今回の危機は、単なる海上交通のトラブルではない。米国・イスラエルとイランの軍事衝突を起点に、イランが世界有数のエネルギー輸送ルートを外交・軍事上の圧力手段として利用する構図が生まれた。
2026年2月28日:米国・イスラエルによるイラン攻撃英国下院図書館の調査資料によると、2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対する大規模な軍事攻撃を開始した。両国はイランの核開発計画や弾道ミサイル計画などを標的とし、攻撃によって最高指導者アリー・ハメネイ師が死亡した。
これに対してイランは、イスラエルや中東地域の米軍基地などへの報復攻撃を実施。ホルムズ海峡の閉鎖も、その対抗措置の一つとして行われた。
ホルムズ海峡が軍事的な圧力手段として選ばれた理由は、その地理的な重要性にある。ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶこの海峡は、湾岸産油国が原油や天然ガスを世界市場へ輸出するための主要な出口だからだ。
2026年4月〜7月:停戦交渉と通航制限の長期化4月8日には、パキスタンの仲介によって米国とイランの間で2週間の戦闘休止が合意された。しかし、軍事的な緊張が緩和したからといって、海峡の安全が自動的に回復したわけではない。
6月に英国下院図書館が公表した資料でも、停戦が存在する一方で船舶の通航量は極めて低い状態が続いていた。米国はイランの港を出入りする船舶に対する対抗封鎖も実施した。
加えて、米中央軍(CENTCOM)は7月13日、イランの港湾との間を航行する海上交通に対する封鎖措置を7月14日から再開すると発表した。米国側は、封鎖対象をイランの港湾や沿岸地域に関係する船舶とし、それ以外の船舶の地域内通航は支援すると説明している。
このように、イラン側の海峡通航制限と米国側のイラン港湾封鎖が重なり、商船会社は複数の軍事的リスクを考慮しなければならなくなった。
閉鎖の本質は「海峡の支配権」と「交渉力」イランにとってホルムズ海峡は、単なる領海周辺の航路ではない。世界のエネルギー供給に影響を与えられる戦略的な場所だ。
通航許可、航路の指定、船舶の検査、通航料の要求などを通じて、イランは海峡に対する実効的な影響力を確保しようとしてきた。こうした措置は、米国との交渉や制裁、軍事作戦をめぐる駆け引きとも切り離せない。
ただし、沿岸国が海峡周辺で一定の安全規制を設けることと、外国商船の通航を一方的に拒否したり、通航料を課したりすることは別問題である。ここに今回の危機の国際法上の争点がある。
【日本への影響】原油・ガソリン・海運業界はどうなる?

日本にとってホルムズ海峡の問題は、遠い中東地域の軍事ニュースではない。原油の調達、電力・石油製品の供給、物流費、ガソリン価格、さらには製造業のコストに関わる問題だ。
日本の原油輸入はホルムズ海峡への依存度が高い経済産業省が2026年3月10日の会見で示した数字によると、当時の日本の原油輸入量の約93%がホルムズ海峡を通過するルートに依存していた。LNGについては約6%であり、原油と天然ガスでは依存構造が異なる。
日本の石油産業を取り巻く構造も、危機への対応を難しくしている。日本は中東産原油への依存度が高く、産油国との長期契約や既存の輸送網を簡単に変更できない。原油の種類によって精製設備との相性も異なるため、購入先を変更すればすべて解決するわけではない。
日本政府は代替調達と備蓄放出で対応日本政府は危機発生後、ホルムズ海峡を経由しない原油の調達を進めてきた。
6月11日の高市首相の説明では、米国、アラスカ、中南米、アジア太平洋、中央アジア、アフリカなどからの調達先の多様化が進展。6月分について必要な代替調達量の約80%を確保し、7月には前年同月と同程度の調達量を回復できる見通しが示された。
特に米国からの輸入は、7月に前年同月比で10倍を超える見込みとされた。また、政府は原油備蓄の放出も組み合わせ、国内の供給を維持する方針を示している。
この対応によって、日本はホルムズ海峡を通らない調達ルートを拡大した。しかし、これは海峡の問題が解決したことを意味しない。代替調達には輸送日数、船舶確保、保険、原油の品質、購入価格などの制約がある。
日本船主協会・長澤仁志会長が示した海運現場の危機感エネルギー供給と同じくらい深刻なのが、実際に海上輸送を担う船員と船舶の安全問題だ。
日本船主協会の長澤仁志会長は、2026年9月30日の会見で、日本関係船舶の通航状況について説明した。通航準備が整った船舶は、湾内に残る3隻を除いてペルシャ湾から出域できた一方、再びホルムズ海峡へ入る判断は極めて難しいとの認識を示した。
「現下の情報では、なかなか日本の海運会社として、ホルムズへ入っていくという判断はできない」
これはTBS CROSS DIG with Bloombergが報じた会見での発言だ。長澤会長は、安全が完全に確保されたと確認できた段階で、それぞれの海運会社が判断するという考えも示している。
