ギタリストの布袋寅泰と歌手・女優の今井美樹。1999年に結婚した2人は、音楽活動を通じて関係を深め、代表曲「PRIDE」の誕生や2012年のロンドン移住など、人生の大きな転機をともに歩んできた。一方、結婚に至るまでには、布袋の前妻である歌手・山下久美子との関係や、不倫疑惑、いわゆる「略奪婚」報道など、当時大きな注目を集めた経緯もある。
2026年には、今井美樹が歌手デビュー40周年を迎え、8年ぶりのオリジナルアルバム『smile』を発表。テレビ番組では布袋との出会いや「PRIDE」の制作秘話、ロンドン移住を決断した際の家族の葛藤についても語った。2人の関係はどのように始まり、現在はどのような生活を送っているのか。公表された発言や音楽活動、これまでの報道を時系列で整理する。 HTML_BLOCK_HOLD_7 HTML_BLOCK_HOLD_8
布袋寅泰と今井美樹の関係を理解するうえで欠かせないのが、音楽を通じた出会いだ。
2026年2月21日放送の日本テレビ系「with MUSIC」で、今井は布袋との出会いについて振り返った。
今井によると、当時はBOØWYの楽曲を聴いていたわけではなく、布袋のソロ活動を通じて彼の音楽に触れたという。初めてライブを見たときには、日本にこんなライブをするアーティストがいるのかと大きな衝撃を受けたと語っている。
その後、布袋のツアーの打ち上げで流れていた音楽が、2人の関係をさらに近づけるきっかけになった。
会場で流れたのは、スウェーデンの歌手スティーナ・ノルデンスタムの楽曲だった。アコースティックな響きとエレクトロニックなサウンドが融合した音楽に、今井は強く惹かれたという。
その音楽を選んだ布袋なら、自分が表現したい新しい音楽を理解してくれるかもしれない。そう考えた今井は、自ら布袋に楽曲制作を依頼した。
当時、今井は歌手として新しい表現を模索していた。すでに「PIECE OF MY WISH」などのヒット曲を持っていたものの、それまでのイメージにとどまらない音楽を求めていた時期だった。
布袋の音楽性に可能性を感じた今井からの依頼は、本人だけでなく今井の制作スタッフも驚かせたという。
1992年から始まった楽曲提供と共同制作2人の音楽的な協力関係が具体的な作品として形になったのは、1992年のアルバム『flow into space』だった。
布袋は同作に楽曲を提供し、その後も今井の作品制作に関わっていく。1993年にはシングル「Bluebird」の作曲を担当。次第に単なる作曲家と歌手という関係を超え、互いの音楽性を理解するパートナーとなっていった。
この時点では、2人の関係を語るうえで音楽が大きな接点だったことが分かる。今井が布袋の音楽に新しい可能性を見いだし、布袋が今井の歌声に合わせて楽曲を作る。その積み重ねが、後の代表作「PRIDE」につながっていった。
なお、音楽上の出会いと恋愛関係が始まった時期は同一とは限らない。楽曲提供が始まった1992年を、そのまま交際開始の確定日として扱うことはできない。
2026年の番組出演で今井自身が語った内容は、2人の関係の出発点を理解するうえで貴重な証言となっている。
【1996年のPRIDE誕生】結婚前に生まれた160万枚超の代表曲

今井美樹の代表曲として広く知られる「PRIDE」は、1996年に発売された楽曲だ。
作詞・作曲を手がけたのは布袋寅泰。それまで主に作曲やプロデュースで今井の音楽を支えてきた布袋が、初めて作詞も担当した作品だった。
「PRIDE」は今井にとって最大級のヒット曲となり、累計160万枚を超えるセールスを記録。彼女の歌手人生を代表する一曲として定着した。
この曲が特別なのは、単に売り上げが大きかったからではない。今井自身の人生観や、当時抱えていた心の揺れと深く重なった作品だったからだ。
2026年の番組で明かされた「PRIDE」誕生秘話2026年2月22日放送のTBS系「日曜日の初耳学」では、今井が「PRIDE」を初めて聴いたときのエピソードを披露した。
通常、楽曲のデモ音源は歌手側の制作チームで確認することが多い。しかし「PRIDE」の場合、今井は布袋側のスタッフが集まるスタジオへ呼ばれ、完成したばかりの音源を聴くことになった。
