 | 和歌山県で誕生 | 1993年5月6日生まれ |
| 高校・大学時代 | 和歌山商・帝京大学 | 大学野球で通算25勝 |
| 2016年 | NTT東日本に入部 | 社会人野球で実力を磨く |
| 2017年10月 | 日本ハムがドラフト2位指名 | プロ入りが決定 |
| 2018~2022年 | 北海道日本ハム | 5年間で通算122試合に登板 |
| 2023年3月 | 千葉ロッテへトレード移籍 | 福田光輝との交換トレード |
| 2023年 | ロッテで活躍 | 44試合登板、防御率1.25 |
| 2024年 | ロッテでプレー | 17試合登板、防御率6.62 |
| 2025年10月6日 | ロッテから戦力外通告 | 来季の契約を結ばないと通知される |
| 2025年11月12日 | 12球団合同トライアウト | 3人の打者と対戦し1安打1奪三振 |
| 2025年11月19日 | 現役引退を発表 | プロ生活8年間に区切り |
| 2025年12月31日 | 阪神への転身を発表 | 2026年から打撃投手に就任 |
この年表から見えてくるのは、2023年に実力を大きく開花させた一方、2024年以降は一軍での登板機会が減少していったことです。
ただし、2025年にはファームで38試合に登板し、防御率2.70を記録しています。一軍の登板数だけでは、西村さんの当時の投手としての状態をすべて判断できません。
選手としての成績と、球団が編成上どのような判断を下すかは別の問題です。2025年の退団は、プロ野球の厳しい競争環境を象徴する出来事でもありました。
【年度別成績】西村天裕の2023年防御率1.25はどれほど優秀だった?
西村さんのプロ生活を振り返るうえで、最も注目される数字が2023年の防御率1.25です。
NPB公式の個人年度別成績によると、同年は44試合に登板し、4勝0敗、14ホールド、18ホールドポイントを記録しました。投球回は43回1/3、奪三振41、自責点6という内容です。
北海道日本ハム時代の年度別成績2018年:26試合、2勝2敗1セーブ、防御率3.52。
2019年:35試合、1勝0敗、防御率3.83。
2020年:16試合、0勝0敗、防御率4.56。
2021年:27試合、0勝0敗、防御率3.48。
2022年:18試合、0勝0敗、防御率4.98。
日本ハム時代は、毎年一定の登板機会を得ながら、中継ぎとして経験を積んでいました。2019年には35試合に登板し、55奪三振を記録しています。
千葉ロッテ時代の年度別成績2023年:44試合、4勝0敗14ホールド、防御率1.25。
2024年:17試合、0勝0敗7ホールド、防御率6.62。
2025年:1試合、0勝0敗、防御率40.50。
2023年はロッテ移籍初年度から存在感を示し、開幕から21試合連続無失点という球団タイ記録も達成しました。週刊ベースボールONLINEや日刊スポーツでも、この記録とシーズンの活躍が取り上げられています。
44試合登板は自己最多。さらに4勝、14ホールドという数字も残し、チームのブルペンを支える存在になりました。
NPB通算成績は184試合、防御率3.77NPB公式記録に掲載されている2025年シーズン終了時点の通算成績は次のとおりです。
登板:184試合
勝利:7勝
敗北:2敗
セーブ:1セーブ
ホールド:33ホールド
ホールドポイント:40
投球回:207回2/3
奪三振:223
防御率:3.77
中継ぎ投手として184試合に登板し、33ホールドを記録したことは、西村さんがプロの現場で一定の役割を果たしてきた証拠です。
2023年の防御率1.25は、通算防御率3.77と比較しても際立った数字です。キャリア全体を通じて、特にロッテ移籍後の2023年が最も大きな成果を残したシーズンだったといえます。
【引退理由を検証】戦力外通告からトライアウト、現役引退までの経緯
西村天裕さんの引退を理解するには、2025年シーズンの状況を確認する必要があります。
2024年は17試合登板、防御率6.62。2025年は一軍登板がわずか1試合で、投球回は2/3回、防御率40.50という結果でした。
10月6日、千葉ロッテマリーンズから来季の契約を結ばない旨を通知されます。これにより、ロッテでの選手生活に終止符が打たれることになりました。
2025年11月12日、トライアウトに参加戦力外通告後、西村さんは現役続行の可能性を求めて12球団合同トライアウトに参加しました。会場はマツダスタジアムです。
2025年11月12日付の日刊スポーツによると、西村さんは3人の打者と対戦し、1安打1三振という結果でした。
西武の松原聖弥選手を143キロの直球で中飛に打ち取り、広島の山足達也選手からは135キロのスプリットで空振り三振を奪いました。3人目のソフトバンク・川原田純平選手には左前安打を許しています。
