プロボクサーとして世界の頂点を目指す那須川天心選手。その強さを語るうえで欠かせない存在が、父親の那須川弘幸さんです。弘幸さんは、千葉県松戸市を拠点とする格闘技ジム「TEPPEN GYM」の会長・代表として知られ、天心選手を5歳から指導してきた人物です。かつては内装業に従事し、中学時代にはサッカーで全国制覇を経験した経歴もあります。
天心選手が幼い頃に空手を始めた理由は、父親が礼儀作法を身につけさせたいと考えたことでした。しかし、初めての大会で息子が負けて泣く姿を見た弘幸さんは、自ら格闘技を研究し、独学でトレーニングを始めます。親子二人三脚で築いた指導の歴史は、やがてTEPPEN GYMの設立につながりました。2026年9月のテレビ出演やスポーツ報道から見えてきた父親の現在まで、詳しく整理します。
【まず結論】那須川天心の父親は那須川弘幸さん!職業はTEPPEN GYM会長

那須川天心選手の父親は、那須川弘幸(なすかわ・ひろゆき)さんです。
格闘技ファンの間では、天心選手を幼少期から育て上げた指導者として知られています。スポーツ紙などではTEPPEN GYMの会長として紹介され、ジムの公式案内では代表として挨拶を掲載しています。
弘幸さんは、単に有名選手の父親という立場ではありません。TEAM TEPPENの立ち上げからジュニア選手の育成に携わり、体育館での指導を経て、自ら本格的なキックボクシングジムを設立した運営者でもあります。
那須川弘幸さんのプロフィール- 名前:那須川弘幸(なすかわ・ひろゆき)
- 続柄:那須川天心選手の父親
- 主な肩書き:TEPPEN GYM会長・代表
- 以前の職業:内装業
- スポーツ歴:サッカー経験者。中学時代に全国制覇を経験
- 現在の活動:キックボクシングジムの運営、選手育成、トレーナー活動
- 主な関係者:那須川天心、那須川龍心、那須川由美子
特に注目したいのは、弘幸さんが最初から格闘技の専門家だったわけではないという点です。息子の競技生活を支えるために独自に知識を身につけ、やがて本格的な指導者へと転身しました。
天心選手自身も、2021年の全日本空手審判機構(JKJO)のインタビューなどで、父親と自宅でトレーニングを続けてきたことを語っています。
【経歴を解説】那須川弘幸さんは元サッカー選手?内装業から格闘技界への転身
中学時代にサッカーで全国制覇を経験那須川弘幸さんの経歴で知られているのが、サッカー経験です。
2023年4月の日刊スポーツの記事では、天心選手の自伝本の編集協力者による人物解説として、弘幸さんが中学時代にサッカーで全国制覇した経験を持つと紹介されています。
このスポーツ経験は、那須川家の子どもたちが幼少期から運動に親しむ環境にもつながっていたと考えられます。
ただし、ここで注意したいのは「元サッカー選手」という表現の意味です。報道で確認できる代表的な実績は中学時代の全国制覇であり、プロサッカー選手として活動していたことを示す経歴とは区別する必要があります。
以前の仕事は内装業だった弘幸さんの以前の職業について、2026年9月1日放送のフジテレビ系「ぽかぽか」で、妻の那須川由美子さんが具体的に説明しています。
番組では、天心選手と弟の龍心選手が父親との格闘技人生を振り返り、観覧席にいた母親も家族のエピソードに参加しました。
由美子さんによると、弘幸さんはもともと内装業に従事しており、TEPPEN GYMを作る際にも自分で内装を手掛けていたそうです。
当初は内装業とトレーナーの仕事を両立していましたが、その後、内装業を辞めて指導者一本に絞ったと説明しています。
つまり、弘幸さんの職業上の転換点は、天心選手の育成とTEPPEN GYMの運営が本格化した時期にあります。
格闘技の専門家ではなかった父が指導者になった理由弘幸さんは、もともと格闘技を専門的に学んできた選手ではありません。
2021年のインタビューで天心選手は、父親について格闘技経験はほとんどなく、独学というより一緒にトレーニングを作ってきた感覚だったと説明しています。
この点は、弘幸さんの経歴を理解するうえで重要です。格闘技の専門家として既存の指導法を持ち込んだのではなく、息子の成長や試合結果を見ながら、必要な練習を自分たちで考えていったのです。
その経験が、後のTEAM TEPPENやTEPPEN GYMの運営につながっていきました。
【親子二人三脚の原点】那須川天心が5歳で空手を始めた理由と父の指導
空手を始めたきっかけは礼儀作法を学ぶため那須川天心選手が空手を始めたのは5歳のときです。
全日本空手審判機構(JKJO)が2021年12月に公開した天心選手本人のインタビューによると、自宅近くにフルコンタクト空手の道場があり、父親に連れられて行ったことが始まりでした。
