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【あらすじ】かぐや姫はなぜ地上に降り、最後に月へ帰ったのか

桜庭 準 桜庭 準 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

STORY GUIDE・物語の核心に触れるネタバレを含みます

『かぐや姫の物語』は、竹取の翁が光り輝く竹の中から小さな女の子を見つけるところから始まります。

翁と媼に育てられた少女は、驚くほどの速さで成長します。山里では「たけのこ」と呼ばれ、自然の中を駆け回り、近所の子どもたちと遊びながら、自由で生き生きとした日々を送ります。

その後、翁は竹から黄金や高価な衣装を得ます。これを姫の将来のための天からの授かりものと考え、都で高貴な姫君として育てることを決意します。

しかし、都での生活は、姫が望んでいたものとは違っていました。

都で失われていく自由と五人の求婚者

都に移った姫は、教育係の相模から貴族の女性としての作法を教え込まれます。

美しく成長した姫には「なよ竹のかぐや姫」という名前が与えられ、やがてその評判を聞きつけた貴族たちが結婚を申し込みます。

彼女の前に現れるのは、次の五人です。

- 石作皇子
- 車持皇子
- 阿部右大臣
- 大伴大納言
- 石上中納言

姫は彼らに、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の珠、燕の子安貝という、簡単には手に入らない品物を求めます。

この五つの難題は、原作『竹取物語』にも登場する有名なエピソードです。

映画では、それぞれの求婚者の欲深さや見栄、姫の意思を無視した行動が、より具体的に描かれています。

さらに帝からも求婚されますが、姫は自分の意思を尊重してもらえないことに苦しみます。

山里への憧れと月への帰還

都での生活に耐えられなくなった姫は、かつて過ごした山里や、幼いころの仲間たちを思い出します。

特に重要なのが、幼なじみの捨丸です。

彼は原作には登場しない映画独自の人物であり、姫にとって自然の中で生きた時間を象徴する存在です。

やがて月からの迎えが訪れます。

姫は地上で出会った人々や、過ごした時間への愛着を抱きながらも、月へ帰らなければなりません。

最後に天人たちが奏でる音楽によって、地上での記憶が失われていくように描かれる場面は、本作でも特に印象深いシーンです。

この結末が伝えるのは、単なる故郷への帰還ではありません。

一度しかない人生だからこそ、喜びも悲しみも含めて、生きることには意味がある。

高畑監督が物語に込めた思想を理解するうえで、欠かせない部分です。

【竹取物語との違い】高畑勲は古典をどう描き直したのか

高畑勲かぐや姫

『かぐや姫の物語』の特徴は、原作の筋書きを大切にしながら、原作では十分に描かれなかった姫の内面を大きく膨らませた点にあります。

『竹取物語』は平安時代に成立した日本最古級の物語文学として知られています。竹から生まれた姫の成長、求婚者たちへの難題、帝との関係、月への帰還という大きな流れは映画にも受け継がれています。

一方、高畑監督は物語の空白部分に、幼少期の生活や人間関係、自由への憧れを加えました。

2025年に発表された比較研究でも、原作の場面の削除・追加・再配置によって、神話的な物語が人間の感情を中心とする物語へと変化した点が分析されています。

原作と映画の主な違い
比較項目 原作『竹取物語』 映画『かぐや姫の物語』 誕生と成長 竹から生まれ、短期間で成長する。 幼少期の遊びや自然との交流を丁寧に描写。 山里の仲間 映画のような幼なじみとの交流はない。 捨丸たちとの時間が姫の人生の重要な記憶になる。 五人の求婚者 難題を課し、求婚者たちの失敗を描く。 求婚者の欲望や姫の心理的苦痛を強調。 帝との関係 手紙のやり取りなどを通して描写。 帝の求婚に対する姫の拒絶と意思を強く描く。 月への帰還 羽衣と不死の薬をめぐる物語が描かれる。 地上への愛着や別れの感情を中心に再構成。 物語の主題 求婚譚や仏教的な無常観などを含む。 人間として生きる喜びと苦しみを前面に出す。
最大の変更点は「姫の人生」を描いたこと