トライアウト後には、今季一軍で活躍できなかったことに触れながら、応援してくれたファンにユニホーム姿で投げる姿を見せられたことを振り返りました。
最後にはグラウンドに深く一礼。現役選手としての時間を大切にする姿が報道されました。
11月19日に現役引退を発表トライアウトから7日後の11月19日、西村さんは自身のSNSで現役引退を発表しました。
本人は、日本ハムとロッテで過ごした8年間を振り返り、ファンへの感謝を伝えています。引退の発表では、プロ野球選手としての現役生活に区切りをつける決断をしたと報告しました。
スポニチや日刊スポーツもこの発表を報道。戦力外通告を受けた後にトライアウトへ参加し、その後に引退を決めた経緯が伝えられました。
西村天裕の引退理由は何だったのか?引退理由については、本人が公表したコメントの中に、特定の故障や家庭の事情などを直接の理由とする説明はありません。
一方、選手としての状況を見ると、2025年の一軍登板は1試合に限られ、球団から戦力外通告を受けています。トライアウトにも参加しましたが、現役続行には至りませんでした。
そのため、引退に至る背景としては、一軍での登板機会の減少と、戦力外通告後の現役続行をめぐる厳しい競争環境が挙げられます。ただし、これらは公表された経緯から読み取れる状況であり、本人が明言した単一の引退理由ではありません。
注目したいのは、引退後も野球から離れる選択をしなかったことです。2025年12月31日には、翌年から阪神の打撃投手を務めることを発表しました。
現役続行という目標から、野球界に関わり続けるという新しい目標へ。西村さんのキャリアは、ここで別の形に進み始めたのです。
【プロの結論】西村天裕の2023年の成功と阪神でのセカンドキャリアを分析
西村さんのキャリアで特に興味深いのは、2023年に防御率1.25という好成績を残しながら、わずか2年後には現役引退を決断したことです。
プロ野球では、過去の実績が翌年以降の出場機会を保証するわけではありません。中継ぎ投手は登板機会が多い一方、チームの投手編成や競争状況によって立場が変わりやすいポジションです。
2023年の成績が示すリリーフ投手としての価値2023年の44試合登板、防御率1.25という数字は、西村さんの能力が最大限に発揮されたシーズンを示しています。
特に21試合連続無失点という記録は、単発の好投ではなく、一定期間にわたって安定した投球を続けたことを示す実績です。
一方、2024年には防御率6.62となり、2025年は一軍登板1試合にとどまりました。救援投手の評価は、直近の状態やチーム事情に大きく左右されるというプロ野球の厳しさが表れています。
打撃投手への転身は投手経験を生かせる選択2026年の西村さんは、現役時代とは反対に、打者が結果を出しやすい球を投げる立場になりました。
スポニチの2026年4月の取材記事では、打者に球を見やすくするために投球フォームを変更したことも紹介されています。現役時代は一球ごとにタイミングをずらす投球を意識していたのに対し、現在は一定のテンポで投げる工夫をしているとのことです。
また、クロスステップを抑え、打者からリリースポイントを見やすくするための調整にも取り組んでいます。
これは単なる裏方への転身ではありません。投手として身につけた技術を、打者側の視点から再構築する仕事です。
西村さんのように、NPBで184試合に登板した経験を持つスタッフが打撃練習を支えることには、実戦的な投球を再現できるという強みがあります。
西村天裕の経歴から分かる3つのポイント1つ目は、社会人野球を経由したプロ入りの価値です。大学時代に指名されなかった後も、NTT東日本で経験を積み、ドラフト2位でプロ入りしました。進路を一度で決められなくても、成長の機会を重ねることで道が開けることを示しています。
2つ目は、移籍がキャリアを変える可能性です。日本ハムでは中継ぎとして経験を積み、ロッテ移籍後の2023年には自己最高の成績を残しました。環境の変化が選手の活躍につながるケースとして印象的です。
3つ目は、引退後の経験の生かし方です。現役を終えた後も、投手として培った技術を別の役割に転換しています。打撃投手は表舞台に立つ選手とは異なるものの、チームの練習を成立させる重要な仕事です。
2023年の防御率1.25だけを見て西村さんのキャリアを評価するのも、2025年の防御率40.50だけで評価するのも適切ではありません。8年間の成績と、その後の新しい挑戦を合わせて見ることが、選手としての実績を正しく理解するポイントです。
西村天裕に関するよくある質問(FAQ)
Q1:西村天裕は2026年現在、どこの球団に所属していますか?
