2026年11月4日現在、幸英明騎手は現役を続けています。1月31日の復帰後もJRAのレースに騎乗し、秋にはG1や地方交流重賞にも参戦しています。
特に注目したいのが、2026年10月31日から11月3日までの競走記録です。
直近の主な騎乗結果
2026年10月31日
ハロウィンステークス
騎乗馬:ソルチェリア
2026年11月1日
天皇賞・秋(G1)
騎乗馬:セイウンハーデス
芝2000メートル・1分57秒7
2026年11月3日
JBC2歳優駿(JpnIII)
騎乗馬:マルカルーカス
門別・ダート1800メートル。勝ち馬オーリエイトとはアタマ差。
天皇賞・秋では6番人気のセイウンハーデスに騎乗し、10着でした。同馬にとっては現役最後のレースとなり、幸騎手とのコンビでラストランを迎えました。
一方、11月3日のJBC2歳優駿ではマルカルーカスを2着に導いています。勝ち馬オーリエイトとは同タイムのアタマ差という接戦でした。
この結果は、幸騎手が復帰後も重賞戦線で騎乗を続けていることを示す具体的な記録です。
2026年の年間騎手成績は?オッズパークの騎手成績では、2026年11月1日時点の幸騎手の年間成績は次のようになっています。
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 騎乗回数 | 156回 |
| 1着 | 7回 |
| 2着 | 7回 |
| 3着 | 7回 |
| 着外 | 135回 |
| 勝率 | 4.5% |
| 連対率 | 9.0% |
| 3着内率 | 13.5% |
この数字は11月1日時点の集計です。11月3日のJBC2歳優駿での2着は、その後の追加騎乗実績に当たります。
大切なのは、2025年11月の事故後に騎手としての活動を終えたわけではないという点です。2026年11月には中央競馬のG1と地方交流重賞の双方に騎乗し、勝利や上位入着を目指して競技を続けています。
【復帰までの舞台裏】栗東トレセンでの調教再開と1月31日の復帰戦

幸騎手が競馬場に戻るまでには、段階的な回復過程がありました。
2026年1月28日、幸騎手は栗東トレセンで調教騎乗を再開しました。最初に騎乗したのは、2月1日のシルクロードステークスでコンビを組む予定だったオタルエバーです。
手術を受けた左足首には固定用のピンが入っており、本人も多少の硬さを感じていたと説明しています。それでも、馬に乗った際の違和感は予想より少なく、31日の実戦復帰に向けて準備を進めました。
復帰戦は京都3Rのワイドシャッフエン
2026年1月31日・京都3R
- レース:3歳未勝利
- 距離:ダート1400メートル
- 騎乗馬:ワイドシャッフエン
- 人気:9番人気
- 結果:5着
- 騎手:幸英明
復帰初戦は、9番人気のワイドシャッフエンに騎乗して5着。道中は内側でロスを抑え、直線では外に進路を取って追い上げました。
レース後、幸騎手は肺の損傷があったことから呼吸面を心配していたものの、実際に騎乗してみると予想より問題が少なかったと振り返っています。
復帰当日だけでなく、翌2月1日にはシルクロードステークスのオタルエバーなどにも騎乗予定が組まれていました。復帰前の段階から、騎乗機会が戻ってきていたことも分かります。
なお、1月31日の復帰は単なる調教再開ではなく、正式な競走への復帰です。11月22日の事故から約2カ月後に実現したものでした。
【プロの結論】幸英明騎手の落馬事故から分かる3つの重要な事実
今回の一連の出来事には、検索時に混同されやすいポイントがあります。競馬ファンが正確に理解しておきたいのは、次の3点です。
1.2025年8月と11月の事故は別の落馬8月9日の中京4Rでは、馬場入場後の落馬によって右踵骨を骨折しました。一方、11月22日の京都3Rでは、ニュートラの転倒に巻き込まれて落馬し、胸部や左足などに重傷を負っています。
2つの事故を一つにまとめて「幸騎手が2025年に一度落馬した」と理解すると、休養期間や負傷の深刻さを正しく把握できません。
2.事故直後の発表と最終的な診断内容は異なる11月22日のJRA発表では背部の負傷でしたが、その後の検査で肋骨10本、右鎖骨、左足首の骨折や肺挫傷などが判明しました。
事故直後の速報だけを読んでいると、実際の負傷の重さを見落とす可能性があります。競馬事故では、初期発表と後日の診断公表を分けて確認することが大切です。
3.引退を考えたことと、引退したことは違う幸騎手が引退を考えたという報道には、本人の取材で裏付けられた背景があります。しかし、その後の2026年1月31日の実戦復帰、11月の重賞騎乗記録からも、現役続行が確認できます。
息子の大斗さんが騎手デビューするまで乗り続けたいという家族との話も、復帰を後押しした重要なエピソードです。
競馬ファンにとって今回の事故は、単なる落馬ニュースではありません。長く第一線で騎乗してきたベテラン騎手が、生命の危険を感じるほどの重傷から再び競馬場に戻るまでの経緯でもあります。
【よくある質問】幸英明騎手の落馬事故に関するFAQ
Q1:幸英明騎手が落馬したのはいつですか?
