たてかべ和也(たてかべ・かずや)さんは、国民的アニメ『ドラえもん』でジャイアンこと剛田武を演じ、1979年から2005年までの26年間にわたって親しまれた声優・俳優です。1934年7月25日生まれ、北海道出身。本名は立壁和也で、2015年6月18日に80歳で亡くなりました。
死因は急性呼吸器不全です。『ヤッターマン』のトンズラー、『タイムボカン』のワルサー、『ど根性ガエル』のゴリライモ、『はじめ人間ギャートルズ』のドテチンなど、ジャイアン以外にも数多くの人気キャラクターを担当しました。2005年には14歳だった木村昴さんにジャイアン役を引き継ぎ、先輩・後輩として深い交流を築いています。
【プロフィール】たてかべ和也の読み方・本名・生年月日と声優としての経歴

たてかべ和也さんは、力強く存在感のある声と、豪快さの中にユーモアを感じさせる演技で知られたベテラン声優です。長年にわたってテレビアニメや吹き替え作品で活躍し、日本のアニメ史に残るキャラクターを数多く演じました。
名前の読み方は「たてかべかずや」名前の読み方は「たてかべ・かずや」です。「たてかべ」という珍しい名字のため、初めて名前を見た人には読み方が分かりにくい可能性があります。
本名は立壁和也です。芸名の「たてかべ和也」と漢字表記は異なりますが、読み方は同じです。訃報を伝えた日刊スポーツやデイリースポーツも、本名を立壁和也と報じています。
たてかべ和也の基本プロフィール所属していたケンユウオフィスの公式プロフィールや、2015年の訃報報道などをもとに整理すると、基本情報は次のとおりです。
- 芸名:たてかべ和也
- 本名:立壁和也
- 読み方:たてかべ・かずや
- 生年月日:1934年7月25日
- 没年月日:2015年6月18日
- 享年:80歳
- 出身地:北海道
- 血液型:A型
- 最終所属:ケンユウオフィス
- 学歴:日本大学芸術学部演劇科卒業
- 趣味:野球観戦・読書
- 主な職業:声優・俳優
誕生日は7月25日ですが、2015年6月18日に亡くなったため、80歳でした。生まれた年から単純に年齢を引き算すると81歳と誤認しやすいものの、亡くなった時点では誕生日を迎えていません。
日本大学芸術学部で演技を学び、複数の事務所で活動ケンユウオフィスの公式プロフィールによると、たてかべさんは日本大学芸術学部演劇科を卒業しています。
その後、劇団泉座、オフィス央、ぷろだくしょんバオバブなどを経て、ケンユウオフィスに所属しました。舞台で培った演技経験を土台に、テレビアニメ、外国映画の吹き替え、ナレーションなどへ活動の幅を広げていきました。
注目したいのは、アニメのキャラクターを演じるだけでなく、舞台や外国作品の吹き替えにも携わっていた点です。長いキャリアを通じて、幅広いジャンルの仕事を積み重ねてきた実力派でした。
【経歴・年表】ジャイアン役からトンズラーまで代表作と関係者を整理
たてかべ和也さんのキャリアを振り返ると、1970年代から2010年代まで、幅広い作品に出演していたことが分かります。
なかでも『ドラえもん』のジャイアン役は、26年間という長期にわたって担当した看板実績です。一方、タイムボカンシリーズや『ど根性ガエル』などでも、作品の印象を左右する重要なキャラクターを演じています。
代表作と人物・キャラクターの関係一覧| 人物・作品 | 担当した役柄・関係 | 時期・特徴 |
|---|---|---|
| ドラえもん | 剛田武(ジャイアン) | 1979年~2005年。26年間担当した代表的な役。 |
| タイムボカン | ワルサー | タイムボカンシリーズを代表する悪役の一人。 |
| ヤッターマン | トンズラー | 三悪の一人。豪快なキャラクターを演じた。 |
| ど根性ガエル | ゴリライモ | 存在感のある主要キャラクター。 |
| はじめ人間ギャートルズ | ドテチン | 作品を彩る印象的なキャラクター。 |
| 超電磁ロボ コン・バトラーV | 西川大作 | ロボットアニメでも活躍。 |
| ミスター味っ子 | カモン | 料理アニメにも出演。 |
| ベン10 | マックス・テニスン | 日本語吹き替え版。2015年3月の収録が最後の仕事と報道された。 |
| 木村昴 | ジャイアン役の後任 | 2005年から役を引き継いだ後輩声優。 |
| ケンユウオフィス | 最終所属事務所 | 公式サイトに追悼プロフィールが掲載されている。 |