6月19日の日本船主協会の発表では、ペルシャ湾内に日本関係船舶37隻と約850人の船員が残されていた。船舶の脱出には機雷の除去と、通航料を課されない自由で安全な航路の回復が必要だと訴えていた。
9月末までに状況は変化したものの、船舶が出域できることと、再び安全に入域できることは同じではない。海運会社にとっては、船員の生命、貨物の価値、船舶保険、拿捕のリスクを総合的に判断する必要がある。
ガソリン価格や電気料金はどう変わる?ホルムズ海峡の通航制限が長期化すれば、原油価格の上昇圧力につながる可能性がある。しかし、原油価格が上昇した分だけ、翌日からガソリン価格が同じ割合で上がるわけではない。
2026年11月4日のロイター通信の市場報道では、北海ブレント原油先物は3.09%下落して1バレル100.40ドル、米WTI原油先物は3.13%下落して93.08ドルとなった。
同日の市場では米国の中間選挙後の政治情勢や、米国・イラン間の交渉の先行きなどが材料視された。10月の湾岸地域からの原油・コンデンセート・石油製品の輸出量が日量1,710万バレルまで回復したことも、供給懸念を和らげる材料として報じられている。
つまり、ホルムズ海峡の緊張が続いていても、原油価格は軍事情勢だけで決まるわけではない。市場は将来の供給量、在庫、停戦の可能性、産油国の輸出能力などを同時に織り込む。
国内のガソリン価格については、資源エネルギー庁の調査データを掲載する価格統計で、2026年10月26日時点のレギュラーガソリン全国平均は1リットル170.1円となっている。これは11月4日の店頭価格を直接示す数字ではない。
原油の調達価格が上昇しても、国内価格への反映には時間差が生じる。為替相場、精製・輸送コスト、石油元売り会社の在庫、政府の価格対策も影響するためだ。
家計や企業が注意したいのは、ガソリンだけではない。原油を原料とするナフサや石油化学製品、物流費、航空燃料、電力・ガス関連コストにも波及する可能性がある。特に輸入原料に依存する製造業では、燃料価格以外のコスト上昇にも目を向ける必要がある。
【迂回航路】喜望峰ルートでホルムズ海峡の閉鎖を回避できるのか?
ホルムズ海峡の閉鎖をめぐるニュースで頻繁に登場するのが、喜望峰を経由する迂回航路だ。ただし、このルートについては大きな誤解がある。
喜望峰迂回航路とは?喜望峰は南アフリカ共和国の南西端に位置する海上交通の要所だ。中東から欧州方面へ向かう船舶などが、スエズ運河や紅海周辺の航行リスクを避ける際に利用するルートとして知られている。
日本向けの米国産原油についても、パナマ運河を通過できない大型原油タンカーが喜望峰経由で輸送するケースがある。
2026年5月20日のロイター通信は、日本の石油元売り業界の見通しとして、米国産原油の大型タンカー輸送では喜望峰を回る航路が必要になる場合があり、航海日数は約55日と、従来の中東ルートの2倍を超えると報じた。
この輸送期間の長期化は、タンカーの確保、運賃、燃料費、保険料に影響する。日本に届く原油の調達先を変更できても、物流コストが増える可能性は残る。
サウジアラビアとUAEには海峡を避けるパイプラインがあるもう一つの重要な代替手段は、海上輸送そのものを始める前に、原油を陸上パイプラインでホルムズ海峡の外へ運び出す方法だ。
国際エネルギー機関(IEA)は、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)に、ホルムズ海峡を回避できる原油輸送インフラが存在すると説明している。
- サウジアラビア:東西パイプラインを通じて、ペルシャ湾側の原油を紅海沿岸のヤンブーへ輸送する。
- UAE:アブダビ原油パイプライン(ADCOP)を通じて、原油をホルムズ海峡の外側にあるフジャイラへ運ぶ。
IEAが示す代替輸送能力は、両国のパイプラインを合わせて日量約350万〜550万バレルと推計されている。ただし、世界の石油輸送量をすべて代替できる規模ではない。
2025年にはホルムズ海峡を通過した石油が日量約2,000万バレルに達していた。したがって、陸上パイプラインの活用だけで完全に代替することは難しい。
喜望峰ルートと陸上パイプラインは役割が違うここは特に理解しておきたいポイントだ。
喜望峰を回る海上ルートは、ホルムズ海峡を通らずに輸送できる供給元から日本などへ原油を運ぶ際に有効だ。一方、ペルシャ湾の内部にある港から輸出する原油は、まずホルムズ海峡を出なければならない。喜望峰を回るだけでは、海峡の内側に閉じ込められたタンカーを外へ出すことはできない。
この問題を解消するために必要なのが、サウジアラビアやUAEのパイプライン、代替調達先の拡大、船舶の安全な航行環境の回復を組み合わせた対策だ。
【国際法と航行警報】イランはホルムズ海峡を自由に封鎖できるのか?