当初からプロ格闘家を目指していたわけではありません。父親が礼儀を身につけさせたいと考え、空手道場に通わせたことが出発点でした。
日刊スポーツの2023年の記事でも、天心選手は幼少期にサッカーを経験し、ゴールキーパーを務めていたことが紹介されています。その後、弘幸さんが礼儀作法を学ばせるために空手を勧めたとされています。
初めての大会で敗北したことが父親を変えた空手を始めたばかりの天心選手は、最初から優秀な成績を残していたわけではありません。
本人のインタビューによれば、幼い頃は練習を嫌がり、道場から逃げ出すこともありました。最初の試合でも大敗を経験しています。
ところが、息子が負けて泣く姿を見た弘幸さんの気持ちに火がつきました。自分で格闘技を研究し、自宅でのトレーニングを始めたのです。
デイリースポーツの2023年4月9日の記事では、弘幸さんが当時の気持ちを振り返り、息子に対して強くなることを約束したエピソードが紹介されています。
「世界一強くしてやる。何があってもついてこい」
この言葉をきっかけに、小学4年生頃から親子二人三脚の本格的なトレーニングが始まりました。
弘幸さんは松戸市の体育館をほぼ毎日借り、自宅でも夜遅くまで息子を指導していたと報じられています。
親子で積み上げた空手からキックボクシングへの道空手時代の努力は、徐々に結果につながりました。
JKJOの本人インタビューでは、小学校低学年の頃はなかなか勝てなかったものの、小学4年生の全日本大会で優勝したことが、その後の自信につながったと語られています。
空手を続けたのは小学5年生の最後の団体戦まで。その頃、テレビでK-1を見て格好いいと感じた天心選手は、小学6年生からキックボクシングのジムに通い始めました。
2026年9月の「ぽかぽか」でも、5歳で空手を始め、11歳で極真空手のジュニア世界一となり、その翌年にキックボクシングへ進んだ歩みが紹介されています。
親子の関係は、単なる親による習い事の送り迎えから、競技人生を一緒に作り上げる関係へと変化していったのです。
那須川家とTEPPEN GYMをめぐる人物相関| 人物・組織 | 弘幸さんとの関係 | 主な役割・確認できる事実 |
|---|---|---|
| 那須川天心 | 長男 | 5歳から空手を始め、父親と練習を重ねたプロボクサー |
| 那須川龍心 | 息子・天心の弟 | TEAM TEPPENに関わるプロ格闘家。兄とともに父親の指導を受けた |
| 那須川由美子 | 妻・子どもたちの母親 | 2026年9月のテレビ出演で、夫の内装業からトレーナーへの転身を説明 |
| TEAM TEPPEN | 立ち上げた格闘技チーム | 2011年から2016年まで、主に子どもたちへの指導を実施 |
| TEPPEN GYM | 運営するジム | 2016年に開設。選手育成と一般会員向けのトレーニング環境を提供 |
| 帝拳ジム・葛西裕一トレーナー | 天心選手のボクシング活動に関わる指導体制 | 父親の育成環境とは別に、プロボクシングの専門的な指導を担う存在 |
この関係図から分かるのは、弘幸さんが天心選手だけを指導する父親という枠を超え、格闘技チームやジムを通じて複数の選手を育てる立場になったことです。
【指導方法の秘密】那須川弘幸さんが独学で作り上げたトレーニングとTEPPEN GYM
毎日のパーソナルトレーニングが基本弘幸さんの指導方法を理解するうえで重要なのが、天心選手と長い時間を共有してきたことです。
2020年9月にTOKYO FMの番組「TOYOTA Athlete Beat」で放送されたインタビューでは、弘幸さんが小さい頃から一緒に生活し、毎日パーソナルトレーニングをしてきたと説明しています。
単に道場で決められたメニューをこなすだけではありません。自宅での練習、体育館でのトレーニング、道場での稽古を組み合わせ、天心選手の成長に合わせて練習を重ねていきました。
天心選手も父親について、次のように評価しています。
「僕の格闘技の基本をすべて作ってくれた」
この言葉は、父親が幼少期の競技人生に与えた影響の大きさを示しています。
TEPPEN GYMが重視する具体的な練習内容TEPPEN GYMの公式案内では、選手の育成に必要な実践的な練習として、次のような内容が挙げられています。
- フィジカルトレーニング:身体能力や基礎体力を高める練習。
- ミット練習:パンチやキックの精度、タイミングを磨く練習。
- 対人練習:相手との距離感や実戦的な対応力を養う練習。
- サンドバッグ練習:打撃の反復と身体の使い方を身につける練習。
- リングワーク:リング上での動きや実戦を想定した練習。
弘幸さんは、これまで体育館で行っていたフィジカルやミット、対人練習に加え、サンドバッグやリングを使った練習を日常的に行える環境が必要だと考えていました。