この一覧から分かるのは、たてかべさんが単にジャイアンだけの声優ではなかったということです。少年向けのギャグアニメからロボットアニメ、海外作品の吹き替えまで、さまざまな役柄を演じていました。
『ヤッターマン』のトンズラーと『タイムボカン』のワルサージャイアン以外の代表作として、特に知られているのがタイムボカンシリーズです。
『タイムボカン』ではワルサー、『ヤッターマン』ではトンズラーを担当しました。特にトンズラーは、ドロンジョ、ボヤッキーとともに行動する三悪の一人として知られています。
トンズラーは力自慢で豪快な人物。ジャイアンにも通じる力強さやコミカルな存在感があり、たてかべさんの個性を生かした役柄でした。
ただし、両作品のキャラクターは別人です。ワルサーとトンズラーを同じキャラクターとして紹介するのは正確ではありません。
『ど根性ガエル』のゴリライモと『はじめ人間ギャートルズ』のドテチン『ど根性ガエル』ではゴリライモを担当しました。主人公・ひろしの周囲で存在感を放つ人物で、作品のコミカルな人間関係を支えるキャラクターです。
また、『はじめ人間ギャートルズ』ではドテチンを演じています。原始時代を舞台にした独特の世界観の中で、作品を印象づけるキャラクターの一人でした。
これらの役柄には、体格や力強さを感じさせる人物が多く登場します。しかし、たてかべさんの魅力は単純な大声や威圧感だけではありません。豪快な人物をコミカルに見せる演技が、幅広い作品で起用された理由の一つと考えられます。
【ジャイアン役26年間】1979年から2005年まで愛された理由
たてかべ和也さんの名前を聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのが『ドラえもん』のジャイアンでしょう。
ジャイアンこと剛田武は、のび太の同級生で、町内でも知られたガキ大将です。乱暴で強引な一面を持ちながら、仲間思いの部分や、時折見せる優しさも描かれてきました。
たてかべさんは、こうした複雑なキャラクターを26年間にわたって演じ続けました。
1979年4月から2005年3月まで担当テレビ朝日系で1979年4月に始まった『ドラえもん』で、たてかべさんはジャイアンの声を担当しました。
2005年3月まで出演し、担当期間は約26年間です。長期間にわたって同じ役を演じ続けたことで、当時の視聴者にとってジャイアンの声は、たてかべさんの声そのものとして記憶されるようになりました。
1980年公開の映画『のび太の恐竜』から、2004年公開の『のび太のワンニャン時空伝』まで、劇場版でもジャイアンを演じています。
ジャイアンの豪快さと人間臭さを表現ジャイアンは、単純な悪役ではありません。のび太をいじめたり、仲間に強引な態度を取ったりする一方で、映画では仲間を守るために立ち上がる場面も描かれます。
たてかべさんの演技は、こうした強さと人間臭さを両立させるうえで、大きな役割を果たしました。
特に、普段の豪快な声と、仲間を思う場面での感情表現との対比は、ジャイアンというキャラクターに厚みを与えています。
ジャイアンの歌が苦手という設定も含め、声そのものが作品の笑いを生み出す要素になっていた点も見逃せません。
ジャイアンの歴代声優は誰?ジャイアンの声優について調べる際には、日本テレビ版とテレビ朝日版を区別すると理解しやすくなります。
- 初代:肝付兼太さん(1973年・日本テレビ版)
- 2代目:たてかべ和也さん(1979年~2005年・テレビ朝日版)
- 3代目:木村昴さん(2005年~・テレビ朝日版)
このように、シリーズ全体の歴代声優として数えると、たてかべさんは2代目、木村さんは3代目と紹介されます。
一方、1979年から続くテレビ朝日版のキャストだけに注目すると、たてかべさんが初代、木村さんが2代目という数え方になります。インターネット上で世代の表記が異なるのは、この数え方の違いによるものです。
【声優交代の真相】木村昴がジャイアンを引き継いだ経緯と二人の絆
2005年4月、『ドラえもん』は主要キャストを一新しました。このタイミングでジャイアン役もたてかべ和也さんから木村昴さんへ引き継がれています。
木村さんは当時14歳の中学生でした。ベテラン声優から10代の若手への交代は大きな話題となりましたが、その背景には番組全体の新しいキャスト体制がありました。
14歳でジャイアン役に抜てきされた木村昴2018年のクランクイン!のインタビューで、木村さんは当時のオーディションについて振り返っています。
