所属事務所プラチナムプロダクションの公式プロフィールでは、小柳ルミ子さんの生年月日は1952年7月2日、出身地は福岡県と公表されています。
2026年11月4日時点では、74歳です。2026年7月2日に74歳の誕生日を迎えました。
小柳ルミ子の基本プロフィール74歳

2026年11月4日現在
- 生年月日:1952年7月2日
- 出身地:福岡県
- 血液型:A型
- 身長:157cm
- 職業:歌手・女優
- 所属:プラチナムプロダクション
出典:所属事務所公式プロフィール、タレントデータバンク。
誕生日の7月2日を基準にすると、年齢は次のように変わります。
- 2025年7月1日まで:72歳
- 2025年7月2日~2026年7月1日:73歳
- 2026年7月2日~2027年7月1日:74歳
- 2027年7月2日:75歳
年齢を調べる際に注意したいのは、同じ2026年の情報でも、誕生日より前か後かによって年齢表記が異なる点です。
実際、2026年2月20日のTBS NEWS DIGの記事では73歳、11月1日の日刊スポーツの記事では74歳と紹介されています。どちらも掲載時点の年齢として正しいものです。
【若い頃】宝塚音楽学校を首席卒業した小柳ルミ子の原点
小柳ルミ子さんの若い頃を語るうえで欠かせないのが、宝塚音楽学校で過ごした青春時代です。
現在の華やかな歌手・女優としてのイメージからは想像しにくい可能性がありますが、幼少期から歌や踊りを学び、芸能界を目指して努力を重ねていました。
3歳からクラシックバレエを習っていたNHK財団が運営するステラnetの2026年1月掲載インタビューによると、小柳さんは3歳からクラシックバレエを始めています。
小学校に入ってからは、ピアノ、歌、ジャズダンス、タップダンス、日本舞踊、三味線、習字など、合計8つの習い事に取り組んでいました。
15歳で親元を離れ、宝塚音楽学校に入学。慣れない環境でホームシックになった経験もあったと、本人がインタビューで振り返っています。
こうした幼少期の積み重ねが、後の歌唱力やステージ上での表現力につながっています。
宝塚音楽学校を首席で卒業小柳さんは1970年、宝塚音楽学校を首席で卒業しました。
特筆すべきなのは、単に宝塚音楽学校で学んだだけではなく、早い段階から歌手になるという明確な目標を持っていたことです。
NHK財団のインタビューでは、在学中の16歳のとき、夏休みを利用して単身上京し、渡辺プロダクションを訪れたエピソードが紹介されています。
当時の社長・渡辺晋氏に対し、歌手にしてほしいと直接申し出たというのです。
その際、宝塚音楽学校を一番で卒業したら考えると言われたものの、すでに成績はトップだったと本人は語っています。
その後、1970年に宝塚歌劇団へ入団して初舞台を踏みましたが、わずか2カ月で退団。歌手になるという夢に向かって進路を切り替えました。
宝塚歌劇団に長く在籍していたわけではないここは混同されやすいポイントです。
小柳さんは宝塚音楽学校の首席卒業者であり、宝塚歌劇団にも入団しています。しかし、歌劇団で長期間活動したわけではありません。
音楽学校で学んだ経験と、歌劇団での舞台経験を経て、早い段階で芸能界へ活動の軸を移した人物です。
2026年11月1日放送のTBS系「週刊さんまとマツコ」でも、宝塚時代から歌手デビューへ至る経緯を本人が振り返っています。
【歌手デビュー】「わたしの城下町」から「瀬戸の花嫁」へ
小柳ルミ子さんの芸能活動は、女優としてのスタートと歌手としての大ブレイクという2つの段階に分けられます。
1970年:NHK連続テレビ小説「虹」で女優デビュー宝塚歌劇団を退団した小柳さんは、1970年にNHK連続テレビ小説「虹」に出演し、女優として芸能活動を始めました。
NHK財団のインタビューでは、朝ドラへの出演は、歌手デビューに先立って顔と名前を知ってもらうための事務所の戦略だったと本人が説明しています。
当時はカメラの前での演技が初めてで、福岡出身の小柳さんにとって標準語のアクセントを身につけることも課題だったそうです。
1971年4月25日:「わたしの城下町」で歌手デビュー歌手としての大きな転機になったのが、1971年4月25日発売の「わたしの城下町」です。
作曲を担当したのは平尾昌晃さん。
この曲は160万枚を超える大ヒットを記録し、1971年の年間チャートでも1位を獲得。日本レコード大賞最優秀新人賞にも輝きました。