A1:2025年8月9日の中京4Rと、2025年11月22日の京都3Rです。8月は右踵骨骨折、11月は肋骨や右鎖骨などの骨折と肺挫傷を伴う重傷でした。
Q2:2025年11月22日の京都3Rで落馬した理由は何ですか?
A2:幸騎手が騎乗していたニュートラが競走中に疾病を発症し、4コーナーで転倒したためです。その影響で後続の浜中俊騎手と高倉稜騎手も落馬しました。
Q3:幸英明騎手は肋骨を何本骨折したのですか?
A3:合計10本です。右鎖骨や左足関節の骨折、左肺挫傷などもあり、3カ所の手術を受けました。
Q4:幸英明騎手はいつ復帰しましたか?
A4:2026年1月31日の京都競馬です。ワイドシャッフエンに騎乗し、京都3Rで5着となりました。1月28日には栗東トレセンで調教騎乗を再開しています。
Q5:幸英明騎手は引退したのですか?
A5:いいえ。事故後に引退を考えた時期があったことは本人が明かしていますが、2026年11月現在も現役です。11月3日のJBC2歳優駿ではマルカルーカスに騎乗して2着でした。
Q6:幸英明騎手の息子も騎手なのですか?
A6:長男の幸大斗さんは2024年にJRA競馬学校騎手課程第43期生として入学しています。父の背中を追って騎手を目指しており、幸騎手の復帰を支えた家族のエピソードとして報じられました。
幸英明騎手の落馬事故は、2025年8月9日の中京4Rと、同年11月22日の京都3Rという2つの出来事に分けて理解する必要があります。
特に11月の京都3Rでは、ニュートラの転倒をきっかけに浜中俊騎手、高倉稜騎手も巻き込まれ、幸騎手は肋骨10本、右鎖骨、左足首の骨折や肺挫傷などの重傷を負いました。3カ所の手術を経て、一時は引退を考えるほどの状況に追い込まれました。
しかし、家族や息子の存在にも支えられ、2026年1月28日に調教を再開。1月31日に京都競馬で実戦復帰を果たしました。
そして2026年11月4日現在、幸騎手は現役を続けています。11月1日の天皇賞・秋ではセイウンハーデスに騎乗し、11月3日のJBC2歳優駿ではマルカルーカスで2着に入りました。
今回の一連の事故と復帰を振り返る際は、次の3つを押さえておくと情報を正確に整理できます。
- 2025年8月と11月の落馬事故を混同しない。
- 11月の事故では初期発表よりも重い負傷が後日判明した。
- 引退を考えた時期はあったものの、2026年11月現在は現役を続けている。
長い騎手生活のなかで幾度もの試練を経験してきた幸英明騎手。重傷から復帰した後も競馬場に立ち続ける姿は、今後の騎乗成績とともに注目されます。