今井はその場を、自分の慣れ親しんだ制作環境ではなく、まるで敵陣に乗り込むような感覚だったと振り返っている。
布袋の声で歌詞まで入った音源が流れ始める。美しいイントロに続いて「私は今」という歌詞が聞こえてきた瞬間、今井は大きな衝撃を受けたという。
「聞き終わったとき、大泣きして後ろを向いて『ありがとうございました』って」
番組で紹介されたこのエピソードからは、歌詞が当時の今井の心境と強く重なったことが伝わってくる。
当時の今井は、自分自身の生き方や今後の音楽活動について考え、自分の信じる道を歩いていこうという思いを強めていた。布袋の書いた歌詞は、そうした決意を後押しするような内容だった。
ただし、「PRIDE」が2人の恋愛関係を直接描いた作品だとする説明は、今井の番組発言からは確認できない。楽曲の誕生と、後の結婚という出来事は分けて理解する必要がある。
音楽的には、布袋のギターと今井の透明感のある歌声が融合した作品であり、1990年代のJ-POPを代表するヒット曲の一つとなった。
2026年の歌手デビュー40周年を迎えた今井にとっても、「PRIDE」は単なる過去のヒット曲ではなく、自分の音楽人生を象徴する重要な作品であり続けている。
【山下久美子との関係】不倫疑惑と「略奪婚」報道を時系列で整理
布袋寅泰と山下久美子の結婚・離婚布袋と今井の結婚を語る際、避けて通れないのが歌手・山下久美子との関係だ。
布袋は1985年に山下久美子と結婚していた。山下は1980年代から活躍する実力派歌手であり、布袋とともに音楽活動を行ってきた人物でもある。
当時の2人は音楽界でも知られた夫婦だったが、1997年に離婚。その後、布袋は1999年6月に今井美樹と再婚した。
この離婚と再婚の間に、不倫疑惑をめぐる報道が存在したことが、後の「略奪婚」というイメージにつながっている。
不倫疑惑はなぜ大きな話題になったのか当時の週刊誌報道などでは、布袋が山下と婚姻関係にあった時期に今井との関係が深まったとされ、不倫疑惑が取り上げられた。
一部の報道では、今井と山下が以前から親しい友人関係にあり、互いの悩みを相談する間柄だったとも伝えられている。
こうした報道が事実関係への関心を高め、布袋と今井の結婚は「略奪婚」と表現されるようになった。
特に、音楽活動を通じて接点を持った2人が結婚に至ったこと、そして山下との離婚から約1年半後に再婚したことが、当時の世間の関心を集めた背景にある。
山下久美子は2002年に自伝『ある愛の詩』を出版し、布袋との結婚生活や離婚にまつわる心情をつづったと報じられている。この著作も、当時の出来事を振り返る際に取り上げられる資料の一つだ。
公表された出来事と報道上の疑惑を比較この問題を理解するには、実際に公表・報道されている婚姻の時系列と、当時の週刊誌などが伝えた疑惑を分けて整理することが大切だ。
| 時期 | 出来事 | 関係・確認できる内容 |
|---|---|---|
| 1985年 | 布袋と山下が結婚 | 布袋にとって最初の結婚として知られる |
| 1991〜1992年ごろ | 今井と布袋の音楽的な接点が深まる | ソロライブや楽曲制作を通じた交流 |
| 1992年 | 『flow into space』 | 布袋による楽曲提供が始まる |
| 1996年初頭 | 不倫疑惑の報道 | 当時の週刊誌などで2人の関係が取り上げられる |
| 1996年 | 「PRIDE」発売 | 布袋が作詞・作曲を担当し、大ヒット |
| 1997年11月 | 布袋と山下が離婚 | 前婚が終了 |
| 1999年6月6日 | 布袋と今井が結婚 | 結婚記念日としても知られる |
| 2002年 | 長女誕生 | 夫婦に子供が誕生 |
| 2012年8月 | 家族でロンドンへ移住 | 布袋の海外音楽活動への挑戦が背景 |
「略奪婚」という言葉は、当時の報道や世間の受け止めを反映した表現であり、法律上の婚姻区分ではない。
また、不倫疑惑については当時の報道が存在する一方、交際開始時期や当事者間のやり取りの細部まで、すべてが公的に確定しているわけではない。
1997年の離婚と1999年の結婚という時系列は明確だが、それだけをもって個々の報道内容のすべてを事実とすることはできない。