デビュー当時の小柳さんは18歳。若くして歌謡界の第一線に躍り出たことになります。
1972年:「瀬戸の花嫁」で人気を確立翌1972年には「瀬戸の花嫁」がヒットし、日本歌謡大賞を受賞しました。
「わたしの城下町」で鮮烈なデビューを飾った小柳さんは、「瀬戸の花嫁」によって代表曲を持つ歌手としての地位を確立していきます。
その後も「お祭りの夜」「京のにわか雨」「星の砂」などを発表。1980年代には「お久しぶりね」「今さらジロー」といったヒット曲も生まれました。
また、NHK紅白歌合戦には1971年から1988年まで18年連続で出場しています。
【芸能活動の経緯】小柳ルミ子の55年間を年表で整理
ここまでの経歴を、年齢や代表的な作品、関係者とのつながりを含めて整理します。
| 時期 | 出来事・作品 | 関係・実績 |
|---|---|---|
| 1952年7月2日 | 福岡県に誕生 | 小柳ルミ子の生年月日 |
| 3歳から | クラシックバレエを開始 | 歌と踊りの基礎を形成 |
| 15歳 | 宝塚音楽学校に入学 | 親元を離れて芸を学ぶ |
| 1970年 | 宝塚音楽学校を首席卒業 | 宝塚歌劇団に入団、約2カ月で退団 |
| 1970年 | NHK朝ドラ「虹」 | 女優デビュー |
| 1971年4月25日 | 「わたしの城下町」 | 歌手デビュー、レコード大賞最優秀新人賞 |
| 1972年 | 「瀬戸の花嫁」 | 日本歌謡大賞を受賞 |
| 1971~1988年 | NHK紅白歌合戦 | 18年連続出場 |
| 1980年代 | 「お久しぶりね」など | 歌手としてヒットを重ねる |
| 2025年 | 芸能生活55周年 | 女優デビューから55年 |
| 2026年3月 | 「愛は輪廻転生」 | 歌手デビュー55周年記念曲 |
| 2026年11月 | 74歳 | 歌手・女優として活動継続 |
出典:プラチナムプロダクション、日本クラウン、徳間ジャパン、NHK財団、日刊スポーツのプロフィール・報道・インタビューをもとに整理。
小柳さんは歌手活動だけでなく、女優としても実績を残しています。
代表的な出演映画には「誘拐報道」「白蛇抄」があります。
特に「白蛇抄」では演技が高く評価され、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しました。
歌手としての華やかなイメージだけでなく、映画やテレビで役柄を演じる表現者としても評価されてきた点が、小柳さんのキャリアの特徴です。
【2026年現在】74歳の小柳ルミ子は何をしている?
2026年現在の小柳ルミ子さんは、歌手、女優としての活動を続けながら、ライブや新曲の発表、健康に関する書籍などにも取り組んでいます。
特に注目したいのが、歌手デビュー55周年を迎えた2026年の活動です。
1. 2026年3月3日に55周年記念曲を発売2026年3月3日、小柳さんは歌手デビュー55周年記念曲「愛は輪廻転生」を発売しました。
カップリング曲は「あなたがいたから」です。
徳間ジャパンによると、このシングルは通算58枚目。約5年ぶりの新曲でもありました。
「愛は輪廻転生」はミュージカルのような構成を取り入れたダンサブルな楽曲で、小柳さんの歌と踊りを生かした作品になっています。
また「あなたがいたから」は、亡くなった愛犬への思いを込めたバラードです。
2. 2026年4月18日に大阪で55周年記念ライブ2026年4月18日には、大阪のサンケイホールブリーゼで「ヒストリーライブin大阪」を開催しました。
日刊スポーツによると、大阪でのライブは約30年ぶり。デビュー曲「わたしの城下町」から「瀬戸の花嫁」「お久しぶりね」、最新曲まで、新旧の楽曲を披露しました。
このライブでは、歌手生活55年を振り返りながら、これからも活動を続ける意欲を示しています。
日刊スポーツの取材では、55年間を振り返って次のように語っています。
「私にとって、55年はまだまだ通過点。もうじき74になりますけど、まだまだ頑張る」
この言葉からも、年齢を区切りに活動を縮小するのではなく、今後もステージに立ち続けたいという意欲がうかがえます。
3. 74歳の現在もストレッチや健康づくりを継続2026年2月20日には、自身初となるストレッチ本の発売記念会見を行いました。
書籍のタイトルは『毎日少しずつ、柔らかい体になる!健康美を叶える「ルミ子流ストレッチ」』です。
