2人の関係を理解するうえで欠かせないのが、東京都内の高校で同級生だったという事実です。
田代まさしは2026年1月に出演した「令和の虎」関連の配信で、鈴木雅之とは芝浦工大高の同級生だったと説明しています。高校時代に知り合い、音楽活動をともにするようになった2人は、単なるバンド仲間を超えた関係を築いていました。
お互いを「兄弟」と呼ぶほどの親密さ2025年6月、田代は自身のYouTubeチャンネルで鈴木との関係について語っています。
田代によると、高校時代は鈴木の家から学校に通うことも多かったそうです。家庭に居心地の悪さを感じていた田代にとって、鈴木の家は安心できる場所でした。
鈴木の母親も田代を実の息子のように扱ってくれたといいます。
田代は当時の関係を振り返り、鈴木の家を「第二のふるさと」と表現しています。
このエピソードから見えてくるのは、2人の友情が音楽活動だけで成立していたわけではないということです。
高校時代の生活、家族との交流、音楽への情熱。こうした日常の積み重ねが、長年にわたる関係の土台になっていました。
高校時代に交わした家族についての約束2026年1月の「令和の虎」出演後、田代は鈴木との間にあった、もう一つの約束を明かしました。
それは、困ったときにはお互いの家族を支えるという約束です。
田代の説明によれば、鈴木は田代が逮捕され、家族への経済的な支援が難しくなった時期に、息子を含む家族を陰から支えていたといいます。
しかも、鈴木は田代本人にそのことを知らせていませんでした。田代は出所後、息子から話を聞いて初めて知ったと説明しています。
この出来事は、2025年11月の千原ジュニアのYouTubeチャンネル出演でも紹介され、翌2026年1月には日刊スポーツが改めて報じました。
田代が再び鈴木の隣で歌いたいと願う背景には、音楽への未練だけでなく、こうした恩義への思いもあります。
【結成秘話とメンバー】シャネルズからラッツ&スターへの軌跡

鈴木雅之と田代まさしの関係を語るうえで、シャネルズとラッツ&スターの歴史は欠かせません。
2人が取り組んだのは、アメリカ発祥のコーラス音楽であるドゥーワップです。複数人の声を重ね、リズムやハーモニーを生かすスタイルは、シャネルズの個性を形作る重要な要素でした。
シャネルズ結成のきっかけは音楽仲間との遊びシャネルズは1975年、鈴木雅之を中心とする仲間たちによって結成されました。
結成当初から完成されたプロの音楽集団だったわけではありません。鈴木の音楽への情熱を軸に、仲間たちがドゥーワップやソウルミュージックに夢中になり、グループとしての形を整えていきました。
テレビ朝日系のインタビュー番組でも、鈴木は幼なじみたちとシャネルズを結成し、ドゥーワップを選んだ経緯を語っています。
1977年と1978年には、ヤマハ主催のアマチュアバンドコンテスト「EastWest」に出場。1978年の大会で優秀グループ賞を獲得したことも、プロデビューへの足がかりになりました。
1980年2月25日、シャネルズはシングル「ランナウェイ」でレコードデビュー。楽曲は大ヒットし、グループの名前は全国に広まりました。
シャネルズからラッツ&スターへの改名1983年3月、グループ名をシャネルズからラッツ&スターへ変更しました。
同年4月1日には新グループ名での第1弾シングル「め組のひと」を発売。印象的な振り付けとキャッチーなメロディーで大ヒットを記録しました。
同じ時期に発表された「Tシャツに口紅」も代表曲の一つです。大瀧詠一が作曲・プロデュースを担当し、ドゥーワップの魅力を取り入れた作品として知られています。
ラッツ&スターの主要メンバーメンバーは時期によって変遷していますが、代表的な顔ぶれは次のとおりです。
| メンバー | 主な担当・役割 |
|---|---|
| 鈴木雅之 | リードボーカル・リーダー |
| 田代まさし | テナーボーカル |
| 佐藤善雄 | バスボーカル |
| 久保木博之 | トップテナーボーカル |
| 桑野信義 | トランペット・ボーカル |
| 出雲亮一 | ギター・ボーカル |