この一連の出来事は、現在でも2人の名前を検索した際に「不倫」「略奪婚」といった関連語が表示される理由になっている。
【1999年の結婚から2012年ロンドン移住へ】夫婦と家族の歩み
1999年6月6日に結婚、2002年には長女が誕生布袋寅泰と今井美樹は1999年6月6日に結婚した。
音楽活動を通じて関係を深めてきた2人は、結婚後もそれぞれのアーティスト活動を続けながら家庭を築いていく。
2002年には長女が誕生。家族としての生活が始まり、今井は歌手活動と子育てを両立する時期を迎えた。
布袋も日本の音楽シーンで活動を続けながら、海外での音楽活動という長年の夢を持ち続けていた。
2012年のロンドン移住は布袋の長年の夢だった夫婦の生活に大きな変化が訪れたのが2012年だ。
布袋は50歳を迎えるタイミングで、家族とともにイギリス・ロンドンへ移住することを決断した。ロックの発祥地であるイギリスで本格的に音楽活動に挑戦したいという思いが背景にあった。
2012年5月には布袋自身が移住を公表し、同年8月から家族で渡英する計画が報じられた。
日本ではすでに確固たる地位を築いていた布袋にとって、海外への移住は新しい挑戦だった。一方、今井にとっては歌手活動だけでなく、当時10歳だった娘の学校や生活環境を大きく変える決断でもあった。
2026年のテレビ出演で明かした家族会議の舞台裏2026年2月22日放送の「日曜日の初耳学」で、今井はロンドン移住を決めた際の家族会議について詳しく語った。
布袋から移住の希望を聞いたとき、今井にとって最も気がかりだったのは娘のことだったという。
家族3人で話し合った際、娘は当初、父親の夢のためなら布袋だけがロンドンへ行けばよく、自分と母親は東京に残ると伝えた。
今井は、布袋の夢を以前から知っていたこと、自分もその挑戦を支えたいと思っていることを娘に説明した。そして、娘自身がどうしたいのかを尋ねた。
最終的に娘も渡英を決意したが、今井はそのときの心境を、心の中では泣いていたと振り返っている。
移住後も、娘が新しい学校や生活環境に慣れるまでには苦労があった。今井は番組で、娘の本音を知って胸が痛んだことや、家族で困難を乗り越えてきたことを語った。
その後、娘自身がロンドンへ移住してよかったと話し、父親に感謝する気持ちを示したことも明かしている。
2012年の移住は、単なる海外転居ではなかった。布袋の音楽的な夢、今井の家族への思い、娘の成長という3つの要素が重なった家族全体の転機だった。
【2026年最新】夫婦仲の現在と今井美樹のアルバム『smile』
布袋寅泰が2025年の番組で語った妻への感謝2026年現在の夫婦関係を考えるうえで参考になるのが、布袋が2025年4月18日放送のNHK「あさイチ」で語った内容だ。
番組に出演した布袋は、ロンドンでの生活を支えてくれた今井への感謝を口にした。
異国での生活では、子育てや学校の手続き、日常生活など、今井が担う役割も多かった。歌手としての活動を一時的に調整しながら家族を支えてくれたことについて、布袋は妻から「一番力をもらいました」と振り返った。
この発言は、移住を決めた側の布袋だけでなく、家族としてその決断を支えた今井の存在が大きかったことを示している。
また、2026年10月には今井が自身のInstagramでロンドンで撮影した写真を公開。10月9日には夫婦の散歩の様子も話題になった。結婚記念日の写真など、2人の近況を伝える投稿も報じられている。
こうした公開情報からは、長年にわたる夫婦生活が現在も続いていることがうかがえる。もっとも、日常の夫婦関係のすべてが公開されているわけではないため、SNSの写真だけで私生活を判断することはできない。
8年ぶりのオリジナルアルバム『smile』を2026年2月に発売今井美樹は2026年、歌手デビュー40周年という節目を迎えた。
その記念すべき年に発売したのが、2026年2月11日発売のオリジナルアルバム『smile』だ。
ユニバーサル ミュージックの公式発表によると、同作は約8年ぶりとなる通算21枚目のオリジナルアルバム。全10曲を収録している。
注目すべきなのは、布袋寅泰が今作でも複数の楽曲制作に参加している点だ。
代表的な収録曲と制作クレジットは次のとおり。
- Because of you:布袋寅泰が作曲。ギターとコーラスも担当。