TBS NEWS DIGの報道によると、小柳さんは日常生活の中でストレッチを取り入れ、平均して1日20分前後取り組んでいると説明しています。
特別な時間を設けるのではなく、サッカー観戦や愛犬との時間などに合わせて体を動かすスタイルです。
加えて、80歳になっても体のラインが出るドレスを着て踊りたいという目標も明かしました。
4. 2025年にはドラマ「終幕のロンド」に出演女優としての活動も続いています。
所属事務所の公式プロフィールには、2025年10月期のカンテレ・フジテレビ系ドラマ「終幕のロンド―もう二度と、会えないあなたに―」への出演情報が掲載されています。
小柳さんが演じたのは御厨富美子役です。
歌手としてのステージ活動だけでなく、ドラマ出演など映像作品にも携わっていることが分かります。
5. 2026年11月1日にもテレビ出演2026年11月1日には、TBS系「週刊さんまとマツコ」に出演。
明石家さんまさん、マツコ・デラックスさんとの番組で、宝塚時代や芸能界入りのきっかけについて語りました。
日刊スポーツの報道では、74歳の小柳さんが宝塚音楽学校を首席で卒業し、歌手になるために自ら芸能プロダクションへ売り込んだエピソードが取り上げられています。
誕生日を迎えた後もテレビで自身の半生を語るなど、現在もメディアへの出演が続いています。
【プロの結論】小柳ルミ子の年齢以上に注目したい3つの実績
小柳ルミ子さんのプロフィールを振り返ると、74歳という年齢だけでは捉えきれないキャリアの特徴が見えてきます。
1. 宝塚音楽学校で培った舞台表現力
歌唱力だけでなく、ダンスや身体表現を含む舞台経験が、長年にわたるエンターテイナーとしての活動を支えています。
2. 歌手と女優という2つのキャリア
1970年の女優デビュー、1971年の歌手デビューという異なる出発点を持っています。歌謡曲のヒットだけに依存せず、映画やドラマにも活動領域を広げてきました。
3. 55周年を迎えても新曲を発表する現役意識
2026年の「愛は輪廻転生」の発売は、過去のヒット曲を歌い続けるだけではない姿勢を示しています。新しい作品を世に送り出すこと自体が、現在の活動を象徴しています。
小柳さんのキャリアを見る際には、年齢だけで判断するのではなく、実際の作品、出演歴、ライブ活動、新作の発表状況を確認することが大切です。
【小柳ルミ子の年齢】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:小柳ルミ子は2026年現在何歳ですか?
A1:2026年11月4日現在、74歳です。1952年7月2日生まれで、2026年7月2日に74歳になりました。
Q2:小柳ルミ子の生年月日はいつですか?
A2:1952年7月2日です。福岡県出身で、所属事務所の公式プロフィールにも掲載されています。
Q3:小柳ルミ子は宝塚歌劇団出身ですか?
A3:宝塚音楽学校を首席で卒業し、宝塚歌劇団にも入団しています。ただし、入団後約2カ月で退団し、歌手を目指して芸能活動へ進みました。
Q4:小柳ルミ子の代表曲は何ですか?
A4:「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」「お久しぶりね」などです。特に「わたしの城下町」は1971年のデビュー曲で、大ヒットを記録しました。
Q5:小柳ルミ子は74歳になった現在も芸能活動をしていますか?
A5:はい。2026年には55周年記念曲「愛は輪廻転生」を発売し、ライブやテレビ出演なども行っています。歌手・女優として活動を継続しています。
小柳ルミ子さんは、1952年7月2日生まれの74歳(2026年11月現在)です。
15歳で宝塚音楽学校に入学し、首席で卒業。その後、宝塚歌劇団を約2カ月で退団し、1970年に女優デビュー、1971年には「わたしの城下町」で歌手デビューしました。
「瀬戸の花嫁」「お久しぶりね」などのヒット曲を生み出し、映画やドラマでも活躍。NHK紅白歌合戦への18年連続出場という実績も残しています。
2026年には歌手デビュー55周年記念曲を発売し、ライブやテレビ出演、健康に関する書籍の出版にも取り組んでいます。
小柳ルミ子さんの歩みを振り返ると、74歳という年齢はキャリアの終着点ではなく、長年積み重ねてきた表現者としての経験を生かし続ける現在の姿を示す数字です。
今後も歌手・女優として、どのような作品やステージを届けてくれるのか注目されます。