原作のかぐや姫は、物語を動かす神秘的な存在として描かれています。

映画では、その人物像が大きく変化しました。

姫は生まれた瞬間から一人の人間としての感情を持ち、自然の美しさに心を動かされ、他者との交流を楽しみ、時には怒りや悲しみを露わにします。

この変更によって、月への帰還は単なる物語の終着点ではなく、姫が愛した地上の世界を失う悲劇として成立しました。

加えて、原作にない捨丸の存在によって、姫が本当に求めていたものが明確になります。

それは豪華な衣装でも、貴族の地位でもありません。

自然の中で自由に生き、大切な人と一緒に過ごせる時間だったのです。

【罪と罰の真相】「姫の犯した罪と罰」は何を意味するのか

『かぐや姫の物語』を語る際、必ずといってよいほど取り上げられるのが、宣伝コピーの「姫の犯した罪と罰。」です。

この言葉から、姫が月で何らかの罪を犯し、その罰として地上に送られたという設定を思い浮かべる人も少なくありません。

実際、企画段階で高畑監督が注目したのは、原作で十分に説明されていない、かぐや姫が月から地上へ来た理由でした。

シネマトゥデイの2018年の記事でも、姫が月で犯した罪とは何か、なぜ地上に来たのかという疑問が制作の出発点になったと紹介されています。

高畑監督自身は宣伝コピーに異議を唱えていた

ここには、意外な事実があります。

2026年1月公開のAll Aboutの記事では、鈴木敏夫プロデューサーの著書『ジブリの教科書19 かぐや姫の物語』で紹介された制作時の経緯が取り上げられています。

鈴木プロデューサーが考案した「姫の犯した罪と罰。」というコピーに対し、高畑監督は当初、企画段階ではそのテーマを考えていたものの、制作の途中でその方向性をやめたと説明していたといいます。

加えて、宣伝コピーの影響で映画の内容をそのテーマに結びつけなければならなくなり、台詞を追加することになったという経緯も紹介されています。

つまり、宣伝コピーだけを根拠に、映画のすべてを「罪と罰の物語」と解釈するのは正確ではありません。

それでも「罪と罰」を読み解くなら

映画の内容から考えられる解釈はいくつかあります。

1. 地上への憧れそのものが月の世界との決別を意味する

月の世界は、苦しみや執着から解放された清浄な場所として描かれます。

一方、地上には季節の移り変わり、喜び、悲しみ、愛情、嫉妬など、さまざまな感情があります。

姫が地上に憧れることは、そうした不完全さを含めた人間の世界を選ぶことにもつながります。

2. 生きたいという願いが、同時に苦しみを生む

姫は地上で多くの喜びを知ります。

しかし、地上で生きることは、望んだものをすべて手に入れられることを意味しません。

自由を求めても周囲の期待に縛られ、愛する人がいても別れを避けられない。

この矛盾こそ、映画が描く人間の生の厳しさです。

3. 罰とは地上で生きることを失う悲しみなのか

姫にとって、月への帰還は必ずしも幸福な出来事ではありません。

地上で過ごした時間が大切になればなるほど、そこから引き離されることは苦痛になります。

この意味で、月からの迎えは救済であると同時に、姫から地上での人生を奪う出来事としても読み取れます。


このテーマを理解するための要点

「罪と罰」は作品を考えるための手がかりですが、映画のすべてを説明する唯一の答えではありません。

高畑監督が最終的に重視したのは、罪の謎を解くことだけではなく、姫が地上で生きた時間と、その時間を愛おしく思う気持ちだったと考えられます。

【制作期間8年の舞台裏】ジブリ第7スタジオで何が起きていたのか

『かぐや姫の物語』は、企画から完成まで約8年を要した作品です。

高畑監督が前作『ホーホケキョ となりの山田くん』以来、約14年ぶりに完成させた長編映画でもありました。

この長い制作期間には、単純な作業量だけでは説明できない理由があります。

制作に8年を要した理由

大きな要因の一つが、脚本と映像表現への徹底したこだわりです。

2013年のAV Watchの報道によれば、西村義明プロデューサーは、脚本完成までに約3年を要し、当初の脚本は映画にすると約3時間半に相当する分量だったと振り返っています。

映画として成立させるためにはエピソードを削る必要がありましたが、監督にとってはどの場面も簡単には手放せないものでした。

また、作画の基準となる田辺修の線を作品全体に反映する作業も、制作を難しくした要因です。

WEBアニメスタイルの西村プロデューサーへのインタビューでは、レイアウトやラフ原画の修正が繰り返され、作画と美術の工程が止まるほどだったと明かされています。

西村氏は、完成までに20年かかる計算になるほど作業が進まない時期もあったと説明しています。

ジブリ第7スタジオとは?