ホルムズ海峡の問題は、軍事力や経済力だけでは解決できない。国際海峡における船舶の通航権という、国際法上の重要な原則が関係している。
国連海洋法条約の「通過通航権」ホルムズ海峡は、国際航行に利用される海峡に該当する。国連海洋法条約(UNCLOS)では、こうした海峡を継続的かつ迅速に通過するための「通過通航権」が定められている。
この制度では、沿岸国が安全な航行のための規制を設けることは認められるものの、通過通航そのものを妨害したり、停止したりすることは原則として認められていない。
2026年7月6日から10日に開催されたIMO理事会の第137回会合では、国際海峡の通過通航権を脅かしたり、妨げたり、停止したりしてはならないという原則が改めて確認された。
同会合は、ホルムズ海峡について、国際的に認められた航路分離方式に沿った通航の確保、通航料を課さない自由な航行、民間商船への攻撃停止も求めている。
イランと米国のUNCLOSをめぐる法的な立場ここで注意したいのは、イランと米国はいずれもUNCLOSを批准していないという点だ。イランは1982年に署名したものの批准しておらず、通過通航制度が自国にそのまま適用されるかについて、他の海洋国とは異なる法的立場を示している。
一方、国際海洋法の専門家の間では、国際海峡の通過通航権は条約に加盟していない国にも及ぶ慣習国際法として成立しているとの見解が有力だ。
英国のシンクタンク、チャタムハウスなどの法的分析でも、イランが主張する沿岸国の規制権限と、国際社会が主張する通過通航権の関係が大きな争点として取り上げられている。
したがって、イランが自国の安全保障を理由に航路の管理を主張していることと、国際社会が認める通過通航権が法的に停止したことは同じではない。
UKMTOとMARADの警戒情報をどう読むべきか商船の安全を確認するうえで重要な機関が、UKMTOと米国海事局(MARAD)だ。
UKMTOは、英国海軍が運営する海上交通関連の情報窓口で、中東やインド洋地域の船舶事故、攻撃、疑わしい接近などの情報を集約している。
2026年3月1日のUKMTOの勧告更新では、海峡閉鎖に関する情報や無線通信上の通航制限が流れていても、NAVAREA警報やIMOが認める海上安全情報を通じた正式な閉鎖通知とは区別すべきだと説明された。VHF無線で通航制限を告げられたことだけでは、国際法上の通過通航権が停止したことにはならないという指摘だ。
ただし、これは3月1日時点の説明であり、11月4日の実際の危険度を低く評価する材料にはならない。現在は攻撃や電子的な妨害の報告が続いている。
米国海事局も9月9日付の勧告「2026-011」を有効にしており、ペルシャ湾、ホルムズ海峡、オマーン湾で商船への攻撃リスクが高いと警告している。
同勧告では、イラン側の脅威として、小型船舶やヘリコプターによる接近・乗船だけでなく、ミサイル、武装無人航空機、無人水上艇による攻撃も挙げられている。警戒期間は2027年3月8日までとされている。
【今後の焦点】ホルムズ海峡はいつ再開する?確認すべき5つのポイント
2026年11月4日の段階で、海峡の通常運航への復帰時期を確定できる材料はそろっていない。再開の判断には、政治交渉だけでなく、海上の危険物除去や商船会社の安全評価など、複数の条件が必要になる。
1.米国とイランの停戦・外交交渉最も大きな焦点は、米国とイランの軍事的緊張がどこまで緩和するかだ。停戦合意が成立しても、攻撃の再発や海峡の管理をめぐる対立が続けば、船舶会社は通常運航に戻りにくい。
2.機雷の除去と航路の安全確認日本船主協会の長澤会長も機雷の除去を重要な条件として挙げている。航路に機雷が存在する可能性が残る場合、船舶会社は積荷や乗組員の安全を確保できない。
機雷の位置を確認し、安全な航路を確立し、関係機関がその安全性を共有できるかが重要になる。
3.IRGCによる通航許可や通航料の問題イラン側が通航管理をどのように位置づけるかも焦点だ。国際社会が求めるのは、特定国の政治的判断や支払い能力によって差別されない、自由で安全な航行の回復である。
4.UKMTO・IMOの確認済み事故件数攻撃の報告件数が減少するだけでは不十分だ。IMOの確認済み事故一覧、UKMTOの最新警報、乗組員の被害状況、船舶の損傷や油濁事故などを継続して確認する必要がある。