つまり、天心選手を強くするために始めた個人的なトレーニングを、ほかの選手も成長できる仕組みに発展させたのです。
厳しい指導の裏側にあった父親の考え弘幸さんの指導は、天心選手自身が振り返るほど厳しいものでした。
2025年9月の週刊文春WOMANのインタビューでは、天心選手が父親の自分に対する熱量は非常に大きかったと振り返っています。高校生になる頃には、同級生から親子関係について驚かれた経験も明かしました。
一方で、天心選手は父親に対して尊敬と感謝の気持ちを持っているとも語っています。
ここで見逃せないのは、弘幸さんの指導が単に厳しい練習を課すだけではなかったことです。本人の能力を見極め、競技に必要な環境を整え、毎日の積み重ねを重視していた点に特徴があります。
ただし、親子だからこそ成立した部分もあります。天心選手自身が強くなりたいという意志を持ち、長年のトレーニングを受け入れてきたことも、成功を支えた要素です。
【家族の絆】母・那須川由美子さんと弟・龍心、天心という名前の由来
母親は那須川由美子さん那須川家の家族について語る際、母親の那須川由美子さんも重要な存在です。
2026年9月1日放送のフジテレビ系「ぽかぽか」では、天心選手と弟の龍心選手が出演。観覧席にいた母親の由美子さんも番組に参加し、家族のエピソードを披露しました。
弘幸さんが内装業からトレーナーへ転身した経緯を説明したのも由美子さんです。
夫が自分で決めて行動することについて、事後報告だったため、ついていくしかなかったという趣旨の話をして、スタジオを笑わせました。
このエピソードからは、格闘技を中心に進んできた那須川家の生活と、それを支えてきた母親の存在がうかがえます。
弟の那須川龍心も格闘家として活動那須川天心選手の弟は、プロ格闘家の那須川龍心選手です。
龍心選手も幼少期から空手に親しみ、父親の指導を受けて育ちました。2026年9月の「ぽかぽか」では、兄弟そろって父親との練習や幼少期のエピソードを語っています。
興味深いのは、龍心選手がもともとサッカーを希望していたという話です。番組では、空手の世界大会で優勝したらサッカーに転向するという条件があったものの、それがかなわず、格闘技を続けることになった経緯も紹介されました。
兄の天心選手だけでなく、弟の龍心選手も格闘家として活動していることから、弘幸さんの指導が那須川家の次世代にもつながっていることが分かります。
那須川天心という名前を付けたのも父親天心という名前の由来にも、父親の考えが表れています。
日刊スポーツの2023年4月の記事によると、弘幸さんは息子に「天に心を持て」という願いを込めて「天心」と名付けました。
天のように大きな心を持ち、感謝の気持ちを忘れない人間になってほしいという意味が込められていると紹介されています。
名前に込められた願いは、単に格闘技で勝つことだけを目指したものではありません。大きな心を持ち、周囲への感謝を忘れない人間に育ってほしいという親心が読み取れます。
【プロの結論】那須川天心の父親は2026年現在もTEPPEN GYMを運営!親子の関係はどう変化した?
2026年9月のテレビ出演で明かされた現在の仕事2026年11月4日現在、弘幸さんの活動を知るうえで新しい情報の一つが、9月1日の「ぽかぽか」での家族の発言です。
由美子さんの説明によって、弘幸さんが以前の内装業を辞め、トレーナーの仕事に専念した経緯が改めて明らかになりました。
また、番組ではTEPPEN GYM新松戸店の運営についても紹介されています。
TEPPEN GYMの公式案内でも、那須川弘幸さんは代表として挨拶を掲載しており、2011年からTEAM TEPPENを指導してきた経緯や、2016年のジム開設について説明しています。
2026年9月28日の報道で見えた父親の役割加えて、2026年9月28日付のスポーツメディア「THE ANSWER」では、天心選手の再起に関わる父親の姿が報じられました。
記事によると、天心選手は弘幸さんが運営するTEPPEN GYMに通い、キックボクシング時代に指導を受けた葛西裕一トレーナーとも再びタッグを組んでいます。
弘幸さんは息子の試合内容を厳しく分析する一方、試合後には努力を認める言葉をかけたとされています。
「今までで一番よかったよ」
この言葉が象徴するのは、幼少期に厳しい練習を課していた父親が、成長した息子の競技人生を今も見守り続けているという関係です。
現在の天心選手はプロボクシングの専門的な指導体制にも身を置いています。父親がすべての技術指導を一人で担っているわけではありません。TEPPEN GYMでの練習環境、父親の助言、専門トレーナーとの連携という形で、競技生活を支える関係が続いています。