本人にとって、最初は記念受験に近い感覚だったそうです。一次審査では演技を録音したMDを送り、年齢や名前を伏せた状態で審査する方式だったと説明しています。
結果として木村さんが選ばれ、2005年4月から新しいジャイアンを演じることになりました。
26年間続いた役を引き継ぐことは、14歳の木村さんにとって大きな挑戦でした。2018年のインタビューでは、自分がジャイアンだと実感するまでに5~6年かかったとも語っています。
たてかべ和也が木村昴に伝えた言葉特に印象的なのが、たてかべさんと木村さんの関係です。
クランクイン!のインタビューによると、たてかべさんは木村さんの高校時代、文化祭や体育祭に毎年足を運んでいたそうです。後任という立場を超えて、若い声優を温かく見守っていました。
たてかべさんが木村さんに伝えていた言葉として、次のものがあります。
「ジャイアンは豪快なヤツだから思い切りやれ」
演技の細かなテクニックを教えるというよりも、ジャイアンという役を自分のものとして思い切り演じるよう背中を押していたのです。
加えて、木村さんが役を引き継いだときには、「ジャイアンはお前のものだ」という趣旨の言葉も伝えています。
木村さんは、こうした言葉が大きな支えになったと振り返っています。前任者の演技をそのまま再現するのではなく、自分自身のジャイアンを作っていくことを認められた経験だったのでしょう。
20歳の誕生日を一緒に祝うことを楽しみにしていた二人の交流を象徴するエピソードとして、飲酒できる年齢になるまでの約束があります。
たてかべさんは、後任のジャイアン役と一緒にお酒を飲むことを楽しみにしていました。しかし、役を引き継いだ木村さんは14歳。すぐに一緒に飲むことはできません。
そこで、たてかべさんは木村さんが20歳になるまで、誕生日を祝いながら成長を見守りました。
2015年6月の通夜で、木村さんはたてかべさんとの思い出を語り、20歳になって一緒にお酒を飲んだことにも触れています。日刊スポーツの報道では、木村さんが「2代目は任せて下さい」と伝えたことも紹介されました。
この交流から伝わるのは、単なる声優交代ではなく、長年役を演じてきた先輩が次の世代に役を託し、その成長を見守ったという関係です。
【死因と最期】たてかべ和也は2015年6月18日に急性呼吸器不全で死去
たてかべ和也さんは、2015年6月18日午後1時49分、東京都内で亡くなりました。死因は急性呼吸器不全で、享年80歳でした。
訃報は2015年6月19日に報じられ、翌20日の日刊スポーツなどでも詳しい経緯が伝えられています。
死去した日と死因の詳細日刊スポーツの報道によると、所属事務所の説明では、たてかべさんは亡くなる約5年前に胃がんの手術を受けていました。その後、病気を克服したと伝えられています。
また、亡くなる3日前まで役者仲間と談笑していたというエピソードも紹介されました。
ここで注意したいのは、過去に胃がんの手術を受けたことと、最終的な死因は別の情報だという点です。公表された死因は胃がんではなく、急性呼吸器不全です。
- 死亡日時:2015年6月18日午後1時49分
- 死亡場所:東京都内
- 死因:急性呼吸器不全
- 享年:80歳
- 通夜:2015年6月23日
- 葬儀・告別式:2015年6月24日
葬儀は所属していたケンユウオフィスの社葬として営まれ、同社社長の堀内賢雄さんが葬儀委員長を務めました。
最後の仕事は海外アニメ『ベン10』の吹き替えジャイアン役の印象が強いたてかべさんですが、亡くなる直前まで声優として活動していました。
日刊スポーツによると、最後の仕事は2015年3月に行われたアメリカのアニメ『ベン10』のアフレコ収録でした。日本語吹き替え版で、主人公の祖父マックス・テニスンを担当していました。
この事実は、たてかべさんが2005年にジャイアン役を離れた後も、声優として現役で仕事を続けていたことを示しています。
ジャイアン役を交代したのは2005年、亡くなったのは2015年です。したがって、亡くなったことが理由で木村昴さんに交代したという説明は、時系列として正しくありません。
【2026年現在と功績】たてかべ和也の声はなぜ今も記憶されているのか
2026年現在、たてかべ和也さんは故人であり、新たな声優活動は行っていません。