5.実際のタンカー通航量が回復するか政治家の再開宣言よりも、商船が継続的に通航しているかどうかが重要な判断材料になる。
一日だけ数隻のタンカーが通過しても、通常運航が再開したとはいえない。少なくとも複数週間にわたり通航量が増え、船員の安全が確保され、海上保険や運航契約が正常化する必要がある。
【プロの結論】封鎖解除を判断するための本当の基準ホルムズ海峡の再開を判断するとき、ニュースの見出しだけを見てはいけない。確認すべきなのは次の3点だ。
- 法的な通航権:国際海峡の自由な通航を妨げる措置が解消されているか。
- 物理的な安全:機雷、ミサイル、無人機、拿捕などの危険が十分に低下しているか。
- 商業的な正常化:タンカー、LNG船、貨物船が継続して通航し、保険や輸送契約が成立しているか。
この3つがそろわなければ、政治的に「海峡を開放した」と発表されても、実際のエネルギー輸送は元に戻らない可能性がある。
また、船舶追跡情報を見る際は、AISによる確認数だけで全体を判断しないことも重要だ。AISの送信停止やGPS妨害が発生する地域では、衛星画像や電波情報を組み合わせた複数の情報源による検証が必要になる。
【ホルムズ海峡閉鎖に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ホルムズ海峡は2026年11月4日現在、完全に閉鎖されていますか?
A1:完全に船舶が通れない状態ではない。AIS追跡データでは11月4日にも通航が確認されている。ただし、直近7日間の平均通航数は危機前の約11%であり、通常運航には程遠い状況だ。
Q2:イラン革命防衛隊が発表したタンカー4隻の炎上と2隻の拿捕は事実ですか?
A2:11月4日にIRGCが発表した内容としてロイター通信が報じている。ただし、船名や船籍などの詳細が示されておらず、独立した裏付けは確認されていない。現段階では確認済みの事故と同列には扱えない。
Q3:ホルムズ海峡が閉鎖されると日本の原油はなくなりますか?
A3:直ちに国内の原油供給が停止するわけではない。日本政府は米国などからの代替調達や石油備蓄の活用を進めてきた。ただし、輸送費や調達価格、原油の種類、供給先の確保などの問題は残る。
Q4:ホルムズ海峡の閉鎖でガソリン価格は必ず上がりますか?
A4:必ず上がるわけではない。原油価格、為替相場、輸送費、政府の価格対策などによって変動する。実際、11月4日のブレント原油先物は下落しており、海峡の緊張だけで市場価格が決まるわけではない。
Q5:喜望峰を迂回すればホルムズ海峡を通らずに原油を運べますか?
A5:米国など海峡の外側から調達した原油を日本へ運ぶ際には利用できる。しかし、ペルシャ湾内にある港から原油を輸出する場合は、まず海峡を出る必要があるため、喜望峰への迂回だけでは解決しない。
Q6:ホルムズ海峡の閉鎖解除はいつになりますか?
A6:2026年11月4日時点で確定した解除日は公表されていない。米国とイランの外交交渉、機雷の除去、商船への攻撃停止、国際法に沿った通航条件の回復が今後の焦点になる。
2026年11月4日現在、ホルムズ海峡は完全に船舶が通行できない状態ではない。しかし、危機前の約11%というAIS確認ベースの通航量、IMOが集計した128件の確認済み事件、24人の船員死亡という数字が示すように、海上交通の安全と正常化には依然として大きな課題が残っている。
11月4日のIRGCによるタンカー4隻の炎上と2隻の拿捕の発表も、今後の情勢を左右する可能性がある。ただし、発表内容とIMOやUKMTOによる確認済み情報は分けて理解する必要がある。
日本にとっては、原油の代替調達や石油備蓄によって短期的な供給リスクを抑えることに加え、輸送ルートの多様化や海運会社の安全確保が長期的な課題となる。
今後は、米国とイランの交渉、IRGCの通航管理方針、機雷除去、UKMTOの航行警報、IMOの事故記録、そして実際のタンカー通航量を総合的に確認することが重要だ。
ホルムズ海峡の問題は、単に海峡が開いているか閉じているかという二択ではない。国際法に基づく自由な航行と、船員が安全に働ける環境、そして世界のエネルギー供給網が正常に機能するかどうかが、本当の意味での危機解消を判断する基準となる。
日本のエネルギー安全保障を考えるうえでも、この問題は今後も継続して注視すべき重要な国際情勢である。