- 青空とオスカー・ピーターソン:布袋が作曲。布袋と今井がともにコーラスに参加。
- One more smile:布袋が作曲し、コーラスにも参加。
- 私のアリア:布袋が作詞を担当。
- Silent Dancer:布袋が作詞・作曲・編曲を担当し、今井もコーラスに参加。
- あの頃の自分:布袋が作詞・作曲を担当。
こうして見ると、夫婦の音楽的な協力関係は1990年代から2026年まで続いていることが分かる。
『smile』は単に夫が楽曲を提供したアルバムというだけではない。岩里祐穂、さだまさし、川江美奈子らも制作に参加し、今井自身の歌手としての現在地を表現した作品となっている。
さだまさしが書き下ろした「美しい場所 ~Final Destination~」も収録され、長いキャリアを経た今井の歌声を新しい角度から楽しめる構成だ。
発売後には、全国23カ所・全25公演の40周年記念ツアー「今井美樹 40th Anniversary “Our Songs!!” TOUR 2026 ~smile~」も発表され、5月から8月にかけて開催された。
布袋寅泰も45周年記念ツアーで活動を継続一方の布袋も、2026年は音楽活動45周年という大きな節目を迎えている。
公式発表によると、「HOTEI the LIVE 2026 “45th Celebration GIGS” STAY WILD TOUR」を9月から12月にかけて開催。11月以降も全国各地で公演が予定されている。
さらに2026年10月には、2027年のWORLD TOUR開催も発表された。45周年を迎えてもなお、国内外での活動を広げようとする姿勢がうかがえる。
夫婦それぞれが異なる音楽活動を展開しながら、今井の新作では布袋が制作に参加する。2人の関係は、家庭だけでなく音楽という共通の分野でも続いている。
2026年11月4日時点で、今井は40周年記念作品とツアーを展開し、布袋は45周年ツアーを継続中だ。長年のキャリアを重ねた2人が、それぞれの表現を更新している点も注目される。
【プロの結論】布袋寅泰と今井美樹の関係から見える3つの要点
1. 音楽上のパートナーシップが夫婦関係の土台にある布袋と今井の関係で特徴的なのは、出会いのきっかけが音楽であり、結婚後も音楽を通じた協力関係が続いていることだ。
1992年の楽曲提供から1996年の「PRIDE」、そして2026年の『smile』まで、両者の共同制作には長い歴史がある。
特に「PRIDE」は、今井の歌声と布袋の作詞・作曲が結びついた代表作だ。結婚前に生まれた楽曲が、結婚後も2人を象徴する作品として歌い継がれている点は興味深い。
2. ロンドン移住は夫婦だけでなく家族全体の選択だったロンドン移住については、布袋の夢を実現するための決断として紹介されることが多い。
しかし、2026年の今井のテレビ出演から見えてきたのは、移住が家族全員にとって簡単な決断ではなかったという側面だ。
今井は娘の環境変化を心配し、娘自身も当初は渡英に抵抗を示していた。最終的には家族で新しい生活を選び、それぞれが環境に適応していった。
このエピソードは、夫婦の歩みを考える際、布袋のキャリアだけでなく、今井や娘の視点も欠かせないことを示している。
3. 過去の報道と現在の活動を混同しないことが大切布袋と今井の名前を検索すると、現在の音楽活動に加えて、過去の不倫疑惑や略奪婚報道が表示される。
これらは2人の結婚を理解するうえで無視できない歴史だが、過去の報道だけで現在の夫婦関係を評価することも適切ではない。
一方で、現在の夫婦写真や番組での感謝の発言だけをもって、過去の出来事がなかったことになるわけでもない。
結婚の時系列、当時の報道、本人たちが後年に語った内容、現在の音楽活動。それぞれを分けて見ることで、2人の歩みをより立体的に理解できる。
布袋と今井は、過去に大きな注目を集めた結婚を経て、現在も音楽活動を続けている。2026年の『smile』に布袋が参加していることは、長年の音楽的なつながりを示す新しい材料といえる。
【布袋寅泰と今井美樹の関係】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:布袋寅泰と今井美樹はいつ結婚した?