本作の制作では、スタジオジブリの通常の制作環境とは別に、新しい制作拠点である「ジブリ第7スタジオ」が設けられました。

高畑監督の目指す映像を実現するため、日本のアニメーション界から優秀なスタッフが集結しました。

この現場を記録したのが、ドキュメンタリー作品『高畑勲、「かぐや姫の物語」をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』です。

このドキュメンタリーは、2011年5月5日から劇場公開までの933日にわたる制作現場を記録したものです。

映画そのものの約8年という制作期間と、ドキュメンタリーが追った933日間は、別の期間を指しています。

現場では、監督の映像に対する理想と、長編映画を完成させるための現実的な制作進行との間で、さまざまな調整が必要になりました。

14年ぶりの作品に込めた高畑勲の執念

高畑監督は、作品を完成させるために、既存のアニメーション制作の常識にとらわれない方法を選択しました。

とりわけ重要なのが、田辺修の作画表現です。

田辺の線は、均一で整った線とは異なり、強弱やかすれ、わずかな揺れを含んでいます。

それを画面全体で成立させるために、スタッフは従来の作画工程を見直す必要がありました。

作品の完成度を優先しながらも、長編映画として完成させる。その両立に苦心したことが、制作現場の大きな特徴でした。

【映像表現・声優・音楽】なぜ『かぐや姫の物語』は唯一無二なのか

本作を見た人が最初に驚くのは、一般的なジブリ作品とは大きく異なる映像表現でしょう。

緻密な背景や均一な輪郭線を中心とした従来のアニメーションとは違い、鉛筆で描いたスケッチのような線が画面いっぱいに広がっています。

鉛筆の線を生かした作画技法

人物造形・作画設計を担当したのは田辺修、美術を担当したのは男鹿和雄、作画監督は小西賢一です。

この三者の技術と高畑監督の演出が組み合わさり、本作独自の映像が生まれました。

特徴的なのは、次のような表現です。

- 鉛筆の線を生かす: 線のかすれや太さの変化を残し、人物の感情を視覚化する。
- 水彩画のような背景: 透明水彩を中心とした柔らかな色彩で自然を表現する。
- 動きと感情を一体化: 怒りや喜びを、人物の動きだけでなく線の勢いでも表現する。
- 場面ごとの画面設計: 感情に合わせてフレームや構図を柔軟に扱う。