| 新保清孝 | ドラムス・ボーカル |
このほか、初期のグループには高橋進、須川泰男、山崎廣明らも参加していました。
主要な出来事を年表で整理| 年 | 出来事 | 音楽史における意味 |
|---|---|---|
| 1975年 | シャネルズ結成 | ドゥーワップを軸に活動開始 |
| 1977~78年 | EastWestに出場 | アマチュア時代の実績 |
| 1980年2月25日 | 「ランナウェイ」でデビュー | 全国的な人気を獲得 |
| 1983年3月 | ラッツ&スターに改名 | 新体制で再出発 |
| 1983年4月 | 「め組のひと」発売 | 代表的なヒット曲に |
| 1996年 | 約11年ぶりに再集結 | 「夢で逢えたら」を発売 |
| 2009年 | 鈴木と田代が再会 | 田代の出所後の交流 |
| 2022年 | 田代が出所 | 音楽活動を再開 |
| 2025年 | シャネルズ45周年 | ドゥーワップ企画を展開 |
| 2026年 | 音楽イベントを主催 | 再共演を目指した活動を継続 |
ソニーミュージックの公式プロフィールには、1980年のデビュー、1983年の改名、1996年の再集結とライブ開催などが記録されています。
【現在の交流】鈴木雅之と田代まさしは今も連絡を取っている?
多くの読者が気になるのは、2人が現在も親交を保っているのかという点でしょう。
結論からいえば、田代の証言では、直接会う機会は長くないものの、メールなどを通じた連絡は続いています。
2009年には出所後初めて再会2009年3月、オリコンは鈴木雅之が田代について語った内容を報道しました。
当時、鈴木は田代について、幼なじみとして見守り、できる限りのことをしたいという趣旨の発言をしています。
また、田代は自身のブログで、出所後初めて鈴木と再会したことを報告。佐藤善雄を含めた3人の写真も掲載していました。
鈴木は田代の人生について厳しい状況からの再出発になると理解を示し、音楽活動に再び取り組むことへの期待を伝えていました。
この時点でも、鈴木が田代を完全に過去の仲間として切り離していたわけではなかったことが分かります。
2025年6月に明かしたメールでの交流2025年6月15日付の日刊スポーツの記事では、田代が自身のYouTubeチャンネルで鈴木との連絡状況について回答しています。
田代によると、しばらく直接会っていないものの、メールで何度かやり取りしていたとのことです。
また、鈴木の母親との思い出や、高校時代からの兄弟のような関係についても語りました。
重要なのは、2人の関係が完全に途絶えたわけではないという点です。
2026年2月には鈴木からの連絡についても証言2026年2月1日付のデイリースポーツの記事では、田代がさらに踏み込んだ話をしています。
田代の説明によると、鈴木は正月になると、自分が取り組んでいる音楽や思いをメールで知らせてくれることがあり、田代の誕生日にはラジオで祝福の言葉を伝えてくれたこともあるそうです。
一方で、鈴木にはレコード会社や所属事務所などの立場があります。
田代自身も、鈴木が表立って共演を呼びかけることには難しい事情があると理解しています。
つまり、友情が続いていることと、芸能活動として共演できることは別の問題なのです。
【2026年最新】田代まさしの音楽活動とドゥーワップ・カーニバル
2026年の田代まさしは、単に過去の音楽活動を懐かしむだけではありません。
シャネルズ時代の音楽を原点に、仲間たちと新しいステージを作り上げています。
1月13日:「令和の虎」で再共演への夢を告白2026年1月13日、田代はYouTubeチャンネル「令和の虎CHANNEL」に出演しました。
そこで掲げた目標が、鈴木雅之の隣でもう一度歌うことでした。
田代は、鈴木と再び共演するためには、まず自分自身が努力を重ね、周囲から認めてもらえる存在になる必要があると説明しています。
番組では、自身の過去の逮捕歴や薬物依存についても言及。出所後は薬物検査を受け、その結果をSNSで発信していると説明しました。
イベントの運営資金として100万円の協賛を希望し、最終的に出資者から合計100万円を獲得しています。