A1:2026年から阪神タイガースの打撃投手を務めています。2025年限りで現役を引退し、チームスタッフとして新しいキャリアをスタートさせました。
Q2:西村天裕の引退理由は何ですか?
A2:2025年10月に千葉ロッテから戦力外通告を受け、11月12日のトライアウトに参加した後、11月19日に引退を発表しました。本人は具体的な単一の引退理由を公表していません。一軍での登板機会が減少していたことが、引退までの経緯にあります。
Q3:西村天裕の2023年の防御率はいくつですか?
A3:千葉ロッテ時代の2023年は防御率1.25です。44試合に登板して4勝0敗、14ホールドを記録しました。開幕から21試合連続無失点という球団タイ記録も残しています。
Q4:西村天裕のNPB通算成績は?
A4:2025年シーズン終了時点で184試合登板、7勝2敗1セーブ、33ホールド、223奪三振、防御率3.77です。
Q5:西村天裕はトライアウトで結果を残しましたか?
A5:2025年11月12日のトライアウトでは3人の打者と対戦し、1安打1三振でした。松原聖弥選手を中飛、山足達也選手を空振り三振に抑えています。
Q6:西村天裕はなぜ阪神の打撃投手になったのですか?
A6:2025年12月31日に本人が阪神で打撃投手を務めることを発表しました。2026年4月のスポニチの取材では、NPBに携われる仕事を希望していたことや、打撃投手のオファーを熟考して受けた経緯が紹介されています。
西村天裕さんは、2017年のドラフト2位で北海道日本ハムファイターズに入団し、千葉ロッテマリーンズを含めたプロ8年間で184試合に登板しました。
2023年にはロッテで防御率1.25、44試合登板という自己最高の成績を記録。2025年には戦力外通告を受け、トライアウトへの挑戦を経て11月19日に現役引退を発表しました。
その後、2025年12月31日に阪神タイガースの打撃投手への転身を報告。2026年には、現役時代とは異なる立場からチームを支えています。
【プロの結論】 西村天裕さんのキャリアを評価する際に大切なのは、2023年の好成績と2025年の引退を切り離さず、8年間の積み重ねとして捉えることです。中継ぎ投手として培った経験、トライアウトに挑戦した姿勢、そして阪神で打撃投手として新たな技術を磨く現在まで、野球に向き合う姿勢は一貫しています。
現役選手としてのキャリアには区切りがつきましたが、野球人としての歩みは続いています。阪神の打撃投手として、今後どのように選手たちを支えていくのか。2023年に実績を残した右腕の新しい挑戦にも注目が集まります。
主な参照資料・ファクト確認
- NPB公式サイト「西村天裕 個人年度別成績」
- NTT東日本「2017年プロ野球ドラフト会議」
- 日刊スポーツ「2025年11月12日 トライアウト報道」「11月20日 引退報道」
- スポニチ「2025年12月31日 阪神打撃投手への転身報道」
- スポニチ「2026年4月13日 阪神での打撃投手としての活動」
- 週刊ベースボールONLINE「西村天裕プロフィール・選手成績」