一方、所属していたケンユウオフィスの公式サイトには、現在もプロフィールが掲載されています。「永劫所属」という表記があり、出演作品や経歴、趣味などを確認できます。
このページは現役所属者としての活動紹介ではなく、故人を偲ぶ記録として残されているものです。
ジャイアン以外にも幅広い役を残した功績たてかべさんの功績をジャイアン役だけで評価するのは十分ではありません。
『ヤッターマン』のトンズラーや『タイムボカン』のワルサー、『ど根性ガエル』のゴリライモ、『はじめ人間ギャートルズ』のドテチンなど、複数の世代に知られる作品に出演してきました。
作品ごとにキャラクターの立場や性格は異なりますが、強い存在感を持つ人物を演じることで、物語の印象を鮮明にしてきました。
また、外国作品の吹き替えやナレーションにも取り組み、声優という仕事の幅広さを示した存在でもあります。
声優交代後も続くジャイアンというキャラクター木村昴さんがジャイアンを引き継いだ後も、キャラクターそのものは受け継がれています。
重要なのは、前任者の声を完全に再現することではなく、ジャイアンの性格や物語上の役割を守りながら、新しい世代の表現を作ることです。
木村さんがインタビューで語ったように、先輩たちが積み重ねた26年間があったからこそ、その後の新しい『ドラえもん』があるという考え方は、世代交代の本質をよく表しています。
たてかべさんが後任に伝えた「ジャイアンはお前のものだ」という姿勢も、役を独占するのではなく、次の演者に託すという意味で印象的です。
【プロの結論】たてかべ和也を知るうえで押さえたい3つの視点たてかべ和也さんの経歴を振り返る際には、次の3点を押さえると人物像をより正確に理解できます。
1. ジャイアン役だけでなく、幅広い代表作を知ること。
トンズラー、ワルサー、ゴリライモ、ドテチンなどの出演歴を見ると、長年にわたって日本のアニメ文化を支えてきた実績が分かります。
2. 声優交代と死去を混同しないこと。
木村昴さんへの交代は2005年、たてかべさんの死去は2015年です。10年の時間差があり、交代理由を死去と結び付けるのは誤りです。
3. 後任への継承も功績の一部として見ること。
木村さんとの交流は、たてかべさんがジャイアンという役を次世代に託したことを示す重要なエピソードです。26年間の出演実績だけでなく、後輩を支えた姿勢も、その功績を考えるうえで欠かせません。
【よくある質問】たてかべ和也に関するFAQ
Q1:たてかべ和也の読み方と本名は何ですか?
A1:読み方は「たてかべ・かずや」です。本名は立壁和也で、芸名と本名の読み方は同じです。
Q2:たてかべ和也がジャイアンを演じたのは何年から何年までですか?
A2:1979年4月から2005年3月までです。テレビ朝日版『ドラえもん』で約26年間担当しました。2005年4月からは木村昴さんが後任を務めています。
Q3:たてかべ和也の死因は何ですか?
A3:2015年6月18日に急性呼吸器不全のため亡くなりました。80歳でした。過去に胃がんの手術を受けたことも報道されていますが、公表された死因は急性呼吸器不全です。
たてかべ和也さんは、1934年7月25日生まれ、北海道出身の声優・俳優です。本名は立壁和也。2015年6月18日に急性呼吸器不全のため80歳で亡くなりました。
最大の代表作は、1979年から2005年まで26年間担当した『ドラえもん』のジャイアン役です。そのほか、『ヤッターマン』のトンズラー、『タイムボカン』のワルサー、『ど根性ガエル』のゴリライモ、『はじめ人間ギャートルズ』のドテチンなど、多彩なキャラクターを演じました。
2005年には14歳の木村昴さんへジャイアン役を引き継ぎ、その後も後輩の成長を温かく見守りました。木村さんが語った二人の交流は、声優という仕事が単なる役の交代ではなく、先輩から後輩へと表現や思いが受け継がれていく仕事であることを感じさせます。
2026年現在も、たてかべさんが演じたジャイアンやトンズラーなどのキャラクターは、アニメの歴史に刻まれています。26年間にわたって愛されたジャイアンの声と、後輩に役を託した温かな姿勢。それこそが、たてかべ和也さんが日本の声優界に残した大きな財産です。
主な事実確認資料
- ケンユウオフィス公式プロフィール
- 日刊スポーツ(2015年6月20日、訃報・経歴・死因)
- デイリースポーツ(2015年6月19日、代表作・最後の仕事)
- クランクイン!(2018年3月3日、木村昴さんのインタビュー)