ただし、番組出演によって鈴木との共演が決定したわけではありません。
4月30日:CLUB CITTA'で第3回ドゥーワップ・カーニバルを開催2026年4月30日には、神奈川県川崎市のCLUB CITTA'で「Masashi Tashiro Presents Doo-Wop Carnival Ⅲ & Soul Review Show」が開催されました。
この公演は田代が企画したドゥーワップとソウルミュージックの祭典です。
よろず〜ニュースの5月2日付報道によると、会場には約1000人が集まり、9組のバンド・アーティストによる5時間以上のステージが展開されました。前売り券は早々に完売し、立ち見も出る盛況だったと伝えられています。
出演者には次のようなアーティストが名を連ねました。
- Marcy with &Stars
- the OneDollars
- CONNY
- THE WANDERERS
- Three Bicrees
- Woody Funk
- Bro.KORN
田代自身もステージに立ち、「ペパーミント・ツイスト」「グッドナイト・スイートハート」など、シャネルズ時代にリードボーカルを担当した楽曲を披露しました。
フィナーレでは出演者が集まり、「め組のひと」を歌唱。シャネルズ時代の音楽を現在の仲間たちと再び届ける場になりました。
特筆すべきは、鈴木雅之本人がこの公演の出演者として発表されていなかったことです。
このイベントは鈴木との再共演ではなく、田代が自分の力で音楽活動を積み重ねるための公演でした。
Marcy with &Starsとは?田代が現在の音楽活動で大切にしているのが、バックバンドのMarcy with &Starsです。
2026年4月の公演では、シャネルズ結成時からのメンバーである新保清孝、高橋進、須川泰男らとともにステージに立ちました。
報道によると、メンバーとの再会は2年前の誕生日会がきっかけでした。そこで「ランナウェイ」を即興で歌ったことから、音楽活動が再び動き出したといいます。
当初のメンバーから活動の輪が広がり、公演時には7人編成に成長していました。
田代は将来的に、シャネルズと同じ10人編成にしたいという意欲も語っています。
この活動は、単なる懐メロの再現ではありません。かつての仲間たちが再び集まり、音楽を作る楽しさを取り戻している点に大きな意味があります。
10月の熊本ライブと11月の近況2026年10月には、田代がアンドスターズとともに九州を訪れ、ツアー最終日の18日に熊本市のFANTOMでライブを行いました。
日刊スポーツの10月19日付報道によると、当日は屋外のステージで歌唱し、熊本地震の被災者を支援するための義援金も届けたといいます。
そして11月4日には、NPO法人アパリで職員立ち会いのもと薬物検査を受け、本人がSNSで陰性だったと報告したことが日刊スポーツで報じられました。
また、年末にはアンドスターズとの大忘年会を企画していることも明らかにしています。
2026年の田代は、音楽イベントの開催、地方でのライブ、薬物依存からの回復に向けた取り組みを並行して続けています。
【再共演は実現する?】鈴木雅之と田代まさしの友情の真相
最も注目されるのは、やはり2人が再び同じステージに立つ可能性です。
田代は2025年から2026年にかけて、複数のインタビューや番組で鈴木への思いを語っています。
しかし、共演については慎重な姿勢を崩していません。
田代が鈴木に直接共演を頼まない理由2026年2月のデイリースポーツの取材で、田代は鈴木に対して無理に共演を求めることはしないと説明しました。
その理由は、鈴木自身にも仕事上の立場や責任があるからです。
田代は、自分が過去に起こした問題によって鈴木に迷惑をかけたくないという思いを持っています。
また、鈴木から声をかけてもらうことを期待するだけではなく、自分自身が努力を続け、共演にふさわしいと思ってもらえるところまで成長したいという考えも示しています。
田代の夢は、鈴木に過去の友情を理由に助けてもらうことだけではありません。