WEBアニメスタイルの制作スタッフインタビューでは、通常より小さな紙を使い、線の強弱やかすれをスクリーン上で生かす工夫が紹介されています。

また、カットごとにフレームサイズを変えるなど、通常の長編アニメーションでは異例の試みも行われました。

特に注目したい姫の疾走シーン

映像表現の真価が発揮されるのが、姫が都から逃げ出す場面です。

それまで美しく整えられていた姫の姿が、走り出した瞬間に激しく崩れていきます。

着物が乱れ、髪が舞い、線そのものが荒々しく変化します。

これは単なるスピード感の演出ではありません。

姫が押さえ込んできた怒りや悲しみ、自由を奪われた苦しみが、映像そのものに現れているのです。

制作スタッフへのインタビューによれば、この場面では表情を細かく変化させる作画や、水彩を用いた動画表現も取り入れられました。

プレスコ方式が声優の演技にもたらしたもの

本作では、プレスコ方式という制作手法が採用されています。

プレスコとは、完成した映像に声を合わせる一般的なアフレコとは異なり、先に声を録音し、その演技を参考に映像を制作する方式です。

この方法によって、声優の息遣いや話し方、感情の揺れをアニメーションに反映できます。

映画の登場人物が、決められた台詞を話すだけでなく、本当にその場で感情を表現しているように感じられるのは、この制作方法とも関係しています。

朝倉あきが演じたかぐや姫


本作の主人公、かぐや姫の声を担当。『神様のカルテ』やNHK連続テレビ小説『てっぱん』などへの出演でも知られています。

朝倉あきの演技で印象的なのは、姫の年齢や感情の変化を声で表現している点です。

山里で無邪気に遊ぶ少女時代、都で美しく成長した姫、そして月へ帰ることを知った女性としての悲しみ。

それぞれの段階で異なる感情が表現されています。

ほかの主要キャストも実力派がそろいました。

- 捨丸:高良健吾
- 翁:地井武男
- 媼:宮本信子
- 相模:高畑淳子
- 女童:田畑智子
- 斎部秋田:立川志の輔
- 石作皇子:上川隆也
- 阿部右大臣:伊集院光
- 大伴大納言:宇崎竜童
- 御門:中村七之助

なお、翁を演じた地井武男は、2012年に亡くなっています。本作ではプレスコ方式によって生前に声が収録されていたため、翁役として出演することができました。完成前の一部の台詞の調整では三宅裕司が代役を務めています。

久石譲の音楽と二階堂和美の「いのちの記憶」


映画音楽を担当。高畑監督作品の音楽を手がけるのは本作が初めてでした。


主題歌「いのちの記憶」の作詞・作曲・歌唱を担当したシンガーソングライター。

久石譲の音楽は、物語の壮大さだけでなく、姫の心の揺れや自然の美しさを支えています。

一方、主題歌「いのちの記憶」は、作品を見終えた後に残る感情を静かに受け止める楽曲です。

この曲について、2026年6月のジブリパーク公式インタビューで二階堂和美本人が制作の経緯を語っています。

主題歌の依頼を受けたのは2012年秋ごろ。高畑監督からは「また会いたい」という気持ちを歌にしてほしいという方向性が示されたといいます。

二階堂は、映画を見終えた人が抱えるやりきれなさを受け止め、もう一度立ち上がれるような慰めの歌を求められたと振り返っています。

この制作エピソードを知ると、主題歌の意味も違って聞こえてきます。

月へ帰った姫と、地上に残された人々。もう会えないかもしれない相手を思い続けること。

「いのちの記憶」は、映画の別れを音楽によって受け止める役割を担っています。

【評判と評価】アカデミー賞ノミネートの理由と作品の魅力

『かぐや姫の物語』は、国内だけでなく海外でも高い評価を受けた作品です。

その象徴となったのが、2015年に開催された第87回アカデミー賞です。

アカデミー賞長編アニメーション賞にノミネート

本作は、第87回アカデミー賞の長編アニメーション賞にノミネートされました。

公式のノミネート記録には、高畑勲と西村義明の名前が掲載されています。

受賞には至りませんでしたが、日本の伝統的な物語を独自の映像表現で再構築した作品として、世界的な注目を集めました。

海外の映画批評でも高い評価

海外の映画批評集約サイトRotten Tomatoesでは、2026年11月時点の検索掲載データで、批評家スコア100%、観客スコア90%となっています。

批評家95件、観客評価1万件以上が集計対象として掲載されています。

これは海外での評価を示す一つの指標であり、日本国内の観客全体の評価と同一視することはできません。それでも、本作の映像美や物語の深さが海外でも支持されていることを示す材料です。

評価されているポイント

本作が評価される理由は、大きく三つあります。

第一に、アニメーションの表現力です。

鉛筆の線を残した作画は、従来のアニメーションの常識を大きく変えるものでした。人物の感情と線の動きが一体となった表現は、本作ならではの魅力です。

第二に、古典文学の再解釈です。

原作を単純に映像化するのではなく、姫の心情や人間関係を掘り下げることで、現代の観客にも伝わる物語に仕上げています。

第三に、生きることへの問いかけです。

姫は地上で多くの苦しみを経験しますが、それでも地上で過ごした時間を完全に否定することはできません。

その姿は、観客自身の人生や大切な人との関係を振り返らせます。

一方で、好みが分かれる部分もある

本作は上映時間が約137分と長く、物語の進行も比較的ゆったりしています。

また、明快な勧善懲悪や、すべての謎に答えを与える展開を期待する人には、結末が難解に感じられる可能性があります。

視聴者の好み 相性
美しい作画や芸術的な映像が好き 非常におすすめ
人物の心情を丁寧に描く作品が好き おすすめ
日本の古典文学に興味がある おすすめ
明快な冒険物語を楽しみたい 好みが分かれる
テンポの速い娯楽作品を求めている やや不向き