那須川弘幸さんの歩みを時系列で整理- 中学時代:サッカーで全国制覇を経験。
- 2011年:TEAM TEPPENを立ち上げ、子どもたちへの指導を開始。
- 2011〜2016年:体育館を中心に週1回の指導を継続。
- 2016年11月:千葉県松戸市の小金原にTEPPEN GYMを開設。
- 2018年1月:新松戸へ移転。
- 2026年9月1日:「ぽかぽか」で妻の由美子さんが、内装業からトレーナー専業への転身を説明。
- 2026年9月28日:THE ANSWERが、天心選手の再起を支える父親の姿を報道。
那須川天心選手の強さを父親の存在だけで説明することはできません。本人が持つ運動能力、勝利への意欲、日々の努力、専門トレーナーとの出会いなど、さまざまな要素が重なっています。
その中でも弘幸さんの功績として評価できるのは、子どもの可能性を見つけた後、継続して努力できる環境を自ら作ったことです。
最初は自宅でのトレーニングでした。その後、体育館での指導に発展し、さらにTEPPEN GYMという本格的な練習施設へと広がりました。
これは、個人の才能を伸ばすための環境づくりが、やがてほかの選手にも機会を与える仕組みになった事例です。
一方、弘幸さんの厳しい指導をそのまま一般家庭が再現することが、すべての子どもに適しているわけではありません。天心選手自身の競技への意欲や親子の信頼関係があったからこそ成立した側面があります。
ジュニア選手の育成を考えるなら、練習量だけでなく、本人の意思、休養、安全性、専門家の指導、成長段階に合った目標設定も欠かせません。
弘幸さんの歩みから読み取れる本質は、親が子どもの代わりに夢を実現することではなく、子どもが自分の目標に向かって努力できる環境を作り、長く支え続けることにあります。
【那須川天心の父親】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:那須川天心の父親の名前は何ですか?
A1:那須川弘幸(なすかわ・ひろゆき)さんです。TEPPEN GYMの会長・代表として知られ、天心選手を5歳の頃から支えてきました。
Q2:那須川弘幸さんの現在の職業は何ですか?
A2:2026年現在はTEPPEN GYMの運営とトレーナー活動に携わっています。以前は内装業をしていましたが、2026年9月のテレビ番組で妻の由美子さんが、内装業を辞めてトレーナー一本に絞ったと説明しています。
Q3:那須川弘幸さんは元サッカー選手ですか?
A3:サッカー経験者で、中学時代に全国制覇した経歴が日刊スポーツで紹介されています。ただし、プロサッカー選手としての活動歴とは区別する必要があります。
Q4:那須川天心が空手を始めた理由は何ですか?
A4:5歳のとき、父親が礼儀作法を学ばせるために近所の空手道場へ連れて行ったことがきっかけです。最初からプロ格闘家を目指していたわけではありません。
Q5:那須川天心の父親は現在も指導していますか?
A5:TEPPEN GYMの運営と選手育成に携わっています。2026年9月の報道でも、天心選手が父親の運営するジムで練習する姿が紹介されました。ただし、プロボクシングの指導は専門トレーナーとの連携も行われています。
Q6:那須川天心の名前の由来は父親ですか?
A6:はい。父親の弘幸さんが「天に心を持て」という願いを込めて名付けたと報じられています。天のように大きな心を持ち、感謝を忘れない人間になってほしいという意味です。
那須川天心選手の父親は、TEPPEN GYMの会長・代表として知られる那須川弘幸さんです。
中学時代にサッカーで全国制覇を経験し、以前は内装業に従事していました。その後、5歳で空手を始めた天心選手を独学で指導するようになり、TEAM TEPPENの立ち上げ、TEPPEN GYMの開設へと活動を広げていきました。
2026年9月のテレビ出演では、妻の由美子さんが内装業からトレーナーへの転身を明かしています。また、同月のスポーツ報道では、天心選手の競技人生を支える父親の姿が改めて取り上げられました。
「天に心を持て」という名前の由来にも表れているように、弘幸さんが息子に願ったのは、格闘技で勝つことだけではありません。
親子で積み重ねた練習、厳しい指導、独自の育成環境、そして成長した息子を見守る現在の関係。その歩みは、那須川天心という選手の背景を理解するうえで欠かせないものです。
今後も天心選手のボクシングでの挑戦と、龍心選手をはじめとするTEAM TEPPENの選手育成を支える弘幸さんの活動に注目が集まりそうです。
主な参照資料: TEPPEN GYM公式案内、全日本空手審判機構の本人インタビュー、日刊スポーツ、デイリースポーツ、TOKYO FMのインタビュー、2026年9月のスポニチ報道、THE ANSWERの2026年9月28日付記事。