自分の活動を見てもらい、もう一度音楽仲間として認めてもらうことなのです。
鈴木雅之の「Silhouettes」は田代へのメッセージ?2025年のオリコンのロングインタビューでは、田代が興味深いエピソードを語っています。
鈴木雅之が45周年記念のドゥーワップツアーで、シャネルズ時代に歌っていた「Silhouettes」を披露したことです。
田代は、この選曲について自分へのメッセージではないかと感じたと話しています。
ただし、これは田代自身の受け止め方であり、鈴木が田代に向けて意図的に送ったメッセージだと確認されたわけではありません。
それでも、かつて一緒に音楽を作っていた2人の歴史を考えると、田代にとって特別な出来事だったことは伝わってきます。
インタビューでは、2人でシャネルズを作り、朝まで音楽の話をしていた思い出にも触れています。
再共演の実現を判断する3つのポイント今後の動きを見るうえで、注目したいのは次の3点です。
| 判断ポイント | 現在の状況 | 今後の注目点 |
|---|---|---|
| 2人の個人的な交流 | メールなどの連絡があると田代が証言 | 直接会う機会が生まれるか |
| 田代の音楽活動 | &Starsとのライブを継続 | 継続的な公演や実績 |
| 鈴木との共演 | 公式な出演発表は確認されていない | 本人・関係者からの正式発表 |
特に重要なのは、鈴木本人の意思と、所属事務所やレコード会社を含めた関係者の判断です。
田代の努力だけで共演が決まるものではありません。
また、ファンが期待しているからといって、鈴木が必ず応じなければならないわけでもありません。
過去の友情を尊重しながら、現在の活動や社会的な信頼を積み重ねていくことが、再共演に向けた現実的な道筋になります。
【鈴木雅之と田代まさし】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:鈴木雅之と田代まさしは高校時代からの同級生ですか?
A1:はい。2人は芝浦工大高の同級生です。田代は鈴木の家から高校に通うことも多く、鈴木の家族とも親しい関係だったと語っています。
Q2:鈴木雅之と田代まさしは現在も連絡を取っていますか?
A2:田代の2025年と2026年の証言によると、直接会う機会は長くないものの、メールでのやり取りは続いています。正月の連絡や誕生日の祝福についても田代が明かしています。
Q3:2026年に鈴木雅之と田代まさしの再共演は実現しましたか?
A3:2026年11月4日時点で、2人の再共演が実現したという公式発表は確認できません。4月30日のドゥーワップ・カーニバルには田代と旧メンバーらが出演しましたが、鈴木の出演は発表されていません。
Q4:田代まさしは2026年現在も音楽活動をしていますか?
A4:はい。Marcy with &Starsとのライブやドゥーワップ関連イベントを継続しています。10月には熊本でライブを開催し、年末のイベントも企画していると報じられています。
鈴木雅之と田代まさしの関係は、高校時代の同級生から始まり、シャネルズ、ラッツ&スターという音楽活動を通じて深まったものです。
2人は音楽仲間であるだけでなく、家族のことまで支え合おうと約束した間柄でした。
田代の度重なる不祥事によって、2人が同じステージに立つ機会は失われました。しかし、田代の証言からは、メールなどの交流や鈴木への感謝が現在も続いていることがうかがえます。
2026年にはドゥーワップ・カーニバルを成功させ、Marcy with &Starsとしての活動も前進。地方ライブや回復に向けた取り組みも続けています。
再共演はまだ実現していません。 それでも、田代は鈴木の隣で歌うという夢を捨てていません。
かつて一緒にシャネルズを作った2人が、再び同じマイクの前に立つ日は来るのか。今後は田代の活動実績だけでなく、鈴木本人や関係者からの正式な発表にも注目が集まります。
主な参考資料:ソニーミュージック公式プロフィール、オリコンニュース、日刊スポーツ、スポニチ、デイリースポーツ、よろず〜ニュース、CLUB CITTA'公演情報。