本作は、ストーリーの展開だけを追うよりも、人物の表情や自然の変化、音楽、沈黙を含めて味わうことで、魅力が深まる映画です。

【高畑勲のかぐや姫の物語】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:『かぐや姫の物語』はいつ公開された映画ですか?

A1:2013年11月23日に公開されたスタジオジブリの長編アニメーション映画です。原案・脚本・監督は高畑勲で、上映時間は約137分です。

Q2:かぐや姫の罪と罰の真相は何ですか?

A2:月から地上に来た理由をめぐる疑問が企画の出発点でしたが、高畑監督は制作途中で「罪と罰」を中心に据える方向性をやめたとされています。宣伝コピーだけで作品の主題を断定することはできません。地上で生きる喜びと苦しみ、そして人生への愛着が重要なテーマです。

Q3:『かぐや姫の物語』の制作には何年かかりましたか?

A3:約8年です。脚本や作画表現へのこだわりが長期化の背景にありました。なお、2011年5月5日から公開までの933日間は、制作現場を記録したドキュメンタリーの取材期間に当たります。

Q4:かぐや姫の声優は誰ですか?

A4:朝倉あきです。捨丸を高良健吾、翁を地井武男、媼を宮本信子が演じています。

Q5:主題歌と映画音楽を担当したのは誰ですか?

A5:映画音楽は久石譲、主題歌「いのちの記憶」は二階堂和美が担当しました。二階堂和美は作詞・作曲・歌唱を手がけています。

Q6:『かぐや姫の物語』はアカデミー賞を受賞しましたか?

A6:2015年の第87回アカデミー賞で長編アニメーション賞にノミネートされましたが、受賞はしていません。

『かぐや姫の物語』は、単なる『竹取物語』のアニメーション化ではありません。

高畑勲監督は、古典の中で十分に語られなかった姫の人生を描き直し、自然への愛着、人とのつながり、自由への憧れ、そして別れの悲しみを表現しました。

約8年の制作期間、ジブリ第7スタジオの挑戦、田辺修を中心とした独創的な作画、プレスコ方式による声の表現、久石譲と二階堂和美による音楽。

そのすべてが、姫の人生を映画として成立させるために結びついています。

【プロの結論】この作品を理解するための3つの視点

1. 「罪と罰」というコピーだけで解釈しないこと。

高畑監督自身が宣伝コピーに異議を唱えていた経緯を知ると、作品の本質が見えてきます。謎解きだけではなく、地上で生きる姫の感情に注目することが大切です。

2. 原作との違いは、姫の人間性を描くための演出であること。

捨丸の存在や幼少期の描写は、姫が何を愛し、何を失ったのかを観客に伝える重要な要素です。原作の変更は、古典を壊すためではなく、その物語に隠された感情を引き出すためのものでした。

3. 映像表現そのものを物語として受け取ること。

姫が走る場面の荒々しい線、山里の柔らかな色彩、月の迎えの静かな美しさ。それぞれの映像に感情が込められています。台詞だけでなく、線や色、音楽から作品の意味を読み取ることが重要です。

高畑勲が描いたかぐや姫は、月から来た特別な存在であると同時に、自由に生きたいと願う一人の少女でした。

地上で過ごした時間は短く、最後には大切な記憶さえ失われてしまう。それでも、彼女が地上で感じた喜びや愛情は、観客の心に残ります。

『かぐや姫の物語』が最後に問いかけるのは、なぜ人間は苦しむのかという疑問だけではありません。苦しみがあると知りながら、それでも生きることをどう受け止めるのかという問いなのです。

2013年の公開から年月を経た2026年現在も、この作品が世代を超えて見直される理由は、そこにあります。

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桜庭 準

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