A1:1999年6月6日に結婚した。布袋にとっては再婚で、2002年には2人の間に長女が誕生している。
Q2:布袋寅泰と今井美樹の出会いは?
A2:音楽活動を通じて接点を持った。今井は布袋のソロライブに衝撃を受け、楽曲制作を依頼。1992年のアルバム『flow into space』から本格的な楽曲提供が始まった。
Q3:布袋寅泰と今井美樹の結婚は略奪婚だった?
A3:当時、布袋と今井の関係は不倫疑惑として報道され、結婚は「略奪婚」と呼ばれた。布袋は1997年に山下久美子と離婚し、1999年に今井と結婚している。疑惑の細部と公表された婚姻の時系列は区別して理解する必要がある。
Q4:「PRIDE」は布袋寅泰が作った曲?
A4:そのとおり。1996年に発売された「PRIDE」は布袋が作詞・作曲を担当した楽曲で、160万枚を超えるヒットを記録。今井美樹の代表曲となった。
Q5:布袋寅泰と今井美樹に子供はいる?
A5:2002年に誕生した長女がいる。2012年のロンドン移住時には10歳で、今井は2026年のテレビ番組で当時の娘との家族会議について振り返っている。
Q6:布袋寅泰と今井美樹は現在もロンドンに住んでいる?
A6:2012年からロンドンを生活の拠点としてきた。2026年10月にも今井がロンドンで撮影した写真を公開し、自宅があるロンドンでの生活が報じられている。日本での仕事と海外生活を行き来する様子もうかがえる。
Q7:今井美樹の最新アルバム『smile』はいつ発売された?
A7:2026年2月11日に発売された。約8年ぶり、通算21枚目のオリジナルアルバムで、布袋寅泰も作曲や作詞、ギター、コーラスなどで参加している。
布袋寅泰と今井美樹の関係は、音楽を通じた出会いから始まり、1999年の結婚、2002年の長女誕生、2012年のロンドン移住へと続いてきた。
その歩みには、山下久美子との離婚や不倫疑惑、略奪婚報道という複雑な過去もある。一方で、1996年の「PRIDE」や2026年のアルバム『smile』に見られるように、音楽面での協力関係は長く続いている。
2026年は今井が歌手デビュー40周年、布袋が音楽活動45周年を迎える節目の年だ。今井は『smile』を発表し、布袋も全国ツアーを展開。それぞれのキャリアを歩みながら、共通の音楽的なつながりも保っている。
2人の関係を理解する要点は、過去のスキャンダルだけでも、現在の夫婦写真だけでもない。出会い、作品、結婚、家族、海外生活、そして2026年の新たな音楽活動までを一続きの歴史として見ることだ。
「PRIDE」から『smile』へ。時代と環境が変わっても、音楽を通じてつながってきた2人の今後の活動にも引